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第十六章『懺悔ゲーム ―ベロワの宴―』

廃墟の教会を前に、柚希が静かに足を止めた。

「……ここ。匠くんは、あの中にいる」

その声に、灯夜も歩みを止め、建物を見上げた。 黒ずんだレンガの壁には罅が走り、崩れかけた十字架が空に影を落としている。

「……本当に、ここにいるんだな」

「“縁糸”がそう言ってる。……苦しみが、まだ終わってない」


(待ってるだけじゃ駄目だ。

匠を助けたい。それは俺の“願い”だ)

柚希の指先が、淡い金色の光を放った。 それは空中に細く伸びる“光の糸”となって、教会の奥へと導いていた。

「……行こう」

二人は、音もなく朽ちた扉を押し開けた。 軋む音と共に、埃と血の匂いが漂う。

礼拝堂の奥へと進む途中、背後から複数の足音が迫った。

「誰だ、貴様ら!」

灰色の法衣を纏った数人の取り巻きが現れ、手にはスタンロッドや鉄棒が握られていた。

「っ……灯夜!」

「逃げ――」

言い終わる前に、二人は取り囲まれていた。

「こいつらも“告白”させなきゃな」

男の一人がにやりと笑い、灯夜の腕を後ろ手にねじ伏せる。 柚希も数人に取り押さえられ、地面に押し倒された。

「や、やめて……!」

柚希の耳飾りがかすかに光るが、力を使う隙は与えられなかった。

「願い人だって? 面白ぇ……偽善者ってのは、最初に折れるからな」

「くっ……」

灯夜の肩に痛みが走る。 彼の心の中に、“願い”の灯がかすかに揺れた。

(……お願いだ。誰でもいい……匠を……柚希を……この場所を救ってくれ……!)



 

