②
数日後、認定こども園のアルバイトから帰った夜。
「ただい、まー……」
アパートの扉を開けたわたしは思わず、靴を脱ぐ前に足を止めてしまった。
数メートル先に、ちょっと目立つ置物がある。
梅ちゃんに会った日にもらった、かわいいオブジェだ。
ボイスと花鳥園デートしたときのお土産らしい。
ピンクの鳥かごのなか、シマエナガのゆるキャラぬいぐるみがねむそうな顔をしてたたずんでいる。
机の前の窓枠に飾ったそれを、ハーヴェイがじっと見つめていた。
椅子に腰かけて、物憂げな眼差しで。
どこか顔色が悪くて、思いつめた様子で。
なんだか声をかけてはいけない雰囲気だ。
が、心配が勝った。
「あのー、ハーヴェイ」
夢から醒めたようにはっとして、ハーヴェイが椅子から立ち上がる。
「主様。すみません。こんなに近くに来られるまで気がつかないなんて」
「あのさ。やっぱり、疲れてる?」
「いえ。そんなことは……。……」
自分自身を戒めるような鋭い息が放たれる。
「どうもいけません。主様の前だと、ほっとしてしまって。嘘がつけないんです……」
はぁ、やれやれ。
わたしは黙って、つかつかと壁際にかけてあるポンチョを乱暴にハンガーから剥ぎ取り、
ぼすっと、ハーヴェイの肩にかぶせた。
「なんで、嘘なんてつくのさ」
「え?」
いつだって彼は、百パーセント懸命で誠実だ。
周りの誰かに対しては。
「あたしはいつだって、ハーヴェイに助けられてるんだから。ハーヴェイにも、苦しいときは頼ってほしいよ……」
「……」
そっと、ポンチョのずれを直し、ハーヴェイは言う。
「主様は優しすぎるんです」
「いいえ。あなたが自分に厳しすぎです」
「これは。一本とられましたね」
苦笑する彼に、にっと笑いかける。
「そうだ」
言い出すなら、今かもしれない。
「近々、気分転換にどこか出かけない?」
「えっ」
片手でポンチョをおさえ、彼はわたしに向きなおる。
「驚きました。実は俺も、主様をお誘いしようと思っていたんです」
「んえ。そうなの?」
「ただ……少し、ドレスコードがある場なので、あまり、窮屈な想いをさせてもと、躊躇していたのですが」
「……」
なんだこの都合よすぎる展開。
のっかるしかない。
「うん。そこがいい。連れてって!」
「あ、主様……。ほんとうですか?」
ぼすっと、ポンチョごと、後ろから彼を抱き留める。
「ハーヴェイとなら、どこだって、いい」
回した手でそっと、彼の腕を掴む。
「主様……」
ようやく一息ついてくれたような声音に、ほっとしていた。
それからわたしは、メッセージアプリを通じた梅ちゃん指導による美しい人への道を順調に一日、また一日と歩んでいった。
楽しい数日間だった。
けれど、あたしはまだ知らなかった。
――連れていかれるその場所が、まさか異世界だなんて。




