表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/69

 実家の階段を上がり、父の部屋に入ると状態は案の定だった。

 まだ夕暮れ時だというのに、そこここに酒瓶が転がっている。

 あぐらをかいて飲んでいた父が振り返ると、表情が狂気に歪むのがわかった。

「ようやく来やがったか」

 立ち上がり、すたすたと歩み寄られ、胸倉をつかまれる。

「どうしてくれる。お前のせいでとんだ目にあった」



 ぎらぎらと光るその目を見返す。

 予測の範囲内だった。

 職場におしかけて、自ら暴行事件を起こしたことを父がこんなふうに表現するのも。

「そもそもお前が連絡に応じないから悪いんだろ。親からの電話を無視するやつがあるか」

 この理屈も何度も使い古されたものだ。

「これまで育ててやった恩も忘れて、ほうっておくなんて。恥知らずめ」

 すぐ近くですごまれているのに、どこか遠くで罵声が鳴っているようだ。



「今日は一つだけ言いに来たの」



 あくまで無感動に。

 自動的にそう自分に暗示がかかっているように、言葉が口から出る。

「ハーヴェイに復讐なんて、考えないでね。もしなにかしたら。あたしは一生あなたを許さない」

「ふん。ほざきやがれ。娘の教育を邪魔するような奴を消してなにが悪いってんだ」



 つかんだ胸倉ごと投げ飛ばされ――その身体を、後ろにいた誰かに抱き留められる。



「やれやれ、どうにか交渉をと思ってきましたが、もはやそれは通じずといったところでしょうか」



「……!」

 かすかに視界の端に、赤いメッシュが揺れる。

「誰だっ。人ん家に勝手に……!」

「自分の行為の醜さは棚にあげて、暴力や横暴から避難しただけの主様を、そこまで罵れるなんて。実にあっぱれな自己愛ぶりでございますね」



 メイナード……!

 大事な執事の一人を確認したとたん、冷静だった頭が急に焦りを帯びてくる。

 まずい。そんなふうに挑発したら……。

「もうあなたは自分を正当化した、自分だけの世界で生きている。哀れですが、二度と戻っては来られないのでしょう」

「てめえ!」

 躍りかかってくる父から庇おうととっさに前に出た身体が、有無を言わせぬ力強い腕によって庇われる。

「おや。戦闘開始ですか。やれやれ、わたくしは野蛮なことは嫌いなのですが」

「メイナード、逃げて……!」

 まずい。

 頑健な父と、しなやかな体躯の彼では、力の差は歴然としている。

 必死に逃げてと繰り返すが、メイナードは微笑むだけだ。



「だいじょうぶですよ、ほの様」



 彼は振り上げられた父の腕をうけとめた。

 そのまま捩じ上げる。



「……え?」



「うっ。くっ、なんだ……!」

 父の腕がメイナードの思うがまま、あり得ない角度にしなっている。



「どうです、本当にやるのですか? こういう時間の無意味な浪費は趣味ではないのですが。美しくありませんからね……!」



 なんか、ぼきっと音がしたような……。

 そのときだった。



「それには及ばない、メイナード」



 低いその声を聴いて、頭が一度停止するのがわかった。

 息を切らした様子で、紺色の瞳をいつになく険しくすがめた、彼が立っている。



「フフフ、ようやくいらっしゃいましたか。ハーヴェイさん」

「ここは俺が引き受ける。主様を安全な場所へ」

「承りました。では、あとはお任せしましたよ」



「ハーヴェイ……!」


 父の拳を受け止めたハーヴェイが一度だけこちらを見た。

 その瞳を見て、理屈ではない安心感に包まれながらわたしは、メイナードに連れられていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