トイレ無双~トイレの邪魔する奴は神であろうと排除する~
モブ達の物語第八弾です。
※レイコ視点を少し追加しました。
エステブルクの巫女姫、聖女レイコ。
世界で唯一人、“聖女”の職業を授かった世界そのものに認められし天命の大聖人。
今日もその奇跡にすがろうと、バルコニーで手を振る彼女を一目見る為に広場は数百人の人々が押し寄せていた。
聖女レイコを見た人々は一目で彼女が世界に選ばれし者であると察する。
そこに居るのは十二歳の少女。
しかしその目は全てを見透かしているとしか思えない人々の遥か先、遥か高みを見ており、全てを悟りし者の感情の凪つつも決して作り笑いでは無い笑みを浮かべている。
齢百を超える修行僧であっても果たして到れるであろうかと言う境地。
人を遥か超えた先に御座す大聖人。
人々は今日も彼女に祈る。
そして彼女も祈る。
(『…………う●こ漏れる…………、早く、終わって…………』)
※※※レイコ視点※※※
漏れるぅぅーーーーーっっっ!!!
漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!
あっ、お空がキレイ……………。
ギュルルるっっ。
う●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こぉぉぉ!!!
もう無理ぃぃーーーーーっっ!!! 漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!
※※※以下略※※※
【トイレ無双】完
※※※以下、補足で別視点からお送りします※※※
“聖女”の尊さ、権威は上位聖職者の比では無い。
“聖女”という存在の尊さは他の聖人と呼ばれる歴史に名を残す人々と比べても比では表せないほどである。
何故ならば、“聖女”は世界が選ぶとされるからだ。
特定の神の寵愛を受けた聖人が歴史上には何人か存在する。
しかし、そんな彼女らですらも“聖女”には至れなかった。
神ですらも、自らの寵愛する使徒を“聖女”にする事は出来ないのだ。
神の寵愛を受けた訳では無い教皇や教主は勿論、たった一柱の寵愛を受けたに過ぎない選ばれし教皇であっても“聖女”の尊さと権威には遠く及ばない。
人が選んだ、もしくは世襲しているに過ぎない王侯貴族の権威なども当然遥かに遠く及ばない。
現世に存在する中で最も尊き存在、最も高貴な存在、最も権威ある存在、それが“聖女”であった。
しかし最も権威ある存在だからと言って、いやだからこそ“聖女”に自由は無い。
誰もが“聖女”に縋ろうとする。
世の権力者達はその権威を利用しようと争う。
聖女レイコも例外では無い。
「聖女様、ロランブルクの国王ロラン十四世陛下がお目通りしたいと御自らいらっしゃっております」
「俗世の文官如きが図に乗るでない! 聖女様、ファルバリー枢機卿がご到着なさっております。どうぞこちらに」
「王国に逆らうか! 聖女様は貴様ら如きが擁していい存在では無いわ!」
(『漏れる漏れる漏れる漏れるぅぅーーーーーーー!!』)
王侯貴族や高位聖職者と言った権力者達が醜い争いをレイコの前で繰り広げる程に、“聖女”の権威を巡る争いは激化していた。
“聖女”が現れた時代はいつも世界に危機が訪れた時代であった。
魔王の誕生や邪神の降臨、世界が滅びに瀕する程の危機に見舞われた時、世界が遣わしたとされるのが“聖女”であり、いつの時代も“聖女”を巡る争いをする程の余裕が人類には無かった。
しかし、レイコは史上初の平時に誕生した“聖女”。
(『う●こぉぉーーーー!!』)
「聖女様は我が歴史あるブグルスク皇国にこそ相応しい! 聖女様、我々と共に来られよ!」
「聖女様、騙されては行けません! ブグルスク皇国など過去の栄光など見る影もない骨董品、我がミンリル共和国こそが聖女様が居られるべき楽園です!」
「新興国如きは黙っておれ! 偉大なるアゼリーズ神は聖女様を迎え入れると仰っております。馬車までご案内いたします」
今、世界はレイコの身柄を狙って水面下で、いやもはや隠しきれない程の争いを繰り広げられていた。
(『……無理、漏れるぅぅぅ……………』)
そして、レイコはそれどころでは無かった。
