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プロローグ・死が二人を分かつまで

 

 白い砂浜とエメラルドグリーンの海を背景にしたチャペルで、私は一人、結婚式に臨んでいる。


 純白の花嫁衣装とヴェールを身に着けた私はとても幸せそうな花嫁に見えるだろう、傍目からは。


 けれど故郷の街からはやや離れた避暑地で行われている式に参列者の姿はない。


「マリーア・ウェルフォードよ、汝、グレゴリー・クーリッジを夫とし、死が二人を分かつまで共に生きることを誓うか?」


 ちらりと顔をあげると、私の夫となるグレゴリー・クーリッジがこちらを見下ろしていた。ウェーブがかった金髪、ややたれ目の青い瞳。昔は比較的ハンサムと言えただろうけれど、長年の不摂生のせいか三十三という年齢よりはくたびれて見える。


 グレゴリーは十七の私より十六歳も年上だ。もし私が普通の令嬢だったなら、年上で離婚歴があり、かつ子持ちの男性との縁談を親が取り付けてはこないだろう。


 ──けれど、私の方にもそれなりの瑕疵がある。


 なにしろ私は「不幸を呼ぶ女」なのだ。


 最初の不幸は、産後の肥立ちが悪かった母を三歳の時に喪った時から始まった。


 旅行に行けば嵐が起き、咳をすればたちの悪い風邪が周囲に蔓延して、社交界にデビューすれば買ったばかりの新しいヒールは折れてダンスには参加できない。学校の卒業パーティーに出席しようとすればホールの天井から雨漏り。


 細かい不幸を列挙すれば枚挙にいとまがない。


 大きい二つ目の不幸は、私がいることによって家相が悪くなると、兄の結婚が破談になったこと。

 三つ目の不幸は、それにより援助が受けられず、家の事業が傾いたこと。

 四つ目の不幸は、やっと見つけた婚約者が若くして亡くなったこと。


 私の婚約者が死んだことで、とうとう社交界全体に私が「不幸を呼ぶ女」だと噂が広まってしまった。


 そうなってしまうと私という不幸の元凶であり、家の評判を下げるような人物がそばにいるのは耐えられないと、私は家族から離れ、異国へ──このグレゴリー・クーリッジ伯爵に売り飛ばされるようにして嫁ぐことになった。


「誓います」


 神父ががにこやかに頷き、次にグレゴリーを見やる。


「グレゴリー・クーリッジよ、汝、マリーア・ウェルフォードを妻とすることを誓うか?」

「誓う」


 彼の顔を見なくても、声でニヤついているのが分かる。


「それでは、書類にサインを」


「きゃっ……!」


 結婚証明書にサインするためにペンを取ろうとすると、グレゴリーが乱暴に私の手を引いた。


「先に誓いのキスだろう?」


 その言葉に……そわっと寒気がして、鳥肌が立つ。


 ……異世界に転生してきて、貴族令嬢として生まれて、これで私も普通の……愛にあふれた穏やかな生活ができると期待したのに、散々不幸を呼ぶ女だと言われて、やっと見つけた結婚相手は若い女の体にしか興味がないのだ。


 私の人生は、今までもこれからも、何も願いは叶わないのかもしれない。


「当教会の式の進行には誓いの口づけは含まれておりません。書類にサインを。それをもってこの結婚は成立となります」


 神父のそっけない言葉にグレゴリーは小さく舌打ちをしてから、しぶしぶサインをした。


「まあ、いい。お楽しみは夜に取っておくか」


 ……私が本当に「不幸を呼ぶ女」なのだとしたら、次に不幸が降りかかるのはこのグレゴリーであってほしいと思ってしまうのは、罪だろうか?


 そのまま、夜を迎えてしまった。


 つまり新婚初夜だ。


 私はチャペルにほど近い、海辺のホテルの一等客室に居た。


 広々とした天蓋付きのベッド。勢を凝らした装飾品。新婚夫婦のために用意された一室だと思えば、大事にされていると感じるかもしれない。


 けれど、グレゴリー・クーリッジという男は好色で、見栄っ張りなのだと、この短い付き合いでも十分に分かっている。


 グレゴリーは横柄にベッドに腰掛けて、乱暴にネクタイを緩めてからテーブルの上の小瓶に手を伸ばし、一気に飲み干した。


 それがなんなのか、私は知っていた。「今夜はこれを使ってたっぷり楽しむ」のだと、グレゴリーは私の反応をからかうように花嫁姿の私に言ってきたから。


 グレゴリーは女遊びが激しいことで有名だ。そして、どうやら彼は若い花嫁が来たことをとても楽しみにしているらしかった。


 ……貴族令嬢として生まれたからには、政略結婚は避けられない運命だった。手に職もなく、評判の悪い私の「外見」だけをグレゴリーは気に入ったらしく、気前よく結納金を支払ってくれたのだ。


 実質身売りのようなもの。それでも、何とかして逃げられないだろうかと思ってしまう。だって、さっきから鳥肌が止まらないのだもの……。


「そんなところにいないで、こっちに来いよ」

「……っ」


 グレゴリーは立ち上がって私に手を伸ばそうとした。思わず後ずさる。彼はにやにやとしながら私に手を伸ばして──。


「……ぐっ!」


 けれど突然、グレゴリーが胸を押さえた。そのまま様子を窺っていると、顔色がみるみる青ざめていく。


「グ……グレゴリー?」

「ふ、不……って……」


 彼は何かを言おうと口をぱくぱくとさせながら私を睨みつけたけれど、そのまま言葉を発することはなかった。


 どさり。


 大きな音とともにグレゴリーの体は床に崩れ落ち、痙攣して、そのまま動かなくなった。


 ……何が起こったのだろうか?


「あのー……もしもし?」


 間抜けな声かけとともに、駆け寄って肩を揺さぶる。けれど、私の夫は目を開かなかった。


「また、人を不幸にしてしまった……」


 私が逃げたいと願ってしまったから? いいえ、そうではない。自分でコントロールできるなら、こんなことにはなっていない。


 ……せめて新妻との夜を期待して過ごす分、彼が私によってもたらされた不幸を感じる暇もないといいのだけれど。


 ……いいえ、彼は最後にきっとこう言おうとしたのだ。お前は「不幸を呼ぶ女だ」と。グレゴリーの感想は正しい。だって、こうして彼は倒れてしまったのだから。


 こうして私、「不幸を呼ぶ女」ことマリーア・ウェルフォード改めてマリーア・クーリッジの夫は、結婚初日に死んだのだった。

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