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3空っぽの屋敷

「や、やっと着いた……」


 私が魔法都市メディアランスに到着するまで、通常一日のところ丸三日もかかってしまった。途中で列車が止まり、駅は切符を取り直す人で溢れた。


 その間に「当主グレゴリー・クーリッジ旅客死」の報は屋敷に届いただろう。そして、新妻であり未亡人である私がやってくることも。


 グレゴリーには両親はすでに無く、きょうだいもいない。前妻との間に息子が一人いるけれど、彼は前妻に養育されていると聞いている。


 つまり、女主人として私が屋敷を取り仕切ることになるのだけれど。


 はたしてぽっと出の、しかも夫殺害容疑までかけられた私を受け入れてくれるのかどうか。法律で「配偶者には居住の為の屋敷だけは必ず相続される」とは言ってもね。


「いけないいけない、気を確かに持たないと……」


 何しろ立派な家が残されているだけ、前世の2DKのアパートに五人暮らしよりはマシというものだ。


「ごめんください……」


 示された住所には、確かにクーリッジ伯爵邸があった。けれど屋敷はしんと静まり返っていて、人の気配がない。


 門は固く閉まっているけれど、施錠はされていなかった。窓には雨戸がしっかりとはまっていて、中の様子がうかがい知れない。


 郵便受けには新聞があふれていて、玄関に通じる石畳の隙間には雑草が生えていた。


 ベルを鳴らしても、反応はなかった。この大きさの屋敷だ、使用人が全て出払っていることはないだろう。


「どういうこと?」


 屋敷全体が妙な雰囲気に包まれている。扉を押してみる。──鍵は、かかっていなかった。


「──っ!」


 中を覗き込んで、息をのんだ。屋敷の中は一見綺麗だけれど、玄関ホールは薄暗く、どこかほこりっぽい。天井にあっただろうシャンデリアは取り外され、絵画がかかっていたらしい壁は壁紙の色が違う。床には枯れた花が打ち捨てられている。きっと、近くには花瓶があったのだろう。


 人がいない。ついでに、物がない。


 それならば逆に、私が侵入しても問題はないだろうと、一階を探検してみることにした。

 家具どころか、絨毯やカーテンまで剥ぎ取られているようだ。


 おそらくグレゴリーの訃報が伝わった後、屋敷の使用人たちは主人を失ったこの家を捨てて、財産を持ち去ったのだろう。


 私の元夫はそれほどまでに人望がなかったのだ、彼の死を悼んで、屋敷を守ろうとする人がいないほどに。


「……まあ、いびられないだけ、マシとする?」


 実家に戻れない以上、ここに住むしかない。家事は出来るし、庭には井戸もあるし、何より家のつくりはちゃんとしている。庭には井戸もあるし、畑を作って……それに、ここなら誰のことも不幸にせず、静かに暮らせるはず。


「とにかく、まずは掃除をしよう」


 何もないけれど、ここが今の私の居場所。少なくとも、誰かに追い出される心配は……きっと、ない。


「……あら」


 調理場に入ってみると、作業台の上に乾いたパンとチーズ、空のマグカップがあった。パンは乾いて固くなっていたけれど、チーズには歯型が残っていた。マグの底には水が少し残っているけれど、ほこりが積もった様子はない。


 ……まるで、誰かがここでさっきまで昼食を取っていたように見える。


 鍵は開いていたから、屋敷に関係のない誰かが出入りしていても、まったくおかしくはない。


 ──雨風がしのげるからといって、安心してられないかも。少なくとも、見回りを終えたら施錠しなくては。今日からここが私の家なのだし……。


 鳥肌がたった腕をさすっていると、二階から、パタパタと小さな足音が聞こえた。


「あのー! 誰かいるのかしら!?」


 張り上げた声だけが、空っぽの屋敷に響く。


 階段を上がり、二階の廊下に足を踏み入れたとき、視線を感じた。「人」の気配だ。 


 まだ誰かが働いている? それとも何か残っていないかと、残りの家財道具を漁りにきたのだろうか。


 それにしたって、返事ぐらいしてくれてたっていいのに。それか、私がやってきたことに気が付いたならこっそり出ていくとか……。


「私はこの家の新しい住人よ。あなたが誰でもかまわないから、とりあえず状況を教えて欲しいの」


 なんとか謎の存在に接触を試みようと思うけれど、返事はない。


 足を止め、息をひそめると、風の音ひとつしない静寂の中、かすかな物音が聞こえた。一番奥の扉の向こうで、何かが動いたのだ。


 おそるおそる廊下を進んで、ドアノブに手をかけた。……ドアノブは、人が触れたような暖かさがあった。

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