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第1章 執事と主様の生活①

「主様。おはようございます。今日も主様は素敵ですね」

 翌朝。

 アプリに設定した執事の声で目覚める。はずだった。

 が。

 眠い目をこすり開けると、顔の前にイケメン顔があって、こちらを見つめているものだから。

 きゃっと愛らしく声を出して、毛布で顔を隠す。

 という満点のリアクションは残念ながらできず。

 ぎゃふっと叫んで布団ごと雪崩を起こした。



「大丈夫ですか、主様! お怪我は⁉」

「……夢、じゃなかった……?」

 この身体がどこも傷ついていないことを確認すると、イケメン――推し執事のハーヴェイは、マグカップの乗ったトレイを差し出した。

「朝食前にココアをお持ちしました。身体が温まりますよ」

「あ、はい……。どうも」

「朝食に、マフィンも用意したのですが……」



 数秒後、ベッドに座り直した自分がパジャマですっぴん、しかも頭も爆発していることに気付いて、さすがに慌てる。

「すみません、あの、すぐ着替えますんで」

 もごもごと言って、クローゼットに向かうが、後ろから美しい苦笑が追ってくる。

「どうしたんですか、主様。俺は主様の執事です。俺の前でかしこまることはないんですよ。どうか敬語も使わずに、お話ください」

 そう言われても、身なりだけはどうにかせねばなるまいと、洗面所で着替えて、髪も一応整えると、ハーヴェイが小さなプレートを手に待っていた。

「こちら、よろしければ、どうぞ」

 チョコチップの乗ったマフィンが載っている。

 すごい。ありあわせの材料で作ったのだろうか。

「あ、ありがとう……」

 はむ、と、頬張ってみる。

「ん?」

 口の中で違和感。

「うほっ、ごっほっ」

 せき込みながら涙目になる。

 中から粉が出て来た……。

「申し訳ありません、主様! お水を」

 と、グラスを差し出したあと、ハーヴェイははぁ、とため息をついた。

「……今回こそはうまくいったと思ったのですが」

「……」



 ごくごくと水を飲みながら思い出す。

 この失敗の仕方。

 アプリ内のストーリーモードで出てくるやつといっしょだ。

「ほんとうにすみません、主様の大事な食材を無駄にするなんて……」

 公式設定より、ハーヴェイの料理の実力は壊滅的である。

 執事なんだからそりゃないだろというつっこみももっともだが、なんせ『癒執事』は24人も執事が登場するのだ。

 ザ・執事という執事らしい紳士な執事から、お前ほんとに執事やってんのかよ? とつっこみたくなるコワモテ系まで登場する。

 制作側としても細かい設定で差別化を図る必要があるのだろう。

 そんな中ハーヴェイはまだ正統派よりなほうだ。



「気にしないで。ハーヴェイのせいじゃない。ぶっとんだ設定これでもかとぶっこんでくる運営さんが悪い……」

「運営さん……? それは、どのような方なのでしょう?」

「うーんと」

 正式にはアプリ『癒執事』運営事務局。

「この世界でハーヴェイたちの世界を紹介してくれるところ、みたいな?」

 苦し紛れに説明すると、ハーヴェイはなるほどな……と独り言ちて顎に長い指をあてる。

「仲介所のような場所があるのですね」

 まぁいいやそんな理解で。

 とりあえず、目の前の人がアプリ内の執事ということは理解した。

 この話題になったついでに訊いておこう。

「ハーヴェイは、違う世界の人でしょ? なんでここにいるの?」



「それは正直、俺にもよくわからないのですが」

 切れ長の目を閉じ、思考する仕草をすると、ハーヴェイは目を開いた。

「主様がいらっしゃらないとき、ずっと、思っていたんです。主様の世界に行けたらと」

 スマホの画面の中からと変わらず、優しい瞳で見つめてくるけどな……。

 あくまでそれはアプリ内での会話パターンであって。

「昨日の夜は遅くまで、屋敷で剣の鍛錬をしてたんです。ボイスと模擬戦をしていたのですが」

 アプリ内で執事たちは全員戦える設定だ。

 主さまの不安・ストレスの化身である悪魔と日々戦っている。

 ボイスというのはハーヴェイにとって同期でライバル的な執事、ちなみにコワモテ系である。

 二人とも強くて実力は拮抗している、公式設定より。



「一瞬の隙をつかれて剣の切っ先が頬をかすめたとたん、ふっと気が遠くなって」

 ふむ。

「そのとき、主様の声がしたんです。助けて、と」

「……うーん」

 話を聞いてもようわからんが、なんらかの力が働いて、アプリ内の人物が現実世界に来てしまった、ということらしい。

 まぁなんにせよ。

 さっきから無意識にわたしの手は腹部をさすってしまっている。

 不可解な出来事への解決欲より、食欲が勝った。

「お腹空いた」

 激しめの寝坊をしたのでもう昼近くだ。



「買い物行ってくるから」

「お供いたします」

 ハーヴェイ、すかさずそう言うが、昼日中その服じゃ目立ちすぎる。

「おかしいですか。主様をお迎えする、正装なのですが……」

 少し恥ずかしそうに頬を赤らめて言う彼を見て、よし、と頷いた。

「これからちょっと街まで出よう」

 ハーヴェイの頬がますます赤くなっていく。

「あ、主様と……遠くの街まで……」

「うん、ごめんね、電車で5分だけど」

 そう言い置いてわたしは、とりあえず化粧をしに、洗面所に向かった。


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