④
ようやく目がまばゆさから解放されたと思ったら、わたしはぽかんとその場に立ちすくんだ。
そこは、安アパートの一室とは明らかに様相が異なる空間だった。
五十メートルほど先で、圧倒的な存在感と放つ建物がある。
白い壁に、ラピスラズリ色の屋根。
スマホの画面で、見たことのある屋敷——。
少し行った先に噴水があり、庭の中心のそれを囲うように広大な薔薇園が広がっている。
「こ、これって……」
アプリ『癒執事』の世界の舞台。
ヒーリング・パレス……?
衝撃のあまりがくりと白いヒールがよろめいて、あわてて体制を立て直そうと手を振りだした先で、
「いたっ」
指先に刺激を感じる。
人差し指から血が噴き出ている。
すぐそばで咲いていた、紫のバラの棘に刺さったみたいだ。
「! だいじょうぶですか、主様」
「っ」
聞き覚えのある声に、動揺してしまった。
「これは大変失礼いたしました」
それは、通常装備の黒い燕尾服とも異なる。
金のひし形の装飾が並んだ、純白のタキシード。
バニラ色のリボンと、スノーローズのコサージュ。
なんだか執事というよりどこかの国の王子みたいでどぎまぎしてしまうじゃないか……。
こういう華やかな装いも、さすがというか、似合い過ぎている。
とか脳内で独り言をかましていたら、指にあたたかな感触がして、
「ひゃっ」
思わず身体をのけぞらせてしまう。
ハーヴェイが、指を……舐めた?
「すみません。……思わず吸い付きたくなるほど。その」
何度かためらったあと、白い手袋に包まれた手を口元に宛てて、言う。
「綺麗、です……」
「……っ」
とっさにうつむいてしまった。
やばい。
正しい返しがまるでわからない。
今日は光沢のある真紅のワンピースドレス。
髪も巻いている。
ベリー系のアイメイクに、普段は使わないハイライトをたっぷり。
チークもはたいて、ダークローズのリップを塗っている。
すべて、梅ちゃん監修である。
深い赤、か。
メイクの指導を受けながら、本来、自分はこういう色が好きだったと思い出した。
無意識に、似合わないからといつのころからか避けていたんだが。
「まるで闇夜に咲く薔薇のようです。主様……」
そんなふうに恍惚と見つめられると、余計にどう返したらいいかわからなくなる。
「このお屋敷に一度、主様をご招待したかったのです」
「いや、それにしてもなんか、すごいね……」
庭に人気はないが、お屋敷の中には明かりが灯っているようだし、パーティーでもやってるんだろうか。
「ええ。月末に開催される、舞踏会です」
ほお。
「まずは、会場にご案内しますね」
そう言ってさりげなく腕をとられ、エスコートされる。
ああ、やばい。
今日は一言すら、気の利いたことが言える自信がない……。




