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7話いいこと(後)

 男の発言に、背筋が凍った。


「クーリッジのガキはこの屋敷にいねえと聞いていたが、いるじゃねえか」


 ただならぬ雰囲気に、アドニスがびくりと身を震わせたのが見えた。


「魔力持ちだろ? 魔力持ちは貴重だから、高く売れるって話だ。あいつを回収しちまえば、問題は解決だな?」

「なっ……!」


 とっさに手を広げるけれど、当然アドニスを隠せるはずもなかった。


「冗談じゃない! この子は」


 そんなことになったら、間違いなく不幸まっしぐらだ。


「未亡人のあんたにガキを育てる余裕なんてねえだろ? それに、借金は借金だ」


 男が一歩踏み出す。ジョシュアはそれを傍観している。……まるで、感情のない人形みたい。


 どうしよう。このままでは、アドニスが連れていかれてしまう。魔力持ちは貴重だから、生きることはできるだろう。でも、心は──。


「……そもそも借金って、いくらよ?」


 肝心なことをまだ確認していない。


「300万ゴールドだ」

「借用書は?」

「もちろん」


 やっとジョシュアが口を開いて、懐から証書を出した。魔法で作られたサインがされていて、偽造の可能性はない。


 ……でも、300万ゴールドなんて大金、私個人が持っているはずもない。


「どうだい、お嬢さん。人から借りた金は、返さねえといけねえよ」


 本人さえ生きてりゃいくらでも返せるあてがあったのにな、と男たちは笑った。……多分、真面目に働くとか、そういう意味ではないような気もするけれど。


「わかっているわ……」

「それともあのガキの代わりに、何か金になるものがあるってのか?」


 アドニスを渡せない。彼を不幸にしてしまったら、私はそれこそ一生不幸を呼ぶ女として生きていくことになる。


 ……そんなのは、嫌だ。


「……あるわよ」


 耳につけていたイヤリングに手を伸ばすと、ジョシュアが少し目を開いた。


「金よ」


 父が、これだけはと私の私物として持たせてくれたものだ。もちろん足りるはずもないのは分かっている。


 指輪とブレスレット。貴族令嬢の──ウェルフォード家の令嬢の証として身につけていた宝石たち。


 私が差し出した宝石類を、ジョシュアは無感動に受け取って、ルーペを手に慣れた手つきで検品を始めた。


「確かに、貴金属としての価値は認めます。……が、足りませんよ」


 当たり前の言葉が返ってきた。


 あとは何があっただろうか。絹のリボン、換えの服……分割払い……って、ここに越してきたばかりだから仕事もないし……。


「これも渡すわ」


 首にかかっていた、ルビーのネックレスを外してジョシュアに手渡す。


「これは二十年程前に流行った意匠だ。あなたの母の嫁入り道具では」


 母の形見のネックレスを、ジョシュアは受け取ってから私の目の前でぶらぶらさせた。


 ……その頃は生まれてもいないはずなのに、若くして目利きは確かみたいだ。


「嫁入り道具だもの、使わなければ意味がないわ」


 母の思い出はもちろんある。けれど背に腹は代えられない。


「クズの息子のために、なぜそこまで?」

「だって、私はあの子のお母さんになるのだもの」

「他人でしょう?」


 彼は私の行動に、心底驚いているみたいだった。


「女心って、複雑なの」

「……ま、いいでしょう」


「ジョシュア坊ちゃん、そりゃオマケしすぎってもんですよ」

「そうっすよ、練習にもなりゃしねえ」

「あのガキなら300万より高く売れますぜ」

「この屋敷の権利を借り上げて、賭博場か大人の社交場に改装しちまいましょう」

「この女が気に入ったなら、こいつを連れてって愛人にしましょうや」


 男たちは交互に好き勝手なことを口にする。


 ……それ、本人が居る前で言う?



「用事がないなら、さっさと帰ってくれないかしら。アドニスが怖がっているのよ」


「ふん。あんたに免じて、オマケしといてやるよ。働きたくなったら、うちで雇ってやるよ」


 どうやら坊ちゃんはあんたを気に入ったみたいだから、と男たちは言う。


「私に関わったら、そちらのお坊ちゃんが不幸になるわよ」


 私の忠告を、三人は鼻で笑った。


「なるほど、確かにあなたの周りには不幸が蔓延しているようだ。では、せいぜい『お母さん』を頑張ってください」


 ジョシュアは名刺をぺいっと私に投げつけて、去ってしまった。


「……は~っ……」


 足音が遠ざかっていくと、全身から力が一気に抜けていく。


 怖かった。かなり怖かった。めちゃくちゃ怖かった。しかも、これで完全に文無しになってしまって……

 

 これから、どうしよう……。


「マリーア、さん……僕のせいで……ごめんなさい」


 アドニスがようやく、柱の陰から出てきた。


「いいえ、いいのよ。物はいつかなくなるものだから」


 人間関係もわりとすぐになくなるものだけれどね。とはわざわざ口にしなくてもいいだろう。


 それにしても、やっぱり不幸の連鎖は止まらない。私が身を持ち崩すのと、アドニスが人身売買の犠牲になってしまうのはセットかもしれない。


 この不幸を食い止めるには先手を打つしかない。すなわち、私が駄目になってもアドニスをしっかり養育してくれる人とコネクションを持っておく。


 ──この世界が、私がかつて知っていた世界なら。私には、一人だけアドニスを助けてくれそうな人に心当たりがあるのだ。

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