第十二話 その職業、誤植につき。
地上に戻った時、朝だった。
夜を越えた感覚はない。
だが、空の色がそれを否定している。
街は、いつも通り動いていた。
人々は歩き、店は開き、子どもは笑う。
――誰も、何も知らない。
それが、少しだけ安心で、
同時に、ひどく遠く感じられた。
ギルドへ向かう。
止められなかった。
声も、視線も、彼を捉えきれない。
受付の女性が、彼を見て首を傾げた。
「……すみません、初めての方ですか?」
一瞬、言葉が詰まる。
「いえ。登録、してます」
冒険者証を差し出す。
彼女は受け取り、確認し、
そして――少し困ったように笑った。
「職業は……召喚師、ですね」
「+eは?」
「……? ありませんが」
彼は、証を覗き込む。
職業欄には、確かにこう書かれていた。
――召喚師
+eは、ない。
だが、消えてはいない。
それは、世界側の表記から消えただけだった。
「ランクはEです。
召喚できる魔物は……」
「スライムのみ、ですよね」
先に言うと、彼女は驚いた。
「はい……その通りです」
彼は、礼を言って踵を返す。
外に出ると、足元でスライムが現れた。
揺れは、変わらない。
「……隠れた、か」
世界は、彼を修正できなかった。
だから、認識をずらした。
誤植として。
最初から、そうだったかのように。
「悪くない」
そう言うと、スライムがわずかに揺れた。
その日、初心者ダンジョンに異変は起きなかった。
Sランクの魔物も、境界存在も現れない。
ただ、Eランクのスライムが、
いつもより少しだけ、強かった。
噂にもならない。
記録にも残らない。
だが、確実に“何か”が変わった。
それを知っているのは、
彼と、足元の存在だけ。
彼は、いつも通りダンジョンへ向かう。
誰にも期待されず、
誰にも注目されず。
だが、もう笑われることもない。
なぜなら――
世界が、彼を正しく扱えなくなったからだ。
その職業、誤植につき。
最弱で、最小で、
それでも、消えなかった存在の物語は、
ここから静かに、続いていく。




