第十三章『断絶の文明―五人の願い、ひとつの種子―』
過去が開かれる――。
それは、アトランティスと呼ばれた文明の終焉。
願いを失い滅びた世界の中で、灯夜は“自分が生かされた理由”を知る
夜明けの光が、崩れた瓦礫の向こうから差し込む。
炎の中の女性、狂気的な男性、 悠の歌、柚希の願い、天翔の言葉――
そして黄金の光を照らす叡智さん
すべてが、灯夜の中でつながった気がした…
そのとき、眩いほどの残像が心を貫いた。
それは、記憶ではない。“魂の奥底に刻まれた何か”が、いま、その中の一つが揺らぎはじめた――
***
アトランティス。
それは、何億年という周期で繰り返される文明のひとつだった。
人類は幾度となく栄え、そして滅びた。
栄えるたびに、願いを失った。
科学が霊性を凌駕し、願いが“非合理”とされ、戦争が始まる。
それは決して偶然ではなかった。必然だった。
かつてこの地には、霊性と科学が共存する理想郷があった。
だがいま、その都市は終末を迎えようとしている。
***
彼――セイと呼ばれた少年は、まだ悟りを知らぬ未熟な魂。
だが、心の奥に小さな願いの灯を持っていた。
そんな彼を未来へ送ると決めたのが、五人の“願いの戦士”たちだった。
紅き女戦士、過去世の緋蓮
純白の守り手、過去世の天翔
感情を読む願い手、過去世の柚希
詩を紡ぐ影、過去世の悠
黒き供養者、過去世の迅
彼らの中心に、“黄金の人”過去世の叡智がいた。
彼らはひとつの決断を下す。――セイを、霊的磁場“シャンバラ”へと送り出すこと。
*
都市の外縁、炎と瓦礫に満ちた環状回廊。
最初にその身を賭して道を拓いたのは、紅き女戦士だった。
彼女は、都市防衛装置の誤作動によって暴走した無人機群に囲まれていた。
「……ならば、私は燃える」
紅蓮の曼荼羅が、彼女の足元に展開される。
空気が震え、重力がねじれ、視界が炎に包まれた。
「私は怒りを刃に変えた者。
今度こそ、この怒りを守る力に変えてみせる……!」
彼女はその中心に立ち、曼荼羅の回転と共に、自らを中心にマグマのような業火を爆発的に放った。
炎の中で、彼女の姿が微かに微笑んだ。
「……あなたの願いが、本物でありますように……」
その直後、崩れ落ちた天井が彼女を飲み込んだ。
セイの足が止まった。
心臓が悲鳴を上げるように脈打ち、喉が焼けるように乾いた。
(なんで……! そんな……!)
手を伸ばした。
だが、その先にはもう、彼女の姿はなかった。
「ごめん……!」
振り返って叫んだその声も、瓦礫にかき消された。
*
次に、重力兵器が展開された戦場。
都市中心部、重力井戸と呼ばれる空間の中で、蒼き守り手は身を挺して立っていた。
地面が沈み、空気が潰れ、音すら歪む。
「空は、魂の自由だ」
彼は、その言葉を何度も呟きながら、重力に膝を折られながらも前へ進んでいた。
セイを背に庇い、まるで一人の兵士が未来を背負って歩むように。
風のように軽やかだった彼の気配は、その瞬間、地を這う意志へと変わっていた。
「君が、空を見失わないように」
最後の言葉と共に、彼の身体は重力の特異点に吸い込まれ、消えた。
セイは、息が詰まりそうだった。
重力に押されていたのは、空間ではなく、胸だった。
(……お願いだから、いかないでよ……!)
