第十二章『五色の光、曼荼羅に集う』
歌舞伎町の夜に降る、白い曼荼羅の光――。
それは“願い”が音に変わり、世界を静かに震わせる瞬間でした。
そして、五つの魂が再び交錯し始めます。五高弟、集結の時。
歌舞伎町に、静かな“音”が降り注いでいた。
それは瓦礫の街を包む、願いの旋律だった。
「……名もなきあなたへ」
悠の声が、白き曼荼羅の光とともに夜を満たす。
ルーミーの手元から、小さな祈りの鈴が鳴り始める。そこから音が曼荼羅のように空気に広がり、悠の歌と共鳴した。
瓦礫に座り込んでいた子どもが、音に気づき、顔を上げた。
痛みと怒りに満ちていたその目から、涙がひとすじ、零れ落ちる。
柚希の瞳に、光の糸が交差する。
「……つながった。悠さんの“願い”が、届いてる」
その瞬間――
魔境の黒い靄が、音の中で揺らぎ始めた。
銃を構えていた暴徒の手が、力を失って震える。
街に満ちていた怒号と憎しみが、波のように遠のいていく。
誰もが、立ち止まった。
「……なんで……こんな音が、こんなとこで……」
「……懐かしい……」
「昔、母ちゃんが……こんな歌を……」
ひとつ、またひとつ。
心の奥に眠っていた“光”が、ゆっくりと目を覚ましていく。
悠の白いコートが、風に揺れた。
彼は静かに目を閉じ、言葉を紡ぐ。
「あなたの痛みが、僕の願いになりますように――」
(……あんなふうに、“誰かの痛み”を願いに変えられたら――)
(……俺にも、できるんだろうか)
灯夜は、胸の奥に灯る光を、そっと手で確かめた。
まだ小さくても、それは確かに“願い”の形をしていた。
そして最後の一音が鳴った瞬間。
魔境の黒煙が、夜空に吸い込まれるように消えていった。
* * *
静寂が、訪れた。
崩れた街の片隅で、灯夜がゆっくりと立ち上がる。
彼の身体は傷だらけだったが、胸の奥には確かな光があった。
「……すごい……」
灯夜が呟いた。
柚希が頷く。
「これが、“願いの救済”。悠さんの願い……本当に届いたんだね」
そのとき――
風が吹いた。
青い光が、夜の闇を裂いて現れる。
「――よかった」
天翔 零真が、街路に立っていた。
彼の制服には土と血がにじんでいたが、その眼差しは変わらず穏やかだった。
「君たちが、無事でよかった」
灯夜が驚いて声をあげる。
「天翔さん!? ほかの現場にいたんじゃ……」
「向こうも落ち着いた。こっちが最前線だと聞いて、合流したんだ」
彼の声が、ゆっくりと真剣さを帯びていく。
「……君たちに伝えたいことがある。叡智様のもとに、“五人の光”が集まり始めている」
「五人……?」
灯夜が問い返す。
天翔は、悠とルーミーに視線を送り、そして柚希を見る。
「五高弟――それが、俺たちに与えられた役割だ」
「俺たちは、叡智様と共に“シャンバラ千年王国”を完成させるために集まる魂。何度も生まれ変わり、今また“この文明の終わり”に現れた」
灯夜の胸が高鳴る。
「それって……どういう……」
そのとき――
* * *
――時を同じくして。
関西圏、かつて神戸と呼ばれた港町。
瓦礫と焦土に沈んだ都市の片隅で、一人の男が立っていた。
燃え落ちたビルの壁に、経文を血文字で書き続けている。
その顔は笑っているのか泣いているのか、わからない。
「……叡智様ァァ……この痛みも、この血も……供養します……!!!」
狂気と法悦の狭間で、笑う男。
鷹野 迅。
彼の背に、黒き曼荼羅が揺らめいていた。
* * *
――さらに同刻。
箱根の山中。
溶岩の噴き出す火口のそばに、赤い影が立っていた。
その瞳には、怒りと慈悲が混在している。
手には、紅蓮の炎で出来た刀。
「この痛みを、すべて救いに変える……!」
刀を掲げると、空が裂けるように光が走った。
緋蓮。
戦いの菩薩。その背に、紅の曼荼羅が咲き乱れていた。
* * *
歌舞伎町、再び。
柚希がそっと口を開く。
「曼荼羅が、集まりはじめてる――この世界を、救うために」
灯夜は、拳を握った。
(……俺も、願いたい。誰かの光になりたい)
その瞬間、彼の足元に――
金色の小さな曼荼羅が、かすかに咲いた。
(……この願いが、彼らに届いたなら。
もし、俺の想いが“始まり”になれるなら――俺は、進める)
* * *
血の月が、ゆっくりと沈んでいく。
そして、静かな夜明けが――訪れようとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この章では、いよいよ五高弟が姿を現し始め、物語は新たな段階に入ります。
“敵を倒す”のではなく“願いで救う”という本作の核が、少しずつ形になっていきます。
次章では、さらに深く――“あの記憶”が灯夜の中に目覚めます。
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