度重なる儀式に面会、教養等の各種勉強により彼女はトイレに行く時間も無かった。
常に限界を超え、悟りを毎日広くほど。
それが毎日の様に酷くなっている。
元々便秘の症状と下痢の症状を同時に抱えており、儀式等で人前等に出ると緊張で下痢の症状が、それ以外では便秘の症状。
大勢の人前で抜けられない時に限って腹を下し、普段は便秘なのにも関わらず面会等で出そうな時にトイレに行けない。
(『ウォッシュレーテ様、どうか貴女様の使徒に御慈悲を!』)
トイレの女神ウォッシュレーテを信仰し、便意を制御する奇跡を授かっていなければとっくに決壊していただろう。
しかしその奇跡にも限度がある。
“聖女”の肉体強度は極めて強靭であり、腸も強靭でありその動きも活発だ。
毒を無力化するその強靭さの前では薬も効かず、その身に魔法を通すのも困難。
そして生命として便意が強くともそれが正常の範疇である限り、便意を捻じ曲げる力は即ち害を与える力と同質。
“聖女”の力は全て便意を解消する為の力を排除する方向に働いてしまう。
それを捻じ曲げるには相応の力が必要だ。
“聖女”としての力があっても、捻じ曲げる対象も“聖女”であっては相対的に一般人と変わらぬ力しか発揮出来ない。
それどころか薬などが使えない分、一般人よりその状況は過酷だ。
しかし、レイコの周りにいる人々は何も気が付いていない。
レイコを“聖女”としてしか見ていなかった。
(『漏れるぅぅーーー!!』)
まるでレイコを気遣う事なく、反対に時間を奪ってゆく。
そしてこの日、遂に一線を越えた。
「聖女よ! ザースデン神聖帝国皇帝エヌマデリス四世猊下が貴殿を帝国筆頭聖者に任命された。任命式はすぐに行われる。早く参られよ」
「一緒に来ていただきます。やれ!」
「「「はっ!」」」
(『…う●こ……』)
この日、“聖女”の争奪戦が遂に遂に一線を超え、実力行使に出る国が出た。
“聖女”が限界を迎えている事には誰も気が付かない。
真に越えた一線をレイコ以外は誰も知らない。
「そんな狼藉、許されると思っているのか!? 殺して構わん! その罪人共を誅伐せよ!」
「「「はっ!!」」」
「エステブルクの力を不届き共達に思い知らせよ!」
「「「はっ!」」」
(『う●こう●こう●こ……』)
エステブルクの神殿騎士と王国騎士が即座に武器を構え、ザースデン神聖帝国の騎士を取り囲む。
「小国が大国に楯突いてどうなるのか分かっておろうな!」
「我がエステブルクは天に選ばれし“聖女”様の祝福を受けし土地である! 大国であろうとも天罰により地図から姿を消す事になるだろう!」
「“聖女”を奪ってしまえば問題ない! 天より選ばれし国家は我が国以外に有り得ないのだ! 殺れぇ!!」
「滅せよっ!!」
(『漏れるぅーーー!!』)
エステブルクとザースデンの刃が交わる。
レイコを取り残して戦端は開かれた。
「がっ!?」
「やめっ!?」
「他愛も無い」
(『もう無理いぃーーーー!!』)
数はエステブルクが圧倒的有利。
時間が経てば勝手に兵が集まる。
しかし、優勢なのはザースデン。
ザースデン神聖帝国は中堅国家とされるエステブルクの17倍の規模を持つ大帝国。
国土も人口も歴史も、そして戦力もそれに見合うものを持つ。
騎士に護衛されて来た使者レオメルトの肩書は外務卿。
神聖帝国でも十指に入る権力者。
当然、それを守る騎士も精鋭中の精鋭。
その精鋭の質の差は17倍どころではない。
一人一人が文字通り一騎当千の猛者だった。
そのまま城も落とせてしまう大戦力を前に、エステブルクの兵は太刀打ち出来ず悲惨な光景が広がってゆく。
しかしレイコはまるで動じなかった。
何事も無いかの様に歩き出す。
「聖女よ。真に祝福された地がどこであるか分かっている様だな。さあ、来たまえ」
(『う●こ』)
レイコの態度に、神聖帝国に来ると疑わないレオメルト外務卿は手を差し出す。
しかしその横をレイコは通り過ぎる。
「逆らう気か!」
レオメルト外務卿はレイコに掴みかかる。
(『漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れるぅぅぅぅーーーーーーっっっ!! …………ってんだよ。………このう●こ……』)
パァァンッ!!
