18話 エルフ化と私だけのもの。
「そうなんだね...あの賢者のお姉さんだけ、ベラの町を出たんだね...」
「ハイ! 娼館に入り浸っている依頼主や仲間を残して、4日前には町を出ましたね」
話をしているのは、この間の賢い虫さん...とは違う、親戚にあたるコガネムシさんでララちゃんの伝言を伝えに来てくれた。
詳しく聞くと、手掛かりを探そうとせず娼館に入り浸る依頼主と仲間に嫌気が差していたみたいで、単独行動に踏み切ったらしい。
また、偵察中にララちゃんはある事に気がついた。
あのツンとした賢者のお姉さんは、どうやら特異体質のようでマナをある程度は感知ができるようだ。
ずっと怪しく思っていたようで、今の私が残したマナの痕跡を辿って追いかけている。
なんだか、賢者のお姉さんの気持ちが分かるかな...。
男の人の...それも、仲間の嫌な部分を見て女の子が嫌悪感を抱くのは仕方ない。
「追われている身だけど...なんか、同情しちゃうかな...」
「まあ、女性にはキツイ状況下に置かれていたのは事実ですよね...あと、この子なんですけど...すごい見てきますね...」
私の、手のひらの上に乗ったコガネムシさんをフィーがじっと見つめていた。
イリナと同化している私は、妖精の力で賢い虫と言葉が通じる。
この賢いコガネムシさんの言葉を、どうにかして聞き取ろうとしているのだろう。
「この虫さんは、何を話してるの?」
「ベラの町を出る時に、ツンとしたお姉さんに声を掛けられたのを覚えてる? あの時のお姉さんが、一人で私の事を追って来てる事を教えてくれたの」
「そうなんだ...でも、どうして?」
「えっとね...依頼主と仲間達と喧嘩しちゃったみたいね」
純粋無垢なフィーに、娼館での出来事を教える訳にはいかない。
そもそも、娼館という存在をまだ知ってほしくない...。
私は、マーレさんやララちゃんに伝えてほしい事をコガネムシさんに頼んだ。
からあげ(馬)を買った事や、フィーと楽しく元気でレラを目指している事など。
賢いコガネムシさんは、小さな前足を上げ敬礼のようなポーズをした。
「では! ララちゃんに伝えてきますね!」
「うん、帰りの道中も気を付けてね」
賢いコガネムシさんの姿は、あっという間に見えなくなった。
あんなに早く飛べるのだから、この間のコガネムシさんも今の子も賢いだけじゃなく特殊な個体なのだろうね。
さて、そろそろ行きますか。
からあげの背に私達は跨り、次の町を目指して疾走する。
風が気持ちいい...というか、なんだか耳がムズムズする...。
まるで、乳歯から永久歯に生え変わる時のような感覚が耳に伝わる。
私は、耳に手を伸ばし触ってみる。
「少しだけ、ムズムズしたのが収まるかな...」
指を立て耳を掻いてみる。
すると、かゆみが収まり気持ちよかった。
まあ、生きていれば体のどこかしらが痒くなる事があるよね。
その時は、あまり気にも留めず前へ進んだ。
夕暮れが近づいてきた。
そろそろ、野宿の準備をしないとね。
からあげを止めて世話をし、夕飯の準備をする。
いつもの平穏な二人の時間...いや、からあげも居るから二人と一頭。
夕飯も食べ終わり、あとは眠るだけだ。
フィーは、私の太ももに小さな頭を乗せて眠っている。
火の番をしなきゃいけないし、一応見張りもする。
女の子の二人旅なので、寝込みを襲われたりしたら嫌だからね。
最近では、夜が更け明るくなり始めるとフィーが起きるようになった。
見張りや火の番を交代し、私は眠りにつく。
これが、野宿をする時の二人の決まりになっていた。
「少し、空が明るくなってきたね」
「う...うぅ、ミルト...見張り、交代する...」
ホントは、もう少し眠ってくれてもいい。
成長期のはずだし、いっぱい睡眠をとるのは大事だからね。
でも、私が体を壊すのを心配してフィーは自主的に起きるようになった。
まあ、眠らないと確かに調子は悪くなるよね。
「おはよう、じゃあ眠るね...」
「...うん」
私は、フィーの太ももに頭を乗せた。
スベスベのもちもち肌は、すごく質の良い枕の代わりになる。
それに、フィーは小さな手で優しく私の頭や体を撫でてくれる。
この時間は、思う存分甘える事にした。
私だけの至福の時間...私は眠りについた。
うん...うっ?
なんだろう、耳が擽ったい。
どうやら、フィーが耳を撫でているようだ。
いや、おかしい...。
耳の形が、いつもと違うような感じがした。
目覚めた私に、フィーが声を掛けてくれた。
「おはよう...ミルト、耳が私と同じになった」
フィーと同じ...?
