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「はぁ。どうしたもんかなぁぁ」

 ゴンドラ発着所近くのカフェは、テラス席から湖が見えていい感じだ。

 が。

 スマホの不在着信の画面を睨み、わたしは青息吐息だ。

 梅ちゃんとボイスの手前、失くしたはずのスマホであるが、ジェットコースターの列に落ちていたのを、係の方が拾ってくださって見つかったということにする予定である。




「お母様からの不在着信……相当な数ですね」

「あ」

 見ると、斜め上でハーヴェイが難しそうな顔をしている。

 手にはストレートティーとコーラ。二人分のドリンクがある。

 ここはドリンクとフードはレジで受け取るシステムで列に並んで注文してきてくれたのだ。

「見られちゃったか」

 父親は昔から暴力が絶えず、数カ月前、わたしの職場に乗り込み、暴行を働くに至った。

 ハーヴェイのおかげで怪我せずに済んだけど、今父は警察に拘留されている。

 母親が連絡してきているのはその件なんだろうが。



「ほの様……」

「え、ええ……っ」

 ハーヴェイはドリンクをテーブルに置くと、わたしの両手を包み込んで、額にあてた。

 思わず固まってしまう。

 今は人目がありすぎる。





「まさか、お父上に会いに行かれる、などとは言われませんよね」

「ん……」

 そっと、テーブルに降ろされた手を見つめる。

 この上なく切なげなそんな目で見られたら、嘘は言えない。

 吐息を一つ、そののち、答える。




「近いうち、面会行こうかなって考えてる」

「そんな……。主様はお父上に命まで奪われそうになったんです」

「そうじゃなくても、母とは会わないとかな」

「また……連絡を再開、されるのですか」

「そういうことになるだろうね」



 なんとも重い沈黙が流れる。

「じつはあんまりうるさいから、このあいだ一回だけ電話とっちゃって」

 小さく息を飲み、ハーヴェイが身を正した。

 数日前、ハーヴェイが仕事中のときだ。

「『父親がこんなことになった以上、お互い協力しないわけにはいかないでしょ』って電話口で言われちゃってさ……」



「そう、でしょうか」



 はっとして、目を上げる。

 ハーヴェイの紺色の目が、伏せられている。

 その声は静かな怒りを滲ませ、低く響く。



「それを言うならお母様は、幼いほのさまが父上に殴られているとき、助けるべきではなかったのですか」



 ぐっと、彼の持ったカップに皺がよる。

「自分が、助けてほしいときだけ、家族や協力という言葉をふりかざして。それは。果たしてほんとうに、正論でしょうか」

「ハーヴェイ」

 どうしてだろう。

 不思議だ。胸の真ん中あたりが心地よくて、苦しい。

「少なくとも俺は。そんな姿勢でいる人たちの中に、ほのさまを置いておきたくありません……」

 言葉がまっすぐ心に届いて。

 それに身をゆだねてしまいたくなる。

「ハーヴェイ。でも、だけどね……」



 ああ。なんで?

 全身でありがとうって。

 助けてほしいって言いたいのに。



「家族も完全な悪者ってわけじゃないの。その、仲良くできた思い出も、それなりにあるし……。また、そんなふうになれる可能性も……」

 なんでほかのことが口から出てくるんだろう。

「ほの様……」

 もどかしそうに、紺色の瞳の中の光が揺れる。

「執事である俺が、主様に意見など、出すぎている自覚はありますが……」

 胸に右手をあて、彼は頭を下げた。




「お願いです。少なくとも、向こう一カ月。それだけでいいです。お母様から電話がきても、出ないでください」

「あ……」

 その姿を見たら、どうにもほっとしてしまって。

 思わず、言ってしまった。

「うん。わかった。……約束する」

「主様……」

 心からほころぶように、彼が笑うのを見て。

 痛いほど甘い感情が、胸に渦巻いていく――。


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