何かの弾ける音に、“聖女”の元に迎えないエステブルクの兵達はレオメルト外務卿に“聖女”が平手打ちされたのかと思った。
しかし、“聖女”に掴みかかろうとしていたレオメルト外務卿の姿が何時の間にか無い。
そして、壁の一部も無くなっていた。
「貴様ぁ!!」
(ギュルル♪ 『う●こぉーーーーーー!!!』)
何が起きたのかを正確に見ていた神聖帝国の騎士が激高してレイコに剣を振り下ろす。
ガチャァァンッッ!!
しかし振り降ろせなかった。
そしてその様子を、その場の全員が見ていた。
騎士が消えた。
いや、消された。
まるで垂れ下がる枝を払って森を進むかの様な動作で、振り下ろされた剣と比べてゆっくりとすら評せる速さで振るわれた裏拳が、重装甲の騎士を木っ端微塵に砕いた。
鋼鉄の、それ以上の素材で造られた鎧が融け砕け、鋼鉄以上の強靭な肉体を持っていた騎士は赤いペンキとなり、大穴の空いた壁の残骸を赤く染める。
(ギュルルっ♪)
「邪魔です」
全てを見透かしているとしか思えない視線を向け、全てを悟りし者の感情の凪だ笑みを浮かべたまま、レイコはそう宣告する。
我慢の限界だった。
ここで争われては、永遠にトイレに行けない。
ザースデンに行くなど以ての外。
そんな猶予がある訳ない。
ザースデン神聖帝国に来いとの命令。
それは永遠の地獄に耐えろと宣言しているのと同じ。
全面戦争を仕掛けた以外のなにものでも無い。
「消しますよ」
そして、ここにいる者達は忘れていた。
そもそも“聖女”は何故この世界に現れるのか、何故世界が危機に陥った時に現れてきたのかを。
それは世界を救うため。
そして、“聖女”は世界をも救うだけの力を持っている。
(う●こぉぉぉーーーー!!)
神秘的な様子で奇跡を振りまく“聖女”を、ただの飾り、象徴とだけ考えていた者達は、今ここで思い知った。
(『う●こう●こう●こぉぉぉーーーー!!』)
しかし、止まれない者がいた。
「“聖女”を討滅せよ! 外務卿を殺害した報いを受けさせるのだ!」
命令を下したのはザースデン神聖帝国中央軍第三騎士団団長アレガス。
今回のレオメルト外務卿護衛の責任者であり、ザースデン神聖帝国軍の中でも十指に入る実力者。
彼は短い時間で全てを理解した。
外務卿という国の重鎮がなんの躊躇いもなく殺害されて報復しなければ国際的な国威は著しく低下する。
質の悪いことにこの場には世界各国の重鎮たちがいる。この場の出来事は瞬く間に世界へと広がるだろう。
“聖女”に無礼を働いた挙げ句に天罰を下された。
世界の意思に逆らった愚かか国。
最悪の場合は、世界の敵。
あらゆる国に、攻め込む口実を与える。
そうなれば世界でも名の知られた大国であるザースデン神聖帝国でも、どうなるか分からない。
連合を組まれて各方面から攻められれば負けなくともそのダメージは計り知れないだろう。
そして、“聖女”本人が直々に号令をかければ、世界の敵認定をしてくれば負ける可能性が高い。
野心を持つ国以外にも多くの国が合流するだろう。
文字通り世界を敵に回す。
それを阻止する為には、ここで“聖女”を殺すしかない。
“聖女”を殺せば世界の敵と認識される可能性が高いが、“聖女”を殺せばそれだけの力が、世界の意思を覆すだけの力があると示す事が出来る。
例えそれが後世まで残る悪名だとしても、国を守る盾となる。
アレガス騎士団長の命令で、レイコの近くにいた騎士が相手をしていたエステブルクの騎士を無視してレイコに斬りかかった。
冷静な剣筋は、レオメルト外務卿を殺害された事に激高してレイコに斬りかかった騎士のものとは比べ物にならないほど速く正確。
しかし、レイコにはスローモーションで見えていた。
極限状態で悟りを開く境地にあるレイコには、全ての時間があまりにも永く永遠にも等しい。
故に、物理的に速い筈の剣も止まっている様にすら見えた。
