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 事件数日後の、認定こども園の前。

 置かれたガーベラの花束の前に、わたしはたたずんだ。




 父は警察に拘留されている。

 主任も園のみなさんもわたしに責任はないと言ってくれたが、あんなことがあったあとで仕事を続けられる自信はなかった。

 その問題すら今は、考えられない。




 後ろには二人の執事がいて見守ってくれているが。

 今は、感情を抑えられそうにない。


「ちっ」

 ボイスがぼそりと言う。

「あいつとの模擬線、勝負ついてなかったのによ。勝ち逃げたぁ、胸糞わりい」

「主様のために逝くとは……彼らしいですが」

 その隣でメイナードが、ハンカチを取り出す。

「女性を泣かせるのは、いただけませんよ……」

 もうだめだ。

「う……っ、ううっ」

 みっともないうめき声が、涙が鼻水が、あとからあとからでてくる。

 いっしょにオタ活にいった。

 カラオケにも言った。

 飲み会もした。

 もう、彼がいない生活なんて考えられなくて。

 だから今わたしはすごく、空っぽで。

 ありったけの怒りと、切なさと、愛しさを込めて、その名を呼ぶ。

「ハーヴェイ……!」




「お呼びでしょうか、主様」





「……は?」




 ぎょっと後ろの二人が抱き合うのが見える。

「おいマジかよ……!」

「ま、まさかあなたはこちらの世界でいう、幽霊様……!」




 幽霊かは知らないが、ハーヴェイの形をしたなにかは、はにかんで、染まった頬をかいた。

「すみません、若干、でづらくて」

 すみません、わたしも頭が追いつかない。


 ぽんと。

 よく響くように手を打ったのはメイナードだった。


「ほの様! 彼は幽霊様ではありません! 公式設定をお忘れでしょうか?」

 ん? 

 執事が主の不安の悪魔に呑まれて命を落とすっていう結末には、代りがないはずだけど。

「ええ。ですが、その中に一筋、他の感情が混じっていれば蘇生できるのです!」

「ふーん。そうなんだ。って……ええ?」

 正直ラストEPまでは課金してなかったから知らなかった。

 そうなの⁉

「ちっ、ひやひやさせやがって」

 ボイスがニヒルに微笑んで鼻をこすったとき。

 ひらりと、春を予感させるスカートが翻り、

「ほのさん!」

 梅ちゃんが現れた。




 自宅にご招待するはずだった数日前に起きたことはもちろん話してある。

「大変でしたね。……なんて言ったらいいか。あの、これ、せめてお見舞いです……!」

「ありがとう、梅ちゃん」

「ありがとうございます、梅様」

「えええっ、ハーヴェイ似カレシさん⁉ なんで生きて……!」

 瞠目する彼女に申し訳なく想いつつも、言う。

「まぁ、説明するのも難しいんだけど、無事だったみたい」

「そうだったんですね……。よかった……!」

 おいおい、梅ちゃん、結局うるっときちゃってるじゃないか。

 そんな彼女の肩を叩く者があった。

「あんたにも世話かけたな。礼を言うぜ」

「……っ!」





 梅ちゃんが息を飲む。

 そして手をかけたその人物に向かって、頭を下げた。

「あの、ボイス似のお兄さん。三日前、わたしはあなたに運命を感じました。連絡先教えてください!」

「……え」

 なに、いつのまにそういうことに?

「あ? 連絡先? なんだそれ?」

 首を傾けるボイスに、恋愛エキスパートのメイナードが進み出る。

「このご婦人は、あなたとお話がしたいと言っておられるのですよ、ボイスさん。連絡先というのはこちらの世界で、そのための断りのようなものといいますか」

「ふん、めんどくせぇな」

 といいつつ、ボイスは彼女に向きなおった。

「あんたは主の留守を預かってくれた。言ってみりゃ恩人だ。なんか話したきゃ勝手に話しゃいいだろ。梅ちゃん」

「きゃ~っ! ほんとに本物みたい~!」

 うん、本人も喜んでいるし、いいか。

「これにて一件落着ですね。う~んよきかなよきかな」





 ふいに優し気な眼差しを感じて、みるとハーヴェイがこちらを見つめていた。

 よく見たら、燕尾服の後ろ手に、赤い花びらが見える。

「また買ったんだ。ご家族に」

「見えてしまいましたか」

 ちょっとだけいたずらっぽく微笑んで。

 囁いた彼が差し出したのは。

「この花は、主様にしか贈れません」

 真っ赤な薔薇一輪。

「あ……ありが、とう」

「主様、帰りましょうか」

「うん」

 背伸びをして、その耳元に囁く。

「お帰り、ハーヴェイ」

 執事が優しく取り除いてくれる日々の不安にストレスに、悩みに。

 一筋だけ混じっているほのかな感情の名を、わたしはまだ、知らない。


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