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第7章 執事と主様と大事件①

 それから一週間後の週末。

 アパ―トにて。ハーヴェイを買い物に追い出し(?)その隙に作戦会議。

 わたしはメイナードとボイスと向かい合っていた。



「この間の飲み会は協力ありがとう」

 メイナードは相変わらず芝居がかったしぐさで顎に手をやる。

「首尾は上々ではないでしょうか。私見ではハーヴェイさんもかなり主様を意識されているかと」

「だからそれはさぁ、あくまでキャラ設定のせいであって」

「ふん。めんどくせぇ。くっつきてーなら勝手にくっついてろ」

「あ、ボイス。それはだめ」

 ボイスが手を伸ばそうとしている、机に置かれた焼き菓子を、わたしは脇へのけた。

「これはお客様用。今日は梅ちゃんをおうちに招待するんだから」

「ちっ」

「こほん。話しを戻しますが」

 メイナードが咳払いする。




「主さまはハーヴェイさんが、心から主様を好きなのではないと懸念しておられるのですね」

 ……まぁそうだ。

 アプリの設定上そうなってるだけだと思っている。

 だってそうだろう。

 でなきゃあんなイケメンが美人でもスタイル抜群でもない、ついでに言うと経済力も不安なわたしをどうして好きになっているのだ。

「ふ~む、これはどうしたものか」

「めんどくせー。本人に直接聞きゃいいだろ」

「そ、それは……」



 と、視線を下に彷徨わせ、あることに気づいた。

「あ、ボイス、またマドレーヌに手を伸ばしてる! だめっ」

「ボイスさんは少し、乙女の心情というものをわからなすぎです……」



 メイナードと二人で溜め息をついたとき、機械音が響いた。



 ぞくっといやな予感がする。

 一週間前、居酒屋でメールを寄越したのと同じ相手だと、本能的に悟る。

 メールに返信せずにずっと無視していたからだ。

 身体が硬くなり、強張るのがわかる。



「主様、どうされましたか?」

「震えてんな。やばい相手か?」

「……」



 声が、でない。

 二人の表情が険しくなる。



「主様にあだをなす相手とあらば、このメイナード、全力を持って応対させていただきますが」

「ふん。恐喝なら一喝すりゃ済む話だろ」

 二人が通話ボタンをタップしようと、手を伸ばす。

「ま、待って……だめ……」

 一喝して済むような相手じゃない。

 これは……。

 二人とは別の手が伸びてきて、受話器を切るボタンを押した。



「二人とも、そこまでだ」



 片手に、コンビニの飲み物とお惣菜の入った袋を持ったハーヴェイが、硬い表情で立っている。

「ここは俺に任せてくれないか」

 ボイスとメイナードは互いに目を見合わせる。

「……ふん。手柄譲る気ねーって顔だな」

「わかりました、ハーヴェイさん。我々はこれにて失礼いたします」

 二人がスマホの中に音もなく吸い込まれ去っていくと、ハーヴェイはとなりにこしかけた。



「主様」

 斜め上から、紺色の瞳が見つめてくる。

「電話の音も、階段の音も。恐怖の原因となるものは同じ。そうですね」

「……」

 悟られないようにしてた。

 だから反応したくはなかったが、ほかにどうしようもなく、一つうなずく。

「差し出がましいかもしれませんが、音が鳴るたび恐怖を感じるなら、対策をすべきだと思います」

 きゅっと口元を結んだ。

 そのとおりだ。

 無視しているだけじゃ、なんの解決にもならない。

「よろしければ、お話ください。恐怖を感じるわけを」

 心持、彼が前のめりになって。

 同時に窓辺の一輪挿しのガーベラが揺れた。

「もっと俺を、頼ってください」

「……」

 言えるわけ、ない。

「ハーヴェイ、は……」



 今はガーベラがある、あの花瓶。

 亡くなったご家族に、彼が供えている花。

 幼い頃、家族を盗賊に皆殺しにされて復讐のために伝説と噂されるまでの剣士に上り詰め、復讐を果た しぼろぼろになっていたところを、館の先輩執事に声をかけられ、執事の仲間入りをしたハーヴェイは。 

 アプリ内でも家族を想うエピソードが随所に出てきて。

 でももう彼はただのアプリの設定じゃない。

 現実に今、目の前にいる。

 理不尽に家族を失った彼に、言えるわけない。



 家族が、怖いなんて。



「ごめん。ごめんね」

「主様……?」



 ストーリーで切ない表情をみるたび、

 大切な人のために身を削るそのシーンを見るたび涙して。

 そして。



「あたし、ハーヴェイがうらやましいって思っちゃった」



 家族を皆殺しにされて、深く悲しめる、彼が。



「あたしにはその感情がわからない……。育ててくれた人たちに、消えてほしいって思ってる」

「主様」

「わかってくれたよね。あたしは素敵な優しい主様なんかじゃない。そういう悪魔みたいな人間なんだよ」

 あえて、口をはさむ隙を与えず、一気に言った。

「メールと電話、父親からなんだ」

「生活費のために金をよこせって」

 渇いた笑いが口から出た。

「典型的なだめ親父でさ」

 幼い頃から暴力が絶えないような男だった。

 今は働かず母以外の女性と暮らしている。

 なのになぜか母親は父親をかばってばかりいて、生活を支え続けている。




 そんなだから母はたまに心が絶えられなくなるのか、感情をぶつけるメッセージを送ってくる。

 死にたいとか、人生に絶望したとか。

 時には、お前はだめな人間だとか、母を見捨てて出て行ったとか、そんなふうに、わたしを否定するような言葉もある。

「祖父母の介護のときだけしつこく呼びつけられて。従わないと乗り込んでこられたