③
ボイスが梅ちゃんを連れてやってきたのは、都内有数の大きな公園だった。
噴水を囲む芝生にこしかけて、片足を投げ出すボイスは、ちゃんとハンカチをその横に敷いたではないか!
座るように仕草で言われ、ためらいながらも腰を落ち着ける梅ちゃん。
というシチュエーションを、わたしとメイナードは、少し離れたベンチの陰から見守っている。
「ここはこっちの世界にちょくちょく来るようになってから俺のとっておきの場所なんだ。どうだ、悪くねーだろ」
「はい。すごく気持ちいいです」
横にごろんと身を投げ出すボイスに、梅ちゃんは言う。
「でもごめんなさい。せっかくのランチだったのに」
目を閉じながら、ボイスは端的に返した。
「気にするな。この世界の屋台もんも悪くねぇ」
「や、屋台? さっき買ったコンビニフードが……?」
「まぁなんだ、気に病んじまうのはわかるが。人間得手不得手はあるもんだからな。俺だって堅苦しい場とか真面目になんかやるのはまったく得意じゃねー。お互い様ってことだ」
風が吹きすさぶ中、くす、と梅ちゃんのかすかな笑い声が混じる。
「ほんと、イケメンですよね、ボイスさんって」
怪訝そうにボイスの片目が上がる。
「イケメンってのはなんだ?」
「えっと、素敵な人、ってことです」
「ふぅん。……あんた、ほんとに変わった趣味だな」
「ぷっ。あははは。そうですか?」
笑いが梅ちゃんの緊張をほぐしたようだ。
それから彼女は、ゆっくりと語りだした。
「じつはわたし、ちょっと前まで焦ってて。はやく結婚相手見つけなきゃって」
「ふぅん。そうなのか」
「婚活アプリで毎週末、いろんな人と会ってたんです。ある時、その中の一人の人と食事をしたあと、無理やり車に押し込まれそうになって」
え! なんだそれ!
酷い……そんなことがあったのか。
「それから……どうしても、狭いところが苦手で」
ボイスは両目を閉じて黙ったまま、しばらくあたりの喧騒だけが聴こえていた。
「そうだったのか……。だが、周りに助けは求めなかったのか」
「……自分でも驚いたんですけど、ああいうときって声も出ないんです。なんとかバッグを盾にふりきって逃げましたけど」
噴水前の広場で戯れる家族連れを見るともなしに見ながら、梅ちゃんは続ける。
「なんだろうな。一応自分の意志で婚活してるから……っていう負い目もあったんだと思います」
「……解せねーな」
ぼそっと呟かれた言葉に、梅ちゃんの目が見開かれる。
「そんな危険な目に遭うリスクがあるのに梅ちゃんは自分の意志でそのトンカツってやつをしてるのか」
「それは……うーん、どうなんでしょう。ほんとうに結婚がしたいのかと言われると」
「は。察するになんかの圧力ってやつか」
ボイスの口調はぶっきらぼうだが、のんびりとくつろいだように響くその声はふしぎと、語りを促す力がある。
「……まぁ、ほとんどの女性は受けてますけどね、その圧力っていうの」
「より性質がわりぃな。女子どもを助けるべき世の中自体が、間接的にしろ危険に追いやってたってオチだな」
「……」
かすかに、梅ちゃんが息を飲む音が聴こえる。
「ほんと、クソばっかな世の中だぜ。胸糞わりい」
「……ふふふふふ」
春風に乗って運ばれてきたエキスのような笑いを、梅ちゃんがこぼす。
「なんだか、ボイスさんが、『胸糞わりい』って言ってくれたおかげで、すっきりしました」
「そうか。やっぱり相当な変わり者だな、梅ちゃんは」
「女子っていうのはそういうものですよ。覚えておいてください」
「ふぅん。よくわからねーが」
ボイスはいきなり立ち上がると、
「喉渇いただろ。なんか買ってきてやる」
自販機の方に向かって歩き出す。
「あ。わたしも!」
「いいから座ってろ。狭い場所を見たとき噴き出た汗、まだおさまってねーぞ」
「……ボイスさん……」
おおお、これは……!




