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 わたしが認定こども園についたときにはすでに、主任に怒鳴り散らす父親の姿があった。

 娘を出せ、ほんとうはいるんだろうとわめいている。

 それを確認したとき、ほとんど反射的に叫んでいた。




「お父さん。あたしはここだよ……!」

 ぎろりと、その目がこちらを捕らえると、ぶわっと汗が噴き出た。

 おそらく、中で子どもたちは恐怖に縮こまっている。

 止めなくちゃ、とそれだけを想う。

「ようやく来やがったか、できそこないが」

 吐き出す父親の近くまで歩んでいき、言う。

「ごめんなさい、お父さん。あたしが悪いの。ぜんぶ」

「小熊先生……!」

 なにか言いたげな主任に頭を下げて、発言を続けさせてもらう。

「お金なら毎月出す。お母さんに連絡だって取る」

 口に出すたびなぜか、身体がぼろぼろと削られていくような感覚に陥る。

 でも、やめられなかった。

「育ててもらったのに反抗したあたしが間違ってたの。家に戻ってもいい。言う通り、誰かと結婚してもいい。だからみんなを傷つけないで。もう、許して……」




 そう言って、その顔色を窺う。

 まだ息が乱れている。

「ふん。今更謝られたって遅いんだよ。ようやく顔見せやがって。今までが優しすぎたんだからな。たっぷりしつけてやるよ。今まで親に対してとった態度を忘れたんじゃねーだろうな」

 脅すように顎を持ち上げられた。

「そんな……ことは」

「ったくつかえねー娘だな。金持ってくる男の一人もつかめねーで。この役立たずが」

 それは幼い頃からずっと、言われ続けて来た言葉だ。

 役立たず。

 役立たず?

 成人してからは“男の一人もつかめないだめな女”。



 心の中の、かすかな声を、聴いた。



 ……違う。



 主任の悲鳴が響いた。

 顔を蹴られた拍子にキャンドルナイトのネックレスが宙を舞う。



 よく眠れる石。

 彼が、預けてくれた。



 髪をつかんで引き寄せられる。



 彼が教えてくれた豆知識で、すべすべになった髪。


 抵抗しようと身をよじると、手をひねられた。


 いつもココアで温める手も、すっかり冷えてかじかんでいる。



『素敵です』

『主様は優しい方です』



 役立たずなんかじゃない。

 あたしは、素敵な主様だ。



 気づいたら、殴り続ける父親の腹部に抵抗の蹴りをいれていた。

 自分でも驚いてまじまじとスニーカーを見つめると、おもしろくなかったのか父が顔をしかめた。


「ふん。本性出したな。言うこときくって、どうせこの場を収めるための造り話だろーが!」

「お父様、落ち着いてください、どうかもう乱暴は――」


 たまりかねた主任がそう叫んだとき、がっと、向かってくる父親の醜い顔が貼り倒される。


「何を言っているんだお前は。そうに決まっているだろうが」

 

 聞き覚えのある、澄んだ低い声。

 いつの間にか、通常執事コスチュームに身を包んでいる。


「ハーヴェイ……?」



 醜く晴れ上がった顔を抑えながら、父が燃えるような目つきで彼を見た。



「武器の調達に手間取り遅れました。主様、申し訳ありません」

「お前……どこのどいつだ」

「ほのさまの執事だ」

「ああ?」

「話を戻すが、さきほどの主さまの言葉は、お前の言う通り、この場を収めるための作り話だ。そのつもりでいてもらおう」

 淡々とハーヴェイは言葉を並べていく。

「金はびた一文出さない。母上と連絡もとらない。今後ほのさまを傷つけることは、この俺が一切許さない。それで引き下がってもらう」

「お前、人様のことに口出すんじゃねーぞ!」

 応戦の合図のように、父親が懐から光るものを取り出す。

 ナイフだ。

 冗談じゃなく、血の気がひく。

 わたしを後ろにかくまい、ハーヴェイが凛々しく告げる。

「ほのさまは子どもたちとみなさんを安全なところへ」

「あ。うん……! ハーヴェイ、無理しないで」




 裏口から、子どもたちと主任、ほかの先生たちを学校側へと全員避難させ、学校の先生たちに緊急事態を伝え、預けると、わたしはそっと子ども園側に戻った。

 警察を呼んだことが、父親の怒りに火をつけるだろうことは予想していた。

 これまでも何度か経験したことだった。

 だが。

「……なんか、異臭がする」

 焦げ臭いような。

 そう思うのと、園の窓から爆炎が上がるのと同時だった。

 まさか、あの父親がガソリンでも巻いたのか。

 考えている時間ない。

 園の中にはハーヴェイがいる……!

 わたしは一も二もなく、中へ飛び込んだ。


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