廃墟と化した教会。その地下には、かつて信仰と願いが満ちていたはずの礼拝堂が残されていた。

 だが今、その空間には“救い”とは真逆の光景が広がっていた。

 剥がれ落ちたステンドグラスの破片が床に散らばり、祭壇の代わりに鎖と電極が取り付けられた“懺悔椅子”が据えられていた。

 その中央で――男が笑っていた。

 異様に白い肌。灰色の法衣を着崩し、片手にスマホを構えながら狂気に満ちた目をギラつかせている。

 名は、ベロワ。

 かつて信仰を説いていたであろうその姿は、今や完全に“断罪者”を気取る異端の狂信者だった。

「――さぁ、今日も楽しい懺悔の時間だよぉ!」

 甲高い声が、反響する礼拝堂に響き渡る。

 拷問椅子には、一人の中年女性が縛られていた。

 その目は涙で濡れ、肩を震わせていたが、視線の先には――隣で泣き叫ぶ小さな子供がいた。

「さぁママ? お前が“本当に”懺悔したら、この子は助けてやってもいいよ?」

 ベロワはスマホを構えながら笑う。

「そ、それは……ママ友と……他の子の悪口言ってたことです……」

 静寂。

 次の瞬間、ベロワは高らかに笑った。

「はっはっはっ!! そっち系のやつかぁ!! ぬるすぎんだよババア! 光らねーじゃんか!」

 スイッチが押され、椅子から電撃音が弾ける。女は悲鳴を上げ、子供が泣き叫んだ。

「やめてっ!! ママを、ママをいじめないで!!」

 だが――次の懺悔が、空気を変えた。

「……子供の友達の父親と、不倫してました……!」

 ピタリと、ベロワの動きが止まる。

 沈黙。

「ハハッ……そうそう、そういうのよぉ。そういうのが一番、光るんだって!」

 まるで芸術品でも評価するように、ベロワはスマホを掲げて写真を撮った。

「この情けなさ……醜さ……“人間”ってやっぱサイコーだなぁ!!」

 椅子への電流は弱まり、ベロワは子供に近づいてニタニタと笑う。

「良かったねえ。ママ、いい懺悔だったよ?」

 子供は怯え、泣きながら母にしがみつく。

 誰もが、助けなど来ないと思っていた。

 その奥――

 もう一人、縛られている青年がいた。

 ボロボロの制服。血に濡れた腕。

 佐伯匠だった。

「……彩花、無事……?」

 視線の先に、震える女子高生の姿があった。

 その腕を縛られているわけではないが、恐怖で一歩も動けずにいる。

「お前さぁ……女のためにこんな拷問、よく耐えたよなぁ。愛ってやつぅ?」

 ベロワが嘲る。

 匠は、声を振り絞った。

「……殺す気かよ……」

「殺すなんてとんでもない。“懺悔”させてあげてるんだよ?」

 そう言いながら、ベロワはスイッチをまた押した。

 匠の体が跳ね、呻き声が漏れる。

 部屋の隅で、彩花が怯えていた。

そんな中、匠は椅子に縛られたまま、声を絞り出す。

「やめろ……あの子には、手を出すな……全部……俺が代わりに……」

「ククク……お前、ほんっといい顔するなぁ!」

 ベロワはスマホを構える。

「さ、じゃあお前は……何を懺悔してくれるんだ?」

「……俺は……灯夜が……あんなに真面目に生きてるのが……  ちょっと、羨ましくて……妬ましくて……  ……俺は、自分が弱いの、分かってたのに……ごまかして笑ってた……」




 灯夜の胸が、ずしんと締めつけられた。

 匠の声が、心を貫く。

 あの日、ずっと近くにいたはずなのに、何一つ気づけなかった――

 親友の痛みに、届いていなかった。

(……俺は……何もできなかったのか?)

 拳を握る。

 拷問され、泣き叫ぶ親友の姿を、ただ見るしかできない自分。

 その無力さが、胸に深く突き刺さる。






「おおおお! いいねぇいいねぇ! “ねたみ”! 人間らしいじゃねえかぁ!」


「次ィは……そこのお前だァ!」



地下の拷問部屋には、まだ何人もの囚人が縛られ、呻き声を漏らしていた。

母子、若者、老婆――そのどれもが、生きているのが不思議なほどに傷つけられていた。

ベロワが、鼻を鳴らしながら叫ぶ。

そして次の囚人に目をやった瞬間――彼の足が止まった。

「……あ? お前……なんか、最初からいたか?」

その場の空気が、凍りついた。

鎖に繋がれ、他の囚人と同じように並んでいたはずのその男。

だが、誰も“いつからいたか”を覚えていなかった。

ただ、そこにいた。

だが、その男――鷹野迅は、明らかに“異質”だった。

整った黒髪は乱れず、服の皺すら不自然に整っていた。

黒いスーツに白いシャツ、タイも緩めず、ただ膝を抱えながら静かに座っていた。

どこかの実業家か、モデルのような佇まい。

そして顔を上げた瞬間――

その場の空気が、明らかに“変わった”。

「……あ、あの人……なんで、こんなとこに……?」

「光ってる……?」

他の囚人たちが目を見張る。

ベロワでさえ、言葉を飲み込んだ。

神でも、仏でもない。

だが、“何か”を纏った男。

この地獄に現れてはならない、慈悲の化身。

鷹野迅は、微笑みながらゆっくりと立ち上がる。


 その姿を見て、柚希は静かに頷いた。

 新宿南口で再び出会ってから、わずかな時間しか経っていない。

 それでも――彼がここに現れることは、どこかで“必然”だったように思えた。


(……来てくれたんだ、迅さん)


 柚希の胸に、微かな願いの光がともる。




「……申し訳ありません。ご指名を受けたようなので、次は私が“懺悔”をさせていただきましょうか」

その一言で、ベロワは苛立ちを隠せなくなった。

「……はァ? なに、調子乗ってんだお前……!」

迅は頭を下げる。

「私が懺悔する罪は――」

一瞬、周囲が静まる。

「……“昨日、瓦礫の下にいた少女を救い出しました”。それと、飢えた避難民に水とパンを配りました。……あ、あと母親とはぐれた少年の手を引いて、避難所まで送り届けました」

「…………はァ!?」

ベロワの目が見開かれる。

迅は、つとめて真面目な口調で続ける。

「“罪”かどうかはわかりませんが、善行のつもりではありました。懺悔という趣旨には……やや外れておりますでしょうか?」

「フザけてんじゃねぇぞォ!!!!」

叫んだ瞬間、ベロワは電気スイッチを入れる。

激しい電流が流れ、椅子に座らせられた迅の体が大きく跳ねた。

だが。

「……っ……ふ、ふふっ……あははは……」

呻きとも、笑いともつかない声。

「……よかった……これで、少しでもあなたの“怒り”が、慰められたのなら」

顔を上げた迅の目は、うっすらと潤んでいた。

「どうか、あなたの怒りも、悲しみも……私に預けてください」


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