6話いいこと(前)
「……誰かしら?」
誰かがこの屋敷の扉を叩いている。怯えたようにクッションを頭から被ったアドニスを見ると、とてもじゃないけれど頼りになる素敵な魔法使いがやってきたかもしれない、なんて希望は持てない。
「この数日、家に来る人は結構いるの?」
尋ねてみると、アドニスはぷるぷると首を振る。
この屋敷にはもう誰もいないはずだ。この荒れた様子から見るに、残されたアドニスを心配して訪ねてくる人もいないだろう。
──強いて言うなら、私に用事がある誰かの可能性もあるわよね。
階段を駆け下りて、扉の向こうに声をかける。
「どちら様ですか?」
返事はない。ただ、さらに激しく扉が叩かれた。
「開けろ! クーリッジの女!」
この声。ろくなものじゃないだろう。
ただならぬ雰囲気を感じながら、私は恐る恐る扉を開けた。どのみち、開けないと扉が破壊されてしまいそうだし。
「何の御用でしょうか……」
──あれっ。
扉を開けてみて、驚いた。私の真正面に立っているのは借金取りと言うには妙に線が細い、まだ少年と言ってもよい年齢の子。私より、少なくとも二つ三つは年下だろう。
その少年を挟むように、強面の男性が二人。怒号と騒音の発生源はどちらかというとこっちの人達が出していたように見える。
──どこかで見たような……。
ゲームの攻略キャラだったかしら。と目を細めてみるけれど、まだ記憶の中に目の前の少年の記憶はない。
大柄な男が一歩前に出ると、私を見下ろしながらニヤリと口角を上げた。少年は無表情で中心に突っ立ったままだ。アドニスの友達……なわけはないわよね。
「よう、お嬢さん。ご愁傷様だな。あんた、今や立派な未亡人ってわけだ」
「……どちら様でしょうか?」
質問に答えてもらえなかったのだから、こちらとしては同じ質問を繰り返すしかない。できるだけ平静を装って尋ねると、男は鼻で私を笑い、代わりに少年が口を開いた。
「我々はグレゴリー・クーリッジに金を貸していた」
「借金……」
グレゴリーが借金をしていたというのは十分にあり得る話だった。
もともと彼については見栄っ張りで、自分を大きく見せるために湯水のように金を使う男だと聞いていた。借金がない方が不思議なくらいだ。使用人たちは給金が不払いになるくらいならと、家財道具を持ち出したのだろう。
「あんたの死んだ旦那、見栄っ張りで金遣いの荒い男だったろ? おかげで借金まみれだったんだよ」
「でも、この屋敷に金目の物は何もないわよ」
この国の法律では、借金にかかわらず居住のための住居は配偶者と子に相続されるのだ。だから、借金取りにもこの屋敷を奪うことはできないから、私はそれを頼ってここまでやってきたのだ。
……私が自分の意志でこの屋敷を売却するとなると、その限りではないけれど。住む家を取り上げられては死活問題だし、なによりアドニスの財産でもある。
私の言葉に、自称借金取りの三人は肩をすくめた。
「だがまあ、あんたがやってきた情報が入ったんでな。何か、いいことがあるかもしれねえだろ?」
右側の男がこちらを試すように笑う。……一方の私はと言えば、私を目の前にして「いいことがあるかも」なんて口にする人を見たのなんてほとんど初めてと表現しても差し支えないぐらいで、変に引きつった笑いが出てしまう。
どうする? お金はない。価値のあるものもない。
「……おっ」
借金取りは私の背後になにか金目の物を見つけたようだ。
私は反射的に振り返った先には、廊下の影からこちらを覗くアドニスの姿があった。彼の赤い瞳が、不安そうに揺れているのが遠目からでも分かる。
「おやおや、これはこれは。……いいモンがいるじゃねえか」
男たちの表情が、下卑た笑みに変わった。