第十五章『縁糸観 ―願いは導く―』
助けを求める声は、時に言葉にならない。
けれど、それでも届くものがある。
“縁”という名の光の糸を辿って、灯夜たちは失われた友の元へ向かう――。
匠からのメッセージを受け取った直後――
灯夜たちは一時、ビルの影に集まり作戦を立てていた。
「この願い、無駄にしたくない」
そう言った悠の表情は、今も静かだった。
だが、背後には数十人規模の避難民たちが集まりつつあり、SNSを通じて彼の存在が広まりすぎていた。
「このままでは動けません。下手に出ればパニックになります」
ルーミーはスマホを確認しながら言った。
その冷静な口調にも、焦りがにじんでいた。
天翔は短くうなずいた。
「自衛チームと合流し、各地に散らばっている避難者の救助に回る。これ以上の犠牲は出せない」
灯夜は一瞬、迷った。
だが、胸の中に浮かぶ“匠”の姿が、それを打ち消す。
(“助けてって言えないやつ、嫌い”――あいつ、昔からそんなこと言ってたな)
放課後のコンビニ前。
缶コーヒー片手に、匠がニヤつきながら言った。
「お前さ、もしヤバいときはちゃんと『助けて』って言えよ。言わねーと、俺が勝手に動けないから」
「……何だよ急に」
「いや、俺が“誰か助ける系男子”だっての、忘れてんじゃねーかと思って」
「……アホかよ」
でも、灯夜は笑っていた。
あのとき、心のどこかが救われたのを覚えている。
(今度は俺が言う番だ。助けたいって――ちゃんと願いたい)
「……俺は、行く。あいつの願いが届いたなら、俺が応えないと」
柚希も、黙って頷いた。
「私の“縁糸観”で、場所はたどれるはず。匠くんの願いは……とても強かったから」
「僕たちは別方向に動く。灯夜くん、無理はするな」
悠が手を差し出した。
「でも、きみになら……届くと思う。あの子の光は、誰よりも真っすぐだから」
灯夜はその手を握り返した。
「ありがとう。……みんなも、気をつけて」
それぞれの“願い”を胸に、仲間たちは別々の方向へと歩き出した。
***
瓦礫の山を越えながら、佐倉灯夜はスマホの画面を見つめていた。
画面には、恐ろしい数の通知とニュースが並んでいる。
『富士山噴火、続く火山活動――』
『南海トラフ連動か? 首都圏・関西で同時被災』
『都市部完全機能停止』
『世界各地で“金色の人影”を見たとの報告がSNS上で相次ぐ』
映像は不鮮明だったが、確かに人々は語っていた。
「光のような人が、瓦礫の下から人を引っ張り出していた」
「祈った瞬間、あの人が現れた」
嘘か誤認か――それでも、“何か”が動いているのは間違いなかった。
「……希望と、混乱が、世界を飲み込んでる」
呟いた灯夜の横を、柚希が黙って歩いていた。
「……柚希」
ようやく、彼は口を開いた。
「あの……縁の糸って、どうして見えるの?」
柚希は足を止めた。
「……“縁糸観”っていうの。私の能力」
「誰かが“助けて”って強く願ったとき、その願いが縁の糸として、私の中に浮かぶの。……心がつながっていればいるほど、糸は太く、光る」
柚希の視線が、街の奥に伸びていた。
「匠くんの“助けて”が、あまりにも強くて……まっすぐに伸びてきた」
その言葉に、灯夜の喉が詰まった。
「願いって……ほんとに届くんだな」
柚希は頷いたあと、少し真剣な声で続けた。
「でも……ただの光じゃない。そこには痛みや恐怖も絡んでる。だから、見えるたび、少しだけ苦しい」
そして、さらに静かに語り始めた。
「最近、世界が“溶けて”きてる。精神世界と、物理世界との境界が。
願いや恐れ、後悔や怒り……そういう“心の波”が強くなりすぎて、現実に現れるようになってきたの」
「それが“能力”……?」
柚希は頷いた。
「そう。“霊的磁場”がゆがんで、霊力が増幅されると、“想い”は形になる。
でもね――力を扱えるかどうかは、その人の“功徳”にかかってる」
「功徳……?」
「善意とか、他者を思う気持ち。願いに近いもの。
それがちゃんと蓄えられてないと、力に飲まれて魔境に落ちる。霊力だけ強くても、心が腐ってたら……暴走するだけ」