これが、トイレの女神ウォッシュレーテを信仰する“流水教”の信者が厳しい苦行の果に辿り着く“流水境地”の一つ“永遠の境地”。
レイコはただ、鈍足で振り下ろされる剣の腹を裏拳で弾のみ。
レイコに激しく動く余裕はない。
無駄な動きは全て決壊へと繋がってしまう。
だから、全てを最小限で済ます。
剣の速度と比べたら遅い筈のレイコの動き。
しかしそれは、極限まで無駄の省かれた動き。
これこそは“流水境地”の一つ“不動の境地”。
例えただ枝を払う様な動きに見えたとしても、それは武の極致とすら評せる程のものだった。
力学的に完成され、魔力までも極限に最低限収束されたその裏拳で弾かれた剣はあまりのエネルギーの集中に熔解。
衝撃の伝播と共に粉々に砕け散り、破片は騎士を穿き焼き取る。
そして通り過ぎる間際にもう一発。
極限の怒りを同じく枝を払うかの様な動作で騎士の腹にブチ込む。
刹那、騎士はまるで腹を下した週の絶望を一瞬に凝縮して思い知った。
自分の腹を抑える為に様々な体勢などを研究し尽くしているレイコにとって、地獄の腹痛の再現など雑作もない。
絶望を知った騎士の顔が、次の瞬間開放されたかの様な笑顔に変わる。
腹が物理的に消し飛び始め、地獄から解放されたのだ。
そしてこの世から物理的に姿を消す。
ここまで僅か一瞬。
一秒もかかっていない。
誰も騎士の最後の顔が力の抜けた笑みだった事を知らない。
そして、レイコが“聖女”の力を一切使っていなかった事も誰も気が付かなかった。
「なんだと!?」
「油断していない本気のフラードが一瞬で!?」
ザースデン神聖帝国の騎士もその他の目撃者もただただ驚愕する。
三度目なのに、初めから見ていたのに殆ど何が起きたのか分からなかった。
彼らの目には、ただ騎士が吹き飛び血の霧吹きの様になる光景しか見えなかった。
“聖女”という肩書も相まって、“聖女”に備わる特殊能力、人を消し去る魔法か何かが有ると言われた方が理解できる。
いや、大部分が理解した。
彼らはまさか物理的な技だとは思わなかった。
そもそも十二歳の少女に腕力が有るとは考えていなかった。
しかし、ザースデン神聖帝国の騎士達は違う。
彼らは大国であるザースデン神聖帝国の精鋭である騎士達の中でも上澄み。
全ては見えなくとも、一部始終は見えていた。
見えてしまっていた。
遥かなる高みを。
(『漏れる漏れる漏れる漏れるう●こぉぉぉーーーー!!』)
それでも最早、引く事は出来ない。
「隊列を整えよ! アレを人間だとは思うな! ドラゴンを相手していると思え!」
(『トイレぇぇぇーーーー!!』)
この場の誰よりもレイコの力を見ていたアレガス騎士団長は即座に指示を出す。
「盾職は前に、他は距離を取れ! 全員武技を使用しろ! 魔術師も詠唱を開始! 周囲の被害を気にすらな! 全力で滅ぼせ!」
今まで、一応各国の重鎮がいる中で周囲への被害も大きい大規模攻撃の使用は禁じていたが、そんな事を言っている場合では無い。
“聖女”が健在な限り既に戦端は開かれたも同然。
ならば、躊躇する理由はない。
「まずは遠距離から攻め立てろ!」
「――創世より消えぬ地深き渦巻く炎よ 汝は創世神の血潮汝は創世の残滓 神々の子が今一度の創造を願う 一筋の槍となりて鉄を穿て――“ファイヤーランス”!」
「――嘆け天よ時は来た怒れ雲よ銅鑼を鳴らせ 地は忘れた汝が慈悲を 地は忘れた汝が怒りの代償を さあ裁きの時は来た――“ライトニング”!」
盾を構えた騎士の背から魔術師達が一斉に魔術を放つ。
飛ぶ鳥も確実に仕留める瞬速の雷。
魔術の中でも一段速く到達しつつあるそれも、時が無限に永く感じているレイコには止まって見えた。
しかしそもそもそれが届く事は無い。
“流水境地”の一つ“無限の境地”。
何時までも経ってもトイレに辿り着かない。
寧ろ近付けば近付く程に遠ざかる。
今のレイコにとって全ての距離は無限。
