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第五話 封印の内側

隠し区画は、想像していたよりも広かった。

通路は直線ではなく、緩やかに曲がり、先が見えない。

床は石だが、表面は滑らかすぎる。削られたというより、最初からそうだったように感じられた。


彼は一歩進むごとに、足元を確かめた。

罠の気配はない。

それが、かえって不安を煽る。


スライムは、いつもより近い位置を保っている。

彼の影に、ぴたりと重なるように。


「……さっきみたいなことは、もうしないでくれ」


返事はない。

揺れも、ない。


通路の先に、広間が現れた。

天井は高く、柱が円を描くように並んでいる。

その中央に、石の台座があった。


何も載っていない。

ただ、台座の周囲だけ、空気が違う。


重い。

押し付けられるような感覚。


「封印……?」


口に出した瞬間、空気がわずかに揺れた。

音はない。

だが、確かに反応があった。


彼は一歩、台座に近づく。

その瞬間、背後で何かが弾かれる音がした。


振り返ると、通路の入り口に、淡い光の膜が張られている。

触れなくても分かる。

戻れない。


「……閉じ込められた、か」


不思議と、声は落ち着いていた。


台座の表面には、細かな文字が刻まれている。

読めない。

だが、意味だけが、頭に流れ込んでくる。


――ここは、外れてはならないものを留める場所。


彼は目を伏せた。


「外れてる、って……」


足元で、スライムがわずかに揺れた。

初めて見る、不規則な動き。


台座の奥、柱の影が濃くなる。

そこから、何かが滲み出すように現れた。


人の形に近い。

だが、輪郭が定まらない。

声を発しているはずなのに、音として届かない。


彼の頭の中に、直接響く。


――確認。例外個体、侵入。


「……誰だ」


――管理外領域への干渉を検知。

――職業識別、召喚師+e。


言葉は淡々としている。

感情がない。


彼は拳を握った。


「俺は、ここに来るつもりはなかった」


――意図は無関係。結果のみを処理する。


影が一歩、近づく。

空気が、さらに重くなる。


スライムが、彼の前に出た。

命令していない。


影の動きが、止まる。


――召喚体、異常。


影が、スライムを見下ろす。

いや、見下ろそうとして、視線が定まらない。


――解析不能。


彼は、その隙を逃さなかった。


「……離れろ」


短い命令。


スライムは広がらない。

攻撃もしない。

ただ、そこに“在る”。


影が後退する。

初めて、迷いのようなものが生じた。


――記録に存在しない。


その言葉を最後に、影は薄れていく。

完全に消える前、彼の頭に、もう一度声が響いた。


――当該個体、監査対象に指定。


静寂が戻る。


光の膜が、ゆっくりと消えた。

通路の向こうが、再び見える。


彼は、その場に座り込んだ。


「……監査、か」


良い意味でないことだけは、分かる。


立ち上がり、出口へ向かう。

背後の台座を、振り返らなかった。


この場所に、長く留まってはいけない。

理由は分からない。

だが、違う気がした。


通路を抜けると、光が差し込む。

見覚えのある初心者ダンジョンの浅層だった。


戻ってきた。


足元で、スライムが小さく揺れる。

いつもの揺れだ。


「……帰ろう」


それが、今日の結論だった。


彼はまだ知らない。

今のやり取りが、すでに“世界側”に記録されていることを。

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