8話 鋭い魔法使い、そして旅立ち。
「うーん、まだ少し眠いや...」
たくさん寝たはずだけど、嫌な夢を見てしまい熟睡はできなかった。
いつまでも追われ続け、逃げ場を失い犯されそうになる寸前で目が覚める。
なかなか、トラウマを払拭する事はできない。
「嫌な夢を見てしまったな....目覚めは最悪だよ」
「うっ、うむぅ...」
「フィーも、嫌な夢を見てるのかな、うなされているよね」
私は、優しくフィーを抱き寄せて背中を撫でる。
なんだろう、少し震えてもいるね...。
可愛そうに、怖い夢でも見てるのかな?
私は見ていられなくて、フィーを起こす事にした。
「フィー、起きれる?」
「ミルト...うー、怖かった」
やっぱり、怖い夢を見ていたみたいだ。
いつものように、私に抱きついてくる。
すっかり、抱き癖がついてしまっている.....いや、私もか。
毎朝、可愛く抱っこを求められて私は幸せだ。
「どんな怖い夢を見たの?」
「朝ご飯が....怪物になった、ステーキに噛みつかれて痛かった」
「ふふっ、朝からステーキなの? フィーらしくて可愛い」
フィーにとっては、恐ろしい夢なんだろうけど微笑ましくて気持ちが和らぐ。
ベッドから出て、洗面所でうがいをしてリビングへ向かう。
マーレさんが、朝食を作り終えた後で優しい笑顔でおはようと言ってくれる。
メニューは、ベーコンエッグだ。
私達も挨拶を返して、椅子に座り朝食を食べる。
フィーは、少しうろたえていた。
恐らく、ベーコンが原因だと思う。
悪夢に出てきたステーキではないけど、厚めのベーコンが似ていて思い出したのだろう。
少し見つめた後、フォークを突き刺しもぐもぐと食べている。
「ごちそうさまでした、今日も美味しかったです」
「ごちそうさま」
私達は、食器を洗い歯を磨いて身なりを整える。
そうしていると、ダンゲさんが店に訪れた。
どうやら、私に話があるという。
それは、あの変態達と冒険者達の事だった。
今朝早くに、ダンゲさんの店にやってきて、私が写った写真を見せてきたとか。
〝この娘を探している、見た覚えはないか?〟と聞かれたらしい。
ダンゲさんは、怪しく思い適当に誤魔化してくれたようだ。
奴らは店を出た後に、娼館や酒場のある通りに進んで行ったとか。
朝でも営業している娼館があるらしい、やっぱり変態でいやらしい奴らだ。
「朝から元気なもんだね....でも、このままじゃこの店にも来そうだね」
「ええ、それにあの魔法使いの娘ですよ....感がいいのか、適当に答えても疑っているようでヒヤヒヤしたよ」
ダンゲさんの話によると、その娘はツンとしていて雰囲気がかなり怖かったと言う。
警戒するなら、その魔法使いの娘だろう。
もしかしたら、かなりの実力者の可能性もあるし戦闘はなるべく避けたい。
「今は、娼館にいるんだね....じゃあ、今から旅支度をするかい」
「今からですか?」
「そうだよ、今なら娼館で女の子に夢中になっているだろうし、安全にあの通りを行けるよ」
マーレさんは、急いで私達に持たせる旅道具や食料をバックパックに詰めていく。
私達は、お手伝いで頂いた服に身を包み魔剣やお金の入った小袋を持つ。
フィーには、拳を保護する手袋とフード付きのローブを着せる。
そうだ、マーレさんの娘さんの手紙を忘れちゃいけない。
くしゃくしゃにならないように、大事にしまう。
「あとは、リボンね....よし、できた!」
リボンを髪の後ろで結ぶと、髪の色が黒から白へスーッと変わる。
これなら、私が写っている写真とは雰囲気は違うだろうし...大丈夫だろう。
準備ができたので、部屋を出てマーレさん達がいるリビングへ向かった。
そこには、マーレさんやララちゃんにダンゲさんが居た。
テーブルの上には、女の子でも背負いやすいバックパックが二つあり、保存食や旅に必要な装備が入れられた大きめのバックパックと、着替えや下着が入れられた小さめのバックパックがある。
大きめのバックパックは、ひんやりとしていて少し冷たい。
これは、冷気の出る魔方陣の刺繡が内側に施されていて、魔法石を動力に発動し食材が傷むのを防いでくれるとか。
世の中、便利な物があるもんだと感心する。
「これだけあれば、次の町のティマまで持つはずだよ」
「こんなにいっぱい....マーレさん、ありがとう」
「あと、これはこの国の簡単な地図が載っている本だよ」
受け取りページをめくると、確かに簡単な分かりやすい地図が載っている。
そして、各地の名産品や特徴なども記載されていて、頼もしい旅のお供になりそうだ。
フィーが、ある事に気が付く。
「イリナは、どこ?」
「えっとね、昨日色々あってね」
フィーに、説明すると寂しそうな表情に変わる。
アトラ樹海にいた頃は、フィーの服の中に収まっていたから愛着もあっただろう。
でも、いずれ会える事を伝えると少し表情が明るくなる。
「イリナにまた会えるなら、いっぱい待つ」
「うん、二人で待っていようね」
同化した相手が亡くなるか、長い時間を経て自然に分離するとの事だったけど、私はそこまで生きているのかな?