故に、何時まで経ってもその魔術が届く事は無い。
そしてレイコは“無限の境地”のその更に先にまで至っていた。
“流水境地”のその先、“流水極致”。
永遠と不動、そして無限。
渦を巻く水の様に、トイレから川へ、川から海へ、海から天へ、そして天からトイレへ。
食べて出し、それを肥やしに食物が育まれる。
流水の様にその永遠に変わりつつも変わらぬ無限を悟りし限界のその先。
この世の試練も同じく循環し常に在り続けると悟った者が辿り着くこの世の真理。
無限に呑み込まれていた魔術が、くるりと向きを変える。
「大地よ我に守護を――“ロックウォール”!」
「武技“フォースシールド”!」
「武技“シールドウォール”!」
矛先を変えた炎の槍や雷はザースデンの騎士達に迫るが、元々盾を構えていた騎士達によってそれらは防がれる。
そして、盾と衝突し爆炎が広がり視界が塞がったタイミングで盾に隠れていた騎士が飛び出す。
「武技“瞬進”! 武技“トーガスラッシュ”!」
「武技“牛突”! 武技“岩砕突き”」
一気に加速した騎士はすれ違いざまに袈裟斬りにしようと剣を振るい、その直後に力強く踏み込んだ騎士が大剣で貫こうと突きを放つ。
しかしレイコが至った“流水極致”は循環の悟り。
魔術を跳ね返す力では無い。
循環とはこの世の真理、即ちトイレの真理。
つまり、対象は万物に及ぶ。
騎士達もその例から違わず、一瞬でその向きが反転し、その刃は味方である筈の神聖帝国の騎士達に向けられた。
反射でも強引に向きを転回されたのでもなく、循環により流れた事で一切の減衰も無いままに斬り込む。
向きが変わった事に気がついたところで止められない。
「武技“流滑”!」
「“ウォールフロー”!」
全力で突っ込んで来る仲間にダメージを与えない様に咄嗟に受け流す。
レイコの攻撃に備え守備を固めていた為に騎士達に被害は無い。
しかし標的が一瞬で変わり、自身が制御出来なくなった二人の騎士は勢いそのままに転がり、壁にぶち当たって崩れた。
魔法も武術も通じない。
騎士達の背中に冷たい汗が流れ落ちる。
しかしレイコは止まらない。
ゆっくりと近付いてくる。
思わず幾人かの騎士は後退った。
(『……う●こ…………』)
「攻撃魔術は止め! 魔術師は全力で俺に付与魔法をかけろ!」
しかし代わりにアレガス騎士団長が前に出た。
「済まん…。他の者達は、全力で魔術師が詠唱する時間を稼げ!」
それは、命を持ってレイコを足止めしろと言う命令だった。
(『う●こおぉぉーー!!』)
「総員! 側面から攻める!」
ライモン副団長が代わりに付与魔法の使えない騎士達に指示を出す。
「総員、俺に続けぇ!! “宝具解放”!!」
側面からの攻撃と言う以外の具体的な支持は無い。
まるで突破口が見つからない証拠であった。
それでも、神聖帝国の騎士達は続く。
「“炎竜一刀”!!」
かつてファイヤードラゴンの首を一太刀で斬ったと言われる神聖帝国の騎士団に伝わる伝説の技。
ライモンの全身全霊の一撃。
それは誇張でもなんでもなく、かつてファイヤードラゴンの首も一刀のもとで刎ねた技であった。
都市の城壁、それも首都の城壁もただの体当たりで崩すと言われるドラゴンのその硬い鱗を断つ竜殺しの英雄の一撃。
現在、この技を使えるのは世界でライモンただ一人。
本来、ライモンも使えない剣技であるが、聖女を奪う為、そして聖女を他国に奪わせない為に用意していた捨て身の宝具、限界以上の力を強引に引き出す切り札を切って何とか届かせていた。
剣を振り下ろす間にも髪からは色が抜け、代わりに全身の筋肉は張り裂けそうに、いや張り裂ける。
その命は全てこの一刀に。
(『う●こ漏れるぅぅーー!!』)
両側や背から同時に斬りかかられたレイコはライモンを見てもいない。
届いた。
ライモンは確信した。
しかし、そこでライモンの意識はそこで途絶えた。
