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第二話 スライム一体

初心者ダンジョンの入口は、街道から少し外れた丘の裏にある。

石で囲われただけの簡素な門で、警備兵も一人しかいない。


「一人か?」


問いかけに、彼は冒険者証を差し出した。

兵士は職業欄を見て、ほんの一瞬だけ眉を動かしたが、何も言わずに頷いた。


「無理はするなよ」


それだけだった。


ダンジョンの中は薄暗く、湿った空気が漂っている。

壁に埋め込まれた魔石が、一定間隔で淡く光っていた。

何度も整備されているせいか、通路は広く、足元も安定している。


彼は奥へ進む前に立ち止まった。


「……出てきて」


短くそう言って、魔力を流す。


足元の影が揺れ、淡い音を立てて形を持った。

半透明の、丸い塊。

スライムだった。


特別な色でも、大きさでもない。

よく知られた、初心者向けの魔物。


それは彼の前で、ゆっくりと揺れている。


「前に出すぎないで」


命令はそれだけだった。


スライムは一度だけ揺れ、彼の足元から半歩前に留まった。

それ以上は動かない。


最初に現れたのは、小さなゴブリンだった。

短い叫び声を上げ、錆びた短剣を振りかざして突っ込んでくる。


彼は後ろに下がらない。

スライムも、前に出ない。


距離が詰まった瞬間、スライムがわずかに形を崩した。

表面が広がり、地面に張り付く。


ゴブリンの足が止まった。


滑った、というより、捕まった。

短い悲鳴。

そのまま転倒し、身動きが取れなくなる。


彼は石を拾い、近づいた。

躊躇はなかった。


戦闘は、それで終わった。


スライムは何事もなかったように、元の形に戻る。

揺れは小さく、一定だった。


「……今のは、命令してない」


そう言ってから、意味のない独り言だと気づく。

スライムは答えない。


奥へ進む。


次の戦闘、さらにその次も、同じように終わった。

派手さはない。

危険も、ほとんどない。


ただ、一度だけ。


彼が足を止めた時、スライムの揺れが止まった。


「どうした?」


問いかけても、反応はない。

数秒後、通路の角から別の冒険者パーティが現れた。


彼らは彼を見ると、足を止める。

視線が、スライムに向く。


「なんだ、召喚師か」

「スライム一体?」


嘲るような声。

聞き慣れた調子。


彼は何も言わず、道を譲った。

パーティが通り過ぎると、スライムは再び揺れ始める。


「……ありがとう」


それが何に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


ダンジョンの外に出た時、空は少し傾いていた。

初日の成果としては、十分すぎる。


街へ戻り、ギルドに報告する。

受付の女性は書類を確認し、首を傾げた。


「討伐数、合ってますか?」


「合ってます」


再確認のあと、記録が通る。

だが最後に、彼女は小さく呟いた。


「……おかしいですね」


何が、とは言わなかった。


ギルドを出ると、冒険者証が少しだけ温かい気がした。

職業欄を見下ろす。


――召喚師+e


その文字の横に、見慣れない小さな記号が増えている。

いつからあったのかは、分からない。


足元で、スライムが静かに揺れていた。

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