妖精も、かなり長寿で数百年以上は生きるらしいけど、人間はせいぜい50~70年くらいしか生きる事ができないし大丈夫かな?
でも、フィーのマナの影響を受けているから、私も普通より長く生きる事ができるかもね。
さて、私達はバックパックを背負う。
ちょっと重そうだとは思ったけど、すごく軽く感じる。
きっと、体がマナで強化されているからだね。
「初めて見た時は、二人ともボロボロの恰好でみすぼらしかったけど、今じゃ立派な冒険者か旅人に見えるよ」
「ほんとにね、二人ともすごくカッコいいよ!」
マーレさんとララちゃんが、嬉しそうにしている。
私達も、ちゃんとした立派な服を着る事ができて嬉しい。
「えへへ、こんな立派な服...今まで着た事なかったので、すごく嬉しいです」
「私も、嬉しい」
全ての準備が整ったので、あとはこの町を出るだけだ。
初めて来た時は、男達の下品な会話や路上で盛っている男女が居て印象は最悪だったけど、昼間の明るい今ならそんな事は起きないだろう。
できれば、マーレさんの元でずっとお世話になりたかったけど、厄介事に巻き込む訳にはいかないし....でも、寂しいな。
店の入り口の扉を開けると、そこにはレンカちゃんとモーナちゃんが居た。
タイミングが少し違えば、すれ違いになっていたかもしれない。
昨日の私の様子を見て、心配になり来てくれたようだ。
「うん? あれ、お姉ちゃん誰? いや、もしかしてミルトちゃんか?」
「わっ! ほんとだ、ミルトさんだよね?」
気づいてくれたのは嬉しい。
でも、じっくりと見られれば私だってバレてしまうのかな?
そういえば、ダンゲさんは最初から分かっていたみたいで何も言わなかったな。
うーん、あの通りを抜ける時に変態達に出くわさなければいいけど...。
「二人とも、よく気づいたね」
「雰囲気が、それっぽいなと思ってさ」
「うん、私もそう思った」
「二人に言わなきゃいけない事があるの、そのね...今日、この町を出るんだ」
昨日、大体の事情を説明していたので、二人は納得してくれたみたい。
いきなりの別れだけど、フィーは大丈夫かな?
表情はあまり変化がないけど、寂しそうにしているのが伝わってくる。
「レンカ、モーナ、会えなくなるの寂しいけど、また遊ぼうね」
「うん、あたし達もそのつもりだよ!」
「むしろ、大きくなったら私達から会いに行こうかな!」
「うん!」
フィー達、3人はぎゅっと強く抱き合っている。
まだ、たった二日とちょっとだけの関係だけど、友情はしっかりと芽生えていたみたい。
抱き終わり、向かい合うと別れを告げる。
「あっち側には、昼間でも親に行っちゃダメって言われてるから....ここで、さよならだね」
「ああ、バイバイだな」
「ミルトちゃんも頑張ってね! 負けちゃダメだよ!」
「バイバーイ!」
二人が、元気に手を振ってくれてお別れを告げる。
私達も、二人に大きく手を振り別れを告げて、娼館と酒場がある通りに向かう。
振り返ると、二人はずっと手を振ってくれている。
お別れって辛いね....。
そういえば、ダンゲさんはどこに行ったの?