いや、その形すらもこの世から消し飛んだ。
これにはアレガス騎士団長ですらも動揺を隠せなかった。
レイコは、レオメルト外務卿を消し去ったのと同じ様に枝を振り払う様な動作をした。
その動きを、アレガスははっきりと見ていた。
だが、だからこそ分からなかった。
誰にも当てなかったのだ。
ただ、誰もいない前に向かって手を振るっただけ。
にもかかわらず、同時に周囲を取り囲み斬りかかった騎士達が一人も残らず元々血の霧吹きだったかのように消えてしまった。
まるで意味が分からない。
そもそも、見てすらいなかったでは無いか。
我々は何と戦っている?
(『トイレまだぁぁぁーーー!! もう無理ぃぃーーー!!』)
アレガスは神を前にしたかのような恐怖を覚えた。
(『う●こぉぉーーーー!!』)
しかし、レイコは“聖女”であっても神ではない。
(『う●こ出ちゃぁぁぁーーーうぅぅ!!』)
そして、これも“聖女”の力ですら無かった。
そもそもそんな力を使う余裕など今のレイコには無い。
これは“流水境地”の一つ、“全知の境地”。
どんな僅かな手掛かりであっても見逃さずトイレを探り出し、最短ルートを導き出さなくてはならなくなったレイコが辿り着いた集知解析の境地だ。
前屈みになって前が見えなくとも、目に大量の冷や汗が入って目を開く事も出来なくなっても決して歩みを止めなかった者が辿り着く境地である。
あらゆるものを感知し、初めての場所でも建物等の構造からトイレの場所を推測する計算的未来視能力に死角など有る筈が無い。
そして、ライモン副団長達が消し飛んだのは既に彼らが見ていた力と全く同じものだ。
“流水極致”。
魔術や武術を循環させたのでは無く、自分の力をただ循環させたのだ。
一度自分の裏拳のエネルギーを還し、ライモン達の位置で再現させた。
循環とは保存と万変。
位置の入れ替え程度、文字通り造作も無い。
その力の真価は、まだ発揮してすらいなかった。
「化け物め!!」
(『う●こう●こう●こう●こう●こ』)
神とすら認識してしまった相手に、アレガスは叫んで正気と士気を保つ。
「“神器解放”!!」
騎士団長位に就くと同時に授かった国宝の一槍、第六国宝“ロワ=ザースデン”。
国の名を与えられた大国ザースデン神聖帝国最高の一槍。
ザース地方の神ザースモアが遣わした神使が携えていた槍と言われ、以来千五百年間、神聖帝国最高の槍と言う座を明け渡した事が無い。
解放された槍からは周囲の者が立っていられない、いや神殿すらも物理的に揺るがす程の力が漏れ出た。
力はアレガスを侵食し、黒い光が天使の翼となり鎧を突き破り生え、頭上には黒き輪が現れる。
これは祝福であり呪い。
五体の神使は邪精霊を討ち倒す為に地上に遣わされ、相討ちとなった。
この武器は神使亡き後に地上に取り残された、邪精霊と神使の血を啜った神聖にして呪われた神器。
解放すれば莫大な力の代償に使い手を蝕み、やがて力の制御出来ぬ化け物へと変えてしまう。
だが問題ない、とアレガスは全開まで力を解放する。
化け物となるのは、制御しようと足掻いた結果。
人のまま使い手になろうとした代償。
全開まで使えば確実に死ぬ。
化け物になるまでも無く。
生き残るつもりが無いアレガスにとって、そんなものは代償では無い。
「ザースデンに、栄光あれ!! “聖邪一槍”!!」
音も光すらも置き去りにする程の一射。
この神殿はおろか、その先にある街並みを薙ぎ払い都市を引き裂く壮絶な一撃。
(ギュルル♪ 『……う●こ……』)
「“転来無常”」
しかし、その槍は光に呑み込まれた。
光が強くなると同時に、まだ漂っていた血の霧が消えて逝く。
“転来無常”、それは“流水極致”に至った者が成せる技。
自らの手により散った騎士達を斬りかかって来た力ごと纏めてエネルギーに転換し再構築した純粋なエネルギーの放流である。
