表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/19

第十一章『願いの混沌 ―歌舞伎町、魔境へ―』

SNSで広がる“黄金の光”。


それが導く先にあるのは、かつて「眠らない街」と呼ばれた歌舞伎町――

いまそこは、人々の絶望と暴力が支配する“魔境”と化していた。


灯夜と柚希が向かうその地に、ひとつの願いの曼荼羅が生まれます。

避難所を出てから、もう数十分が経った。

東京の空はどこまでも灰色で、煙と瓦礫と叫び声が混じり合っていた。

歩道のあちこちが崩れ、信号は機能しておらず、車は放棄され、割れたガラスがあらゆる光を吸い込んでいた。


佐倉灯夜は、その混沌の中を柚希と並んで歩いていた。

柚希はスマホを操作しながら、眉をひそめている。

「……バズってるね。さっきの、あの光の写真」

「……あれって……叡智さんの……?」

柚希は頷く。


「“#光ってない?”ってタグで、もう十万リポスト超えてる。

動画も、誰かが避難所で撮ってたっぽい。

瓦礫の中で、少女に手をかざす光――あの黄金の波紋が、静かに広がっていく瞬間が映ってるの」

灯夜は、胸の奥がかすかにざわつくのを感じた。

「でも……あの人って、いったい何者なんだ……? 自衛隊でも、医者でもないよな……」

柚希は少し言葉を探すようにしてから、静かに口を開いた。


「私も、よくは知らない。……今生じゃ、ね」

「え……?」

「ただ……過去世では会ってる。」

「過去世……?」

灯夜は思わず立ち止まる。

柚希は少し照れたように笑って、歩を緩めた。

「……まあ、灯夜くんもそのうち思い出すと思うよ」

「おいおい……その言い方、ずるくないか」

「ふふっ、ごめん。でも、本当なの。魂ってね、“必要な記憶”から先に呼び起こされていくから」

「じゃあ……俺があの人を“知ってる”としたら、それも……」

「うん、偶然じゃない。たぶん、灯夜くんも叡智さんと、“ずっと前から縁があった”んだと思う」


――ずっと前から。

その言葉に、灯夜の胸に何かが触れた気がした。

あのフラッシュバック。赤く焼けた大地。光になって消えた師の姿――

(……あれも、叡智さん……だったんだろうか)

「…………」

「でも、大丈夫。思い出すべきことは、これからちゃんとやってくるよ。私もそうだったから」

そう言って柚希は、灯夜の隣で小さく息を吐いた。

まるで、自分自身に言い聞かせるように。


二人はまた歩き出した。

目指す先は、東京・新宿。かつて“眠らない街”と呼ばれた場所――歌舞伎町。

ふと、駅のモニターに悠のMVが流れた。

荒れ果てた都市の映像に重ねるように、

「あなたがここにいるなら 願いはまだ、生きている」

という字幕が浮かぶ。

灯夜は立ち止まり、ほんの数秒、映像に目を奪われた。


***


柚希の指が空中をなぞると、曼荼羅のような光の糸が再び浮かび上がる。

複数の糸が、鋭く交差し、ひとつの方向を指し示していた。

「……この先。たぶん……深い魔境」

「深い、って……?」

「怒り、裏切り、搾取、絶望……。

“人が壊れかけた場所”には、世界が壊れるより先に、精神の闇が現れるの」

風が強くなり始めた。

遠くのビルの陰、血のような夕暮れに黒い靄が立ち昇るのが見えた。

その瞬間――柚希の瞳が、曼荼羅の光で輝いた。

「行こう。私たちの“願い”が、ここで試される」

(……匠が……この先にいるかもしれない)