もしかして、エルフ耳になったのか?
私は、鞄から手鏡を取り出し自分の耳を確認する。
「おはよう、これは...見事なエルフ耳だね...」
いずれ、体がエルフ化するだろうとは思っていたけど...案外、早くエルフ化したね。
外的な体の変化には少し戸惑うけど、これは好都合なのではと思う。
私を追ってくる、あの変態達とその冒険者に対して「人違いじゃないですか?」と言い、かわす事ができるだろう。
あとは、私達の関係性を説明する際に姉妹でも親子でもこれで問題なく通じると思った。
フィーは、どっちがいいのかな?
姉妹か親子か...一応、私は保護者という事でフィーの事を妹のように思っている。
でも、フィーはどうなのだろう?
私の事を、どう思っているのか気になってしまった。
「ねえ、フィーにとって私はどんな存在かな?」
「...どんな存在?」
おっと、まだフィーにとっては難しい質問だったかな?
でも、私の事を見つめて真剣に質問の答えを考えているように見える。
どんな答えが返ってくるのか、少しドキドキした。
答えを見つけたのか、フィーは口を開く。
「私にとって、ミルトはすごく大切で必要な人...私だけのもの...」
あれっ、想像以上の答えが返ってきた。
特に『私だけのもの...』は、独占欲がしっかり出ていて可愛い。
大切で必要なフィーだけのもの...なんか、すごく嬉しい響きだな。
「私は、フィーのものなの?」
「うん...誰にも渡したくない私だけのもの...ダメ?」
あっ、やばいぞ。
フィーの純粋な気持ちに、私は勘違いをしてしまいそうになる。
私だって、フィーの事を私だけのものだと思い始めていた。
両想い...なのかな?
いいのか?
女の子同士で、しかも相手は子供だぞ。
あくまでも、私はフィーの保護者であるべきだ。
私は百合で...しかも、ロリコンなのかな?
そうだとしたら、けっこうショックだ...。
しかも、イリナの事を考えると三角関係になってしまうのか...。
あの時、私の事を運命の相手と言ってくれたし私の体と同化して一つになっているけど...愛の告白だったんだよね。
今考えると、私は少し軽く考えていたかもしれない。
複雑な感情がいっぱい溢れてきて、私は少し悶絶している。
頭を抱える私を見て、フィーは少し心配そうにしていた。
一応、確認してみるか。
「私の事を、お姉ちゃんとかお母さんみたいに思っているのかな?」
「まだ...お姉ちゃんとお母さんが、よく分からない...でも、多分違う」
少し悩みながら、フィーが答えてくれた。
でも、そうだよね...。
記憶は戻りそうにないし、今までずっと傍に居たのは私だけだからね。
言葉を話せるようになって、まだ二ヶ月も経っていないから知らない事もまだまだ多いだろう。
それに、私達はお互いに依存しあっている関係なのは間違いない。
私があの空間に居なかったら、フィーは今頃どうなっていたのかな...。
一人で目が覚めて、アトラ樹海の中を何も知らないまま裸で彷徨っていたかもしれない。
そして、フィーに出会わなかったら私はとっくの昔に死んでいただろう。
私達の絆は、固く結ばれているはずだ。
すると、フィーはある事をお願いしてきた。
「何があっても...ずっと、一緒に居てね」
「うん、私達はもうずっと一緒だよ!」
三角関係になっても...もう構わない。
それに、私とフィーがそうゆう関係になったとしても、イリナは許してくれそうな気はする。
自分勝手な言い訳なのは分かっている...私って、案外酷い奴だったんだな...。
少し落ち込んでしまって気分の浮き沈みが激しい私を見て、フィーはまた心配になったようだ。
フィーは、私に抱きついてくる。
こうすると、お互いに気持ちが落ち着くし安心する事を知っているからだ。
私は、フィーの小さい背中に手を回し頭も撫でる。
しばらく抱き合い、気分が落ち着いたので朝食やからあげの世話のを始めた。
朝食も食べ終わり火の始末をしっかりして、私達はからあげの背に跨り走り出した。
「耳にいっぱい風があたるね...なんだか、変な感じ」
耳が風を受け、少しバタバタと震えている感じが伝わってくる。
人間からエルフの体へ変異したのを実感した。
まあ、本格的に新しい人生がスタートしたって事かな?
私は、フィーの背中越しに想いを伝える。
「さっきも言ったけど、これからも仲良く二人で一緒にいようね!」
「うん、ずっと一緒!」
フィーは、元気に答えてくれた。
ふふっ、ずっとずっと一緒で私だけものだからね!