循環の真理、その万変の性質を用いた力だ。
う●こが土に還り肥料に変わる。
それと同じだ。
う●こが騎士達であっただけの事。
ただエネルギーへと還り、邪魔者を排除する鉾に変わったのだ。
その引き出される力の比率はライモン副団長が使った捨て身の宝具の比では無い。
完全に肉体ごと命を磨り潰し文字通り全てを使っているのだから当然だ。
そして、それはアレガスが解放した神器の力よりも大きい。
何故ならば、変質と確実な死をもたらしてもアレガスの形は残っている。
つまり、収まりきらず破裂するほどのエネルギーでこそあるが、まだ人の身に収まらない程度でしか無いのだ。
全開と言っても槍で最後の技を使う余力を残さねばならない。
結局、人が引き出せるだけの力でしか無いのだ。
レイコのそれは、器の大きさなど全く関係ない人そのものを幾人もエネルギーに換えたもの。
魔力や生命力の転換だけでも相当な力だが、命すらも完全に燃やしたエネルギーは莫大の一言に尽きる。
アレガスは、周囲にいる騎士ごとこの世から跡形もなく消え去った。
もはや、誰も喋らなかった。
誰も、レイコの道を遮る事は無い。
幾人かは膝を着いて祈った。
神を眼の前にしたかのように。
ある者は神に無礼を働いた働いた事を自覚して真っ青になりながら慈悲を乞い、ある者はただその力に畏怖し単に頭を上げる事が出来なかった。
しかし当然レイコが彼らを顧みる事は無い。
目を向けるも目指すもただ一つ。
それはトイレ。
レイコの眼中に跪いて祈る者達はいない。
(『う●こ漏れるう●こ漏れるう●こ漏れるぅぅぅぅーーーーー!! トイレトイレトイレ、トイレはどこぉぉーーーー!! 自室に戻る? それは無理ィィーーーーーー!!』)
眼中どころか頭の中はトイレ関係の事だけ。
散ったどこぞかの神聖帝国の事など、もはや覚えているかも怪しい。
少なくとも、今の時点では頭の片隅からも無くなっている。
“全知の境地”を全開でトイレを探す。
自室に戻るつもりで居たが、先程のちょっとした動きで腹の中が動いてしまった。
元々道を塞ぐものを消し去る程に猶予は無くなっていたが、そこから更に悪化してしまっている。
幸い、他の邪魔者も居なくなったからと近場のトイレを必死に探す。
自室の中のトイレしか使った事が無いためにレイコは神殿のどこにトイレが有るのかを知らなかった。
神殿のデザインを崩すトイレのマークは何処にも描かれていない。
広く分厚い壁で構成され、かつ通常の建築様式や指針から離れた神殿の中で全く知らないトイレの場所を探すのは“全知の境地”に至ったレイコにも難しかった。
(『何故、人はこれ程までに苦しまなければいけないのでしょうか? どこでも出せる動物との違いは何なのでしょうか? 知恵の実を食べた代償が、人となった対価がこれなのでしょうか? きっとそうなのでしょう。人は知恵を得た。そしてトイレを知った。トイレとは人の証。人とはトイレの子。トイレこそが人を生んだ。ならば、トイレこそが人を導く鍵。人とは罪を侵す生き物。だから法を敷く。罪と悪から逃れようと神に祈る。神に懺悔する。自らの罪を全て認める事こそが聖職者への第一歩。だとすれば、最も罪深き原罪、トイレを受け容れる事こそが神へと至る第一歩と言えるのですね。ああ、トイレの存在意義を疑ってしまった罪深き罪人をお許しください』)
何周目かの妙な悟りに至る程に追い詰められつつ、必死にトイレを探す。
尚、当然ながら跪く周囲の人々の懺悔の声はレイコの耳にも心にも届いていない。
(『う●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こ小もう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こ小もう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こ小もう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こう●こ……………』)