逃げたい、でも足が前に出ない。
それでも、あの人たちの手が、背中を押していた。
「……くそっ……!」
振り返ることもできず、セイは走った。
*
都市地下、崩れかけた祈祷堂の残骸の中。
感情を読む願い手は人々の中に立っていた。
その身から放たれる“青の光”は、見る者の心の奥底に共鳴を生む。
群衆は錯乱していた。
恐怖と怒りで発狂し、互いを罵り、刃を向け合っていた。
彼女は、ゆっくりと両手を掲げた。
「……感じて、ください。あなたの心の奥には、悲しみがある。
それは、誰かを傷つけるためのものじゃない……」
曼荼羅の花が彼女の背に浮かび、感情の共鳴が一帯に広がった。
泣き崩れる者。剣を落とす者。
そのひとつひとつが、彼女の魂を削っていった。
「私の願いは、あなたに……」
そう言いかけたとき、彼女の指先から光が剥がれ落ちる。
霊力の使いすぎ――魂の崩壊が始まっていた。
セイはそれを見ていた。
遠くから、彼女の背中が、光の粒となって溶けていくのを。
「……やめて……やめてよ……いかないで……!」
声は届かない。
彼女はただ、最後に微笑みながら、涙を一粒だけこぼした。
「願いを……ありがとう……」
その言葉と共に、紫の曼荼羅が空へと散った。
セイの脚が震えた。
これ以上走れない。けれど止まれば、すべてが無に帰す気がした。
「どうして……どうして、誰も彼も……!!」
彼女の優しさが、いまも耳の奥で響いていた。
*
次に姿を消したのは、詩を紡ぐ影だった。
彼は変化身を使い鳳凰となり、敵の本陣へと潜り込んでいた。
セイの行く手を阻む兵器の位置を探るため、
そして、都市全体へ“最後の詩”を届けるために。
激しい銃撃の中、ボロボロになりながらも、彼は通信塔の最上階へ辿り着いた。
人の姿に戻りマイクを握る手は血に染まり、声は枯れていた。
「これは……希望の鎮魂歌……願いが……滅びる前に……」
彼は歌った。
命を燃やすように、詩を紡いだ。
“誰かを想うこと、それが願い。
願いは光になる。
この世界が、闇に呑まれぬように。”
その旋律が空に溶けた瞬間、塔が砲撃を受け、光に包まれた。
セイの中で、その歌だけが響き続けていた。
「……どうしてそんなに……全部、背負って……」
拳を握る。
けれど、握ったところで何も変えられない現実に、涙が溢れそうだった。
*
最後に、黒き供養者。
彼は狂気と快楽に支配された敵兵の集団に囲まれていた。
「救済って、こういうことだろおぉぉぉぉ? !」
彼は笑いながら、四肢をもぎ取られていった。
だが、その顔は一片の恐怖もなかった。
「この痛み、すべて捧げます……! この身が、未来の救済の布石となりますように……!」
セイは、声にならない悲鳴を上げた。
(どうして、どうしてこんなにも……皆……!)
逃げる。
走る。
でも心は、そこに残ったままだった。
――誰かが、自分を守って死んでいく。
その意味を、まだ理解しきれないままに。
*
崖の上、最後の祭壇。
シャンバラへと続く霊的磁場に繋がる、唯一の“門”。
そこに立つ“黄金の人”は、静かに潜水儀式の準備を進めていた。
セイは泣いていた。
逃げてきたのではない。
護られてしまったことに、どうしようもなく打ちのめされていた。
「……なんで、俺だけ……! 皆が……死んで……っ」
崖の風が冷たい。
崩れ落ちた都市の光景が、下に広がっている。
かつてのアトランティス。願いを失った者たちの果て。
“黄金の人”は、セイの額に手を当てた。
その掌から、かすかに金色の光が流れ込む。
「だから君なんだよ」
その声は、すべてを包み込むように優しく、そして揺らがなかった。
「私たちは悟った。人は何度でも願いを忘れる。だが、それでも、何度でも“願いの種子”は撒かれなければならない」
「君は、その種子なんだ。未熟でもいい。空っぽでもいい。
願いを知って、悔いて、歩き出す者が……未来を繋げる」
セイの目から、ぽろぽろと涙が落ちた。
「……違う……俺は……そんな役目、欲しかったわけじゃ……!」
「私たちも、そうだったよ」
そう言った瞬間、崖の背後から鋭い光が飛来する。
――発射音。
セイの瞳の中で、“黄金の人”の胸が、光に貫かれていた。
「っ……!」
黄金の血が噴き出し、霊的な羽衣が風に舞った。
だが、“光の人”は微笑んでいた。
「曼荼羅は……まだ、終わらない……」
その手で、セイを乗せたカプセル型の潜水装置を抱え、
最後の力で、深海へと投げ落とした。
その瞬間――
アトランティスの上空に、“神の杖”が到達する。
人工衛星型軌道兵器から発せられた巨大な光柱が、都市全体を貫いた。
文明が、自らの手で自らを滅ぼす最後の瞬間。
願いを排除した世界の終焉だった。
*
――現世。
灯夜の身体が震えていた。
視界が涙で滲み、空気が重くて吸い込めない。
柚希が心配そうに声をかけてきた。
「ねえ、もしかして見えた?」
自分は、知ってしまった。
「……俺は……生かされたんだ……皆に……」
優しい顔をして柚希はいった。
「違うよ、灯夜。君は、未来に選ばれたんじゃない。
君自身が、願ったんだ。誰かを救いたいって」
灯夜の中で、五人の記憶が一人ずつ呼び起こされる。
紅き女戦士。
純白の守り手。
感情を読む願い手。
詩を紡ぐ影。
黒き供養者。
そして――“光の人”の微笑み。
曼荼羅の光が、胸の奥で静かに脈打っていた。
「……繋ぐよ。……俺が……あの願いを……」
灯夜の瞳に、一滴の涙がこぼれた。
それは、静かな願いの始まりだった。
壮絶な過去、そして五人の自己犠牲――。
この章は、灯夜の“魂のルーツ”に触れる重要な場面でした。
誰かを守るために命を投げ出した五高弟たちの願い。
それは、灯夜の“願い”とどう響き合っていくのか。次回、緋蓮の火が導きます。
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