灯夜は大きく息を吐いた。

母を守るためにも、今、救える誰かのために――この一歩を踏み出す。


彼の足元に、わずかな光の粒が集まり始めていた。

血の月が沈まぬまま、空を焦がし続けていた。

柚希と灯夜は、崩れかけたビルの陰に身を寄せていた。道の先には、かつて「眠らない街」と呼ばれた歌舞伎町が広がっている。

だが、そこにあったはずの喧騒とネオンはもうない。瓦礫、黒煙、暴徒。そして、光を失った人々。

「……これが、“魔境”」

柚希が言った。

「精神の絶望が、現実を蝕んでいく。世界が崩れるとき、最初に現れるのがここ」

灯夜がふと目を凝らすと、瓦礫の山の隙間に“何か”が立っていた。

人影のようで、霧のよう。

黒い靄がまとわりつき、顔の部分は“穴”のように抜け落ちていた。

「……っ……今の……見えた?」

柚希は小さく頷いた。

「自我が肥大化して限界を迎えた姿よ」

その影は、音もなく霧に溶けて消えた。

灯夜は目を凝らした。破壊された通り。燃え上がる飲食ビル。遠くで銃声が響く。


――ドンッ。

近くのコンビニから、若者が悲鳴をあげて飛び出してくる。  「金だけよこせって言ったじゃねえかああああ!!」

その直後、銃声。少年が腹を押さえて倒れる。

灯夜の足が、自然と前へ出た。

「……待って!行かないで!」  

柚希が腕を掴む。

「助けなきゃ!」  「無理だよ。今は、あなた一人じゃ……!」

けれど、灯夜はその手を振り切った。  

「俺は……願ったんだ……“誰かを救いたい”って……」

その瞬間だった。

爆発。  

近くのビルの一角が吹き飛び、悲鳴と怒声が交錯する。

銃を持ったヤクザ風の男たちが現れる。誰彼構わず金品を奪い、殴り、蹴る。

灯夜はその只中に飛び込んだ。

「やめろ!! それ以上は――!」

拳が飛ぶ。灯夜の頬が裂け、血が飛ぶ。

「何様だてめぇ……」  ヤクザの一人が銃を向けた瞬間、

柚希が叫ぶ。

「やめて!!彼は……彼は今、願ってるの!!」

だが止まらない。

暴徒が灯夜を殴りつけ、蹴りつける。

――ドスッ。  鉄パイプが腹にめり込む。

灯夜の身体が倒れた。  視界がぼやけ、血が喉に込み上げる。


***


歌舞伎町、焦土と化した交差点。

瓦礫の山、崩れた建物の間で、暴徒たちは吠え、笑い、争い、泣いていた。

銃声、悲鳴、無関心なカメラのシャッター音。


「誰も助けてくれないんだろ!」

「金があれば逃げられた!」

「アイツが悪いんだよ、あいつが!」


叫びは、もはや他人を罵るものではなかった。

自分自身の、救われなかった魂への呪詛だった。

灯夜は、柚希の腕を借りながら、膝をついていた。

瓦礫に潰された脚が痛む。だが、それ以上に、胸の中の痛みが深かった。


「……こんな……誰も、誰も止められない……」

柚希がその肩に手を置く。

「勇気と無謀は、違う。今は、別の形で向き合おう」

そのときだった。

「……悠さん、私たちの出番、きっと今です」

静かで落ち着いた、けれど内に祈りを宿すような女性の声。


挿絵(By みてみん)



「……そうだね」


短く答えたのは、あの黒猫――

否。

その姿が、淡い光に包まれ、変化していく。

闇に差し込む月のような白光。

長い銀髪が揺れ、白い衣がひらめく。

どこか儚げで、それでも見る者すべての目を奪うような、美しき青年が、そこにいた。


「……まさか……黒猫が、あのアーティストの悠……?」

灯夜は呆然と声を漏らす。

(……あのMVの人だよな……!?)

