フィラデルフィアの夜に 小部屋の中
フィラデルフィアの夜に、言葉があります。
夜の消える事のない喧騒の中、泣き声がいつも気づかれる事のなく空気を揺らしています。
その明らかに異様に激しい声は、外の誰かが気づく前に途切れ、外にはもれなくなっていくのが日常になっています。
今日も、その泣き声は不自然に途切れ、誰からも無視されていくのでした。
暗い、小部屋に押し込まれて。
泣き声はその立ち上がることも出来ないほど小さく、狭いその小部屋の中で反響します。
延々と大きく反響し続けた後、その小部屋は静かになります。
体を折り曲げて屈んで入れられる、その小部屋には何もなく、光さえも存在しません。
手探りしても、いつも、何も。
何かある。
手に、触れられる。
さっきまで何もなかったその場所に。
冷たく、艶やかな手触りで。
指でなぞっていく。
文字。
それが連なって続いていく。しばらくそれが連なっている。
ひとつの意味を作り上げている。
針金がいつの間にか、床に食い込んで文字を作り上げている。
「自らを整える事で最上の主を得る」
知らない言葉がそこにはある。
真っ暗な小部屋に、一筋の光が差し込んでくる。
不意に壁が少し破られ、その文字の場所を照らし始める。
やはりそうだ。
いつ誰が作り出したかわからない、指でなぞった通りの文字がそこにはある。
床に食い込むほど強烈にそこにしがみついて。
その文字が動き出す。
また別な言葉を伝えようと。
「勤め励むのを楽しめ。心を守れ。自己を難所から救い出せ」
誰も伝えない、言葉が地面を這う針金によって伝えられてます。
床の上を黒板の様に。行く事の出来ない学校の黒板の様に。
言葉が続く。
「他人がどうして主であろうか」
言葉が続く。
「賢者は自らを整えて、全ての苦しみから逃れる」
言葉が続きます。
今まで誰も言う事のない、知らない言葉が体に染み込んでいきます。
途切れることなく、針金が言葉を紡ぎ続けていきます。
大きく光が来ました。
荒々しい言葉と共に、その小部屋から引きずり出され、外へ追い出されます。
後ろを振り返りあの小部屋を見ると、あの言葉はいなくなっていました。
空気を揺らす程の泣き声は、また外に気付かれる前にあの小部屋に押し込められます。
でももうそこには一筋の光があり、言葉があります。
「目の前のナイフではなく、自らの呼吸を見なさい」
とまたしても知らない言葉があります。
「自分の内を見よ。内にこそ善の泉があり、それは絶えず湧き出るだろう」
言葉が針金を通して、伝えてきます。
「背筋を伸ばし、鼻から息を吸い、口から吐きなさい.そうして心を整えます」
誰も教えてくれない良い物をここでは教えてくれます。
昨日も今日も明日も、暴力的に押し込められていきます。
たとえそうでも。
暗い、一筋の光だけがあるこの小部屋は学び舎となったのでした。