美味しいお菓子のお礼を言いたかったのに....。
そう思いながら歩いていくと、二人は見えなくなった。
娼館と酒場の通りに入り、中間くらいの位置に見覚えのある人物が、路上に置かれているベンチに腰かけていた。
あの娘は、変態達が雇ったと思われる冒険者達の一人で、魔法使いと思われる娘だ。
なんだか、私の事を凝視しているような気がする。
座っていたベンチから立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
目の前まで来たけど、なんだかツンとしていて怖そうなお姉さんだ。
マーレさんが、対応してくれる。
「ねー、少し話をいいかな?」
「どうしたんだい? 今、急いでいるんだけど」
「少し訪ねたい事があって...少しだけで、いいです」
マーレさんの威圧的な雰囲気に気圧されて、ツンとしたお姉さんがたじろいで、一枚の写真を見せてくる。
写っているのは、当然私だ。
というか、写真を撮られた事も撮った事もないのに、何故これがあるのだろう?
世の中には、念写という技術があるらしいけど...それか?
でも、そこには黒髪の前髪で目元が隠れている私が写っていて、初めて会うこの人には私だと気づく事はないと思う。
「この娘を探しているんだけど、心当たりはないですか?」
「さあ、私は見た事ないね」
「そちらのお嬢さん達も、見た事ないかな?」
こっちに話を振られ、緊張する。
心臓がバクバクしてるけど、平静を装って...。
「私も見てないですね」
「....知らない」
視線が痛い。
感づいているのか、私をじっと見つめてくる。
その瞳は大きく青色で綺麗だけど、鋭い刃物を突き付けられているようで背中が寒くなる。
「そうですか、お手数をかけました....」
魔法使いの娘は、確証が持てなかったのか私から視線を外してくれた。
用が済んだようで、ベンチに戻って行った。
私達は、再び歩き出し出口まで向かう。
でも、なんだか背中に視線を感じるな....あれ?
少し振り向くと、あの魔法使いの娘がこっちを見ている。
もしかして、怪しんでいたりするのか?
でも、私はその視線を無視し前を向く。
しばらく、歩き出口に着いた。
「やっと着いたね、緊張したよ」
「ああ、少し危なかったね...あの魔法使いの娘、こっちをずっと見てたみたいだしね」
「やっぱり、そうですよね...うーん、大丈夫かな?」
「まあ、大丈夫じゃないかな? 怪しく思って確信があるなら、追いかけて来ると思うけどね」
「そうですよね...」
さて、これから今日で2回目のお別れだ。
マーレさんにララちゃん...たった、一週間だったけど本当にお世話になって良くしてもらったな。
ララちゃんが、私の顔の前に来てある事を教えてくれる。
「ミルトちゃん、これからは妖精の能力の一つで虫さんとお話ができるよ!」
「えっ、虫と?」
「うん、賢い虫さん限定だけど私とイリナちゃんは離れていても、それで近況を報告しあっていたしね」
確かに、イリナがそんな事を言ってた気がする。
でも、虫か....ちょっと、苦手ではあるんだよね....。
「だからね、もしあの人達に動きがあったり何か情報が入れば、虫さんにお願いして伝えてあげるね!」
「確かに、便利な能力だね...」
「もしかして、虫は苦手? 大丈夫だよ、賢い虫さんは紳士的でお淑やかな子ばっかりだからね、きっと印象が変わるよ」
「うん、それなら大丈夫かも」
「おーい! よかった....間に合った....はぁっ、はぁ」
ダンゲさんが走ってきた。
息をあげて辛そうだけど、何か小さな袋を持っている。
でも、袋の中はきっとあれだろう。
「これっ、はぁっ、よかったら食べてね! はぁっはぁっ」
「ダンゲさん、ありがとう」
ふーっと、息を整えて少し落ち着いたようだ。
みんな優しくて、暖かいな。
私達は、順番にマーレさんにダンゲさんと抱き合い、ララちゃんは私達の頬にキスをしてくれた。
お別れを言う。
「みんな、バイバイ...色々、落ち着いたらまた戻ってくるから! あと、手紙もちゃんと届けます!」
「頼んだよ! 二人とも元気でね、体に気を付けるんだよ!」
「虫さんに頼んで、報告しあおうね!」
「いつでも、お菓子を用意してるからね!」
「...バイバイ」
私達は、手を振りながらベラの町から旅立つ。
この町は、私達にとって大切で暖かい思い出が詰まっている。
まあ、いかがわしいお店とか治安の悪い部分もあるけど、そこはなかった事にしよう。
まずは、次の町を目指して歩かなければ。