第11章 執事VS執事①
「うまい……!」
六月初日のその日、アパートにはオランジェットを嬉しそうに食べてくれるハーヴェイの姿があった。
「主様はお菓子作りも上手ですね。歌もお上手で、物語も紡げて……きっと、天才なのでしょうね……」
はは、大げさな褒め方は通常運転だ。
「今の、メイナードといい勝負だよ」
『う~む、華やかで馥郁たる柑橘の香り。そしてすっきりしたこののど越し! ほの様、わたくしは感銘を受けました! このようなものを生み出せるほの様の手はまさに神の御手……うやうやしくとることもはばかられるほどでございます!』
だけど。
傍らのクルールポットには、量が半分に減ったしぼりたて生オレンジジュースがある。
ほんとうにおいしく飲めてるといいけど……。
表情で考えを察したのか、ハーヴェイが囁く。
「メイナードなら、心配ないですよ。主様。さっそく、屋敷の執事たちにも、同じレシピのものを振舞っていましたから」
「え。ほんと?」
「よほど気にいったのでしょうね」
くすりと笑みをこぼす、その音が嘘ではないと語っているようで。
「よかった……!」
「彼の食生活のことは、一緒に暮らしていて俺もずっと気になっていて……。もしかしたらこれが、食を広げる第一歩になるかもしれません」
そして陽だまりのような光を湛えた目でこちらを見てくる。
「主様はやはり天才です。メイナードのことを気にかけてくださって、ほんとうにありがとうございます……」
「いや。なんていうか」
ジュース絞っただけでそんなに感謝されても逆に恐縮してしまうが。
頬をかいていると、ハーヴェイの視線が斜め横にずれていく。
「でも、なんでしょう。俺としては……メイナードを心配する主様を見ると。少しだけ、複雑な気持ちになります。モヤモヤするというか……」
「ん……?」
ほほ~、またやきもちか。
かわいいやつめ。
「あの。彼は……主様の好みなのでしょうか」
「へ? メイナードと? ないない!」
いやたしかにこの間はかっこよかったが。普段隠してるけど実は強いとかたまらんが。
「ついでに頭もよくて、一緒にいて楽しくて、梅ちゃんのことも協力してくれる最高の執事だけど……そういうんではないから」
てか、メイナードにあんたとのことを相談していたくらいなんだよあたしゃ。
「食べ物のことは……大事な執事を気にかけるのは当然でしょ!」
力説すると、低い声とともに、みょうに色気のある吐息が上から降ってくる。
「やはり、主様は優しすぎます」
紺色の瞳が切なげに細くなる。
「ご家族のことも。きっとまた俺の静止を振り切って、向かって行ってしまう……」
「……」
そこを突かれると、どうにも、反論がしがたいけど……。
「最近、ふとしたときに不安に駆られるんです。いつか主様が、目の前から消えてしまうのではないかと」
「ハーヴェイ」
「すみません。こんなことを言ったら主様を不安にさせてしまいますね」
ハーヴェイはそう言って、オランジェットのかけらの乗ったケーキ皿を片付けにかかった。




