第一話 その職業、誤植につき。
神殿の天井は高く、白い石は音を吸い込むように静かだった。
列を成す若者たちは皆、同じ方向を向いて立っている。中央の祭壇。その上に浮かぶ水晶が、次の名を待っていた。
名前を呼ばれた者が一人ずつ前に出て、水晶に手を触れる。
光が走り、職業が告げられる。
剣士、魔導士、治癒師。
聞き慣れた言葉が続くたび、列の空気は少しずつ軽くなっていった。
そして、彼の番が来た。
呼ばれた名は、はっきりと響いた。
彼は一歩前に出て、祭壇の前に立つ。
手を伸ばし、水晶に触れた。
一瞬、何も起こらなかった。
次の瞬間、水晶の内部に文字が浮かび上がる。
それを読み上げた神官の声が、わずかに遅れた。
「……召喚師、+e」
神殿の空気が止まる。
神官は続けて、決まり文句のように告げた。
「召喚可能魔物。スライム、一体」
沈黙のあと、誰かが吹き出した。
それをきっかけに、笑い声が広がる。
「召喚師でスライムだけ?」
「しかもランク外の記号付きだぞ」
「終わってるな」
言葉は直接向けられていない。
それでも、確かに彼の方へ流れてきた。
彼は水晶から手を離し、祭壇を下りた。
顔を伏せることはなかった。
ただ、胸の奥に、わずかな違和感が残っている。
神官が書類に何かを書き込んでいるのが見えた。
ペン先が一瞬止まり、書き直される。
それでも、何も言われなかった。
配布された冒険者証を受け取る。
職業欄には、確かにそう記されていた。
――召喚師+e
説明はない。
質問も受け付けられない。
それが、この儀式の決まりだった。
神殿を出ると、外はいつも通りの街だった。
人の声、荷車の音、風に揺れる旗。
世界は、何も変わっていない。
彼は冒険者証を握り直し、歩き出す。
向かう先は決まっていた。
初心者ダンジョン。
誰もが最初に潜る場所。
誰もが、すぐに通り過ぎていく場所。
「……違う気がした」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
その足元で、影が揺れた。




