第8章 執事と主様、ダブルデートに挑む①
深緑に反射する陽光がまぶしいゴールデンウィーク。
都内某夢の国遊園地エントランスゲート。
「いいか、ボイス。今日のこれは主様のご命令だ」
「はぁ、だりい」
「言葉遣い! 紳士的に、上品に女性陣をエスコートすること。なにを置いてもそれが優先事項だ。いいな?」
「まぁ、主の命令っつーんなら仕方ねえが……。なんでわざわざ、その手の任務に一番向かない俺が今回の仕事に選ばれたんだ? ハーヴェイ。お前のとなりにメイナードの奴でも並べてやりゃ済む話じゃねーか」
「それは……その、お前には、言うわけにはいかない」
「はぁ?」
「とにかく、お前が来なければはじまらないんだ!」
先ほどからなにやら説得しているのは、ハーヴェイ・クレスウェル。シルバーグレイのジャケットに紺のパンツ、漆黒の短髪と紺の瞳。道行く人が降り返る、すらりとした美貌の持ち主。
「ったく、わけわかんねー任務だな」
その話を不可解そうに受けているのはボイス・デスモント。長い黒髪を後ろで束ね、同じく黒い革のジャケットに、アーガイルチェックのシャツ姿である。
一見、若い外国人観光客に見える二人であるが、出身地は意外にも海外ではない。もっと意外なことに、異世界だったりする。今、その服装は周囲に溶け込んでいるが普段の装備はこの世界の人が日常で身に着けるには躊躇するような華やかな燕尾服だ。
二人は、メンタルケアアプリ『癒執事』の世界から、現実世界にいる主様をお守りするためにやってきた執事なのである。
「いたいた! おーーい! ハーヴェイ、ボイス!」
その一応主様であるわたし、小熊ほのは、休日の今日、ハーヴェイの冒頭の言葉通り、二人にあるミッションを課していた。
ベージュのシャツに、ジーンズ。ポニーテールという、機能性重視ファッションのわたしのとなりで、黒い小花のついた薄手のアウターの下に、Vネックの桃色の小じゃれたブラウス、白いマーメイドロングスカートの、華やかな女子がぺこりと頭を下げた。
「あの……今日は来ていただいて、ありがとうございました! よろしくお願いします」
その瞬間ふわりと香るフリージアの香水。
同時に下がるマロンブラウンの髪はばっちり巻かれている。
それを見たボイスが怪訝そうに片方の眉をあげた。
「あんだ? エスコートしてほしい女性陣とかなんとかほざきやがるから、誰かと思えば、梅ちゃんじゃねーか」
ぱああっと、再び視界に現れた梅ちゃんの顔が輝く。
「覚えててくれた……!」
ボイスは首筋の後ろをかいきながらあくびを噛み殺した。
「ふん。たしかに俺は人の名前を覚えるのは得意じゃねーが。恩人の名を忘れるほど恥知らずじゃねーよ」
「ああ……」
ひらりと身を翻したかと思うと、梅ちゃんがばっと、あたしの肩にもたれてなんか囁いてきた。
「武骨な物言いと義理を語る内容のギャップ。やっぱりすごい破壊力……!」
「まぁまぁ、落ち着きなされ……」
うん。意中の人とのデートということで、だいぶテンションがおかしいらしい。
「あ? なんかよくわかんねーが。そうだな。破壊力には自信がある。物理的にも、空気的にもな」
「頼む、空気のほうの破壊力は今日だけは押さえてくれ……!」
向こうは向こうで、ハーヴェイがボイスの肩をつかんで言い募っている。
「お前、さっきからなに必死になってんだ?」
「……それは……」
彷徨うハーヴェイの視線が、わたしを捕らえる。
わたしは静かに頷くと、彼も頷き返してくれる。
これぞ、執事と主のあうんの呼吸だ。
「それじゃぁさっそく出発しよう!」
本日のミッション。梅ちゃんの恋を応援せよ、である。