半ば以上精神が崩壊しつつも、冷静に能力の行使を続ける。
(『小鳥さんの声が聞こえる。こんにちは小鳥さん。あなたは何処から飛んできたの? ここに住んでいるの? 今日のご飯はなあに? あなたのお歌をもっと聞かせてちょうだい。お花さんもこんにちは。いいお天気ね。風は気持ちいい? 今日もあなたの笑顔を見せてね』)
そして遂に、実際は一秒程で、遂にトイレを発見する。
しかし、その歩行速度は絶妙な体勢を維持する為に上げられない。
因みに、当然のように真っ赤に染まった壁などは無視している。
鳥の囀りは遥かに遠く、花に関しては香水だけでイマジナリーフラワーだが、特別な境地に至ると鉄錆の香りと赤ペンキを無視してお話出来るようになるらしい。
(『出す事。それは命の円環。全ては土に還り再び生まれる。自然界においておれは致命的な隙。命懸けの瞬間。即ちそれは命を最も命足らしめる。出す事こそが命の真理。命が最も尊いものだとするならば、う●ここそがこの世で最も尊いもの。嗚呼、有り難や。う●こに感謝を! この世のう●こに祝福を!』)
何度目かの真理に辿りつつも、遂にレイコは辿り着いた。
自然と涙が溢れる。
「ウォッシュレーテ様!」
自然と拝みながら、この世で最も価値があると断言する、この世すべての価値が凝縮したその白き安住の地に座る。
汚いファンファーレをBGMにこの時、初めてレイコは“聖女”から人に戻ったのだった。
そしてレイコはエステブルクを去る事にした。
ザースデン神聖帝国の横暴を許したから?
いや違う。
トイレットペーパーが切れていたからだ。
しかも待てど暮らせど新たなトイレットペーパーは持って来られない。
持って来る様に頼んでも一向に運ばれて来る事も無かった。
それはレイコに畏怖して誰も近付かなかった、声の聞こえる範囲に居なかった事が原因であるが、レイコにとってそんな事は関係ない。
最終的には水属性魔法で流し、乾くまで待つ羽目になった。
しかも水属性魔法を使うまでにお尻がカピついて荒れる始末。
これまでトイレの邪魔を重ねて、トイレに入ってみればこの仕打ち。
その日の内にレイコはエステブルクを去った。
行き先に宛がある訳では無い。
ただトイレ環境の揃った場所を探して旅をする。
しかし目的自体はあった。
それはトイレについての、流水教の布教。
全ての真理、トイレについての教えを各地で行い広める事、それが自分の使命だとレイコは確信していた。
布教の旅を初めてからも事ある毎に各国から自分の国に来てくれ、自分の信じる神に仕えてくれという話があったが、吹っ切れたレイコはもはや相手にしない。
しかし、強硬手段に出る国。
例えばレイコとの騒動で悪名が轟いてしまったザースデン神聖帝国などは暗殺者を送るなどしてレイコのトイレを邪魔した。
そう言う相手に対してはレイコも相手にした。
当然、武力行使と言う方法で。
そしてトイレを邪魔する者は相手が誰であろうとも、それが例え大国であっても、神であろうともレイコは当たり前の様に、いや疑問すら思わずに排除した。
後世に語り継がれる【トイレ無双】。
それはレイコによって世界が何度もひっくり返えされた歴史。
しかしそれは、レイコにとっての日常。
ただトイレに行くだけの物語。
「う●こ漏れるぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
尚、“聖女”と言う称号が忘れ去られるまでに時間は掛からなかったという。
何故か、戦闘シーン(?)ばかりになってしまいました。
主人公の心理模写、『うんこ漏れるぅぅーー』だけなので……。
戦闘時間もレイコが十歩進むまでです。