「じゃあ……暴れてる人たちは、“力”だけ持ってる状態なんだ」
柚希はゆっくり頷いた。
「うん。あの人たちは、自分の心を制御できてない。
願いのない力は、ただの破壊になる。
でも灯夜くんには、まだ“願い”がある。だからきっと、大丈夫」
灯夜は黙ったまま、柚希の肩越しに金色の糸を見つめた。
朝焼けの空を貫くように伸びる、その糸。
彼の胸の奥で、小さな曼荼羅の鼓動が響いていた。
(……匠。今、どこにいるんだ)
声も聞こえない。姿も見えない。
胸が締めつけられるようだった。
届いた“助けて”という叫びに、自分はどこまで応えられるのか――
(あいつ、どんな状況にいるんだよ……無事でいてくれ)
その願いに呼応するように、記憶の向こう側――
匠の“あの瞬間”が、静かに浮かび上がった。
**
痛い。
頭が、腕が、全身が――焼けるように痛い。
薄暗い教会の地下室。
金属の椅子に縛りつけられた佐伯匠は、歯を食いしばりながら呻いていた。
「くっ……はぁ、はぁ……っ……」
足元には、崩れた十字架と破れた聖書。
その横で、灰色の法衣のようなものをまとった異様な男が笑っている。
スマホを構えて、シャッターを切る。
「ハイチーズ☆ ……うわ、今日の一枚めっちゃ光ってるじゃん。インスタ映えすんなぁ~」
笑っているのはベロワ。
かつて教会関係者だったような衣装を着崩し、狂気じみた目で拷問を“遊戯”として楽しんでいた。
「おい、お前さあ……あの子、助けたかったんだろ?」
「……っ、彩花を……離せ……!」
匠の視線の先。
同じ空間の奥に、怯えきった女子高生・彩花が座らされていた。
手足は無事だが、恐怖で声も出せない様子だった。
「お前がなぁ、その“女”を助けたいって言ったとき、俺ちょっと感動しちゃってさ」
ベロワは舌なめずりしながら、スイッチを指で弾いた。
ビリリと電流が流れ、匠の体が跳ねた。
「いいか? お前にチャンスをやるよ。三十秒、拷問に耐えられたら、スマホを渡してやる。
たった一回だけ、誰かに“助けて”って言う権利をやるよ」
「……っ……」
「祈ってもいいんだぜぇ? オレ、けっこう信心深いほうだからよぉ? 神様、見てくれてんじゃね?」
匠は、苦笑した。
冗談じゃない。
だが――
今、この女の子を守れるのは、自分しかいない。
「……やってやるよ……!」
「ハハハ! いっくぜぇ!!」
スイッチが入る。
世界が焼けるような痛みで染まった。
一秒、また一秒。
死ぬほど長く感じる時間の中、匠はただひたすらに耐えた。
(……灯夜……)
頭に浮かぶのは、あの真面目で優しすぎる親友の顔だった。
(……お前だけは……誰かを助けられる……)
三十秒が経過する――
「ふうん……やるじゃん。おっけぇ、特別に許可☆」
ベロワはスマホを、足元に転がした。
「ただし――その指、届くかは知らないけどねッ!」
笑いながら、スマホを蹴飛ばす。
だが、その瞬間。
匠の指が、ぎりぎり“送信”に触れていた。
ベロワの高笑いが響く中、メッセージは確かに、光の糸となって“願い”と化した。
**
崩れかけたスマホの画面に、“送信済み”の文字が淡く浮かんでいた。
その刹那、光が――空へ向かって走った
痛みに満ちた願いは、届いていた。
そして今――
廃墟の路地裏を、灯夜と柚希が静かに歩いていた。
縁の糸は、すでに廃墟になった教会を指し示している。
「……この先」
柚希が立ち止まり、指を差す。
「匠くんは、あそこにいる」
灯夜は、拳を握りしめた。
「待ってろ……匠」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この章では“縁糸観”という力を通して、願いが現実を導くという本作の世界観を強く描きました。
次回、救うべき“匠”が直面していた絶望と希望の断崖が明らかになります。どうぞお楽しみに。
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