TVやニュースで何度も見た、あの“願いのアーティスト”――

その本人が、目の前で灰を集め、光に変えていた。

柚希は口元を手で押さえ、言葉にならない驚きを目に湛えたまま、スマホを取り出す。


《#光ってない? #黒猫の正体 #救済の歌声》

SNSに、すでに何百という写真と動画が上がり始めていた。

焦土の中、光とともに現れた“誰か”の姿を捉えた投稿。

それは、先日話題となった「黄金の救済」の写真に続く、新たな奇跡として世界を駆けめぐっていた。

柚希は小さく呟いた。

「……やっと、五人が揃ったんだね」

そのときだった。

悠が、静かに手を上げた。

手のひらを空へ向けると、空中に漂っていた火山灰が微かに震え始める。


悠がゆっくりと指先をひとさしする。

その動きに応じるように、灰が螺旋を描いて集まりはじめた。



そして――灰は、まるで呼吸するように集まり始めた。

彼の手に向かって、ゆっくりと螺旋を描きながら。

「……この灰は、燃え尽きたものの名残。けれど、そこに“願い”があった証でもある」

悠の手のひらに集まった灰は、やがて淡い光を帯び始め、

白くきらめく粒子となって地に降り注いでいく。

「燃えた痛みを、願いに変えよう。いま、ここから」



ルーミーが一歩前へ進み、両手を合わせた。

「――どうか、ほんの少しだけ。あなたの“心の中心”に、祈りの声が届きますように」

その声は、どこからともなく空間に満ち、音そのものが共鳴していくようだった。



彼女の祈りは曼荼羅の旋律となり、空気を震わせて心に染み入っていく。怒りや憎しみが波のように静まっていった。



暴徒が、少しだけ動きを止めた。

誰かが振り返る。

悠が、静かにマイクを手に取る。

マイクなど、どこにもないはずだった。

(……神様って、こんな風に、現れるんだな……)

ただのライブじゃない。“音そのものが、救済になっていた”――。



だが、曼荼羅の中心で、それは彼の手に“現れた”。

「……これは、かつて誰かに届かなかった願いの歌。

 それでも、今なら届くかもしれない、そんな想いをこめて」

音が、鳴った。

楽器も伴奏もない。

だが、その声は、音楽だった。

澄んだ高音が、空に浮かぶ灰を貫き、焦げた瓦礫を震わせる。



挿絵(By みてみん)


「赦されなかった声よ。

 聞こえなかった願いよ。

 いま、曼荼羅の中で、再び咲け――」


悠の歌声が、人々の耳を貫く。

痛みの奥にある、幼き日々の記憶。

誰かに抱かれた夜、泣きながら名前を呼んだ日。

そのすべてを呼び覚ますように、悠の声が、世界を満たしていく。


「……すごい……」

灯夜が呟いた。

(……別次元だ)

悠の存在感に、胸がざわつく。

歌も、言葉も、姿も“整いすぎて”いて、自分とは別の種族に思えた。

「あんなの見せられたら、自分の“願い”なんて……」

そのとき、隣で柚希が小さく笑った。


「灯夜くんが焦る必要なんてないよ。

願いって、偉い人が持つものじゃない。“持ちたい”って思う人のところに、ちゃんと降りてくるものだから」

男が、拳を落とす。

女が、涙を流す。

子どもが、泣きながら母を探す。

――それは、赦しの始まりだった。

ルーミーが、祈るように手を合わせる。

曼荼羅の陣が、街全体に浮かび上がる。

五色の光が、歌舞伎町の空に咲いた。

世界が、わずかに“救われた”音を、確かに聞いた瞬間だった――。


読んでくださって、本当にありがとうございます。


【8日間連続投稿7日目!】


今回の章では、ついに“願いの光”が広がりはじめました。


悠と慧宗――新たな二人の登場とともに、

「#光ってない?」というひとつのタグが、

絶望の中に咲いた願いの曼荼羅へと変わっていきます。


この章は、“奇跡”のように感じられる歌と祈りが、

現実の暴力と恐怖に届いていく、

救済の可能性の第一歩です。


悠というキャラクターには、音で救うような“霊性”と“人間味”を込めて描いています。

もし万が一、アニメ化なんて夢のような未来があったら……

声は藤井風さんにお願いできたらなあ……なんて、勝手に妄想しています。


あの方の音や言葉は、まさに“願いの曼荼羅”そのもののように思えていて――。


【ぜひお聞かせください】

・悠の登場、どう感じられましたか?

・あなたがこの街にいたら、どんな“願い”を灯したいですか?


コメント、ブクマ、レビュー、Xでの感想(#光ってない?)など、

あなたの“願い”が、作品を繋ぐ曼荼羅になります。



★感想にはすべてお返事します。

Xでの反応/ブクマ/レビューもとても励みになります!


あなたの願いが、この物語の光になります。

#光ってない?


★X(旧Twitter)でも更新・挿絵を発信中!


【アカウント名】『月が照らす救済譚』公式

【ID】@tsukitera_prj


読者参加型の企画も予定していますので、今のうちにフォローお待ちしてます^_^


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