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第十一話 境界線

ダンジョンの奥から、音がした。

足音ではない。

風でも、水でもない。


“処理”の音だ。


彼は、無意識に一歩下がった。

だが、スライムは下がらない。

揺れが、わずかに変わった。


「……来てるな」


理解は、言葉より先にあった。


通路の先、空間が歪む。

壁が、壁としての意味を失い、

そこから“人”が歩いてきた。


いや、人の形をしているだけだ。


黒衣ではない。

影でもない。

輪郭は明確で、しかし顔がない。


――境界確認。


声は、音としてではなく、

空間そのものが振動する感覚だった。


――存在番号、未付与。

――処理対象候補。


彼は、スライムを見下ろす。


「……お前の仲間か?」


答えはない。

だが、スライムの揺れが、ほんの一瞬だけ乱れた。


それで十分だった。


「俺は、消える気はない」


宣言ではない。

ただの事実。


存在が、彼に向けて手を伸ばす。

触れられれば、終わる。

それは直感で分かった。


「……出てきて」


スライムが、広がった。


初めて見る動きだった。

床に張り付くのではない。

空間そのものに、溶ける。


境界存在の動きが止まる。


――干渉……不可。


その瞬間、世界が“止まった”。


音が消え、光が固定される。

彼だけが、動けた。


「……これが、+eか」


誤植。

誤差。

だが、必要なズレ。


彼は一歩、前に出る。


「俺は、世界を壊したいわけじゃない」


境界存在は、答えない。

答えられない。


「ただ……消される理由が、ない」


スライムが、彼の足元に戻る。

揺れは、今までで一番静かだった。


次の瞬間、

境界存在の輪郭が、崩れた。


破壊ではない。

修正だ。


――処理対象、再定義。


空間が、再び動き出す。


ダンジョンの壁が戻り、

魔石が淡く光る。


存在は、もういない。


彼は、膝に手をついた。

息が、少し荒い。


「……やり過ぎたか?」


冒険者証を取り出す。


名前の欄が、止まっていた。

消えもせず、戻りもしない。


境界線上。


職業欄の文字が、微かに光る。


――召喚師+e


初めて、“+e”の横に小さな注記が現れた。


(存在固定)


「……固定、ね」


完全ではない。

だが、消されない。


足元で、スライムが揺れる。

それは、疲労にも、満足にも見えた。


ダンジョンの奥から、

新たな気配は、もう来ない。


彼は立ち上がった。


「……帰ろう」


今日のところは、それでいい。


だが、世界はもう、彼を“誤差”としては扱えない。

扱えない以上――

いずれ、正面から向き合うしかなくなる。


その時、

スライムは“魔物”でいられるのか。


彼は、まだ答えを持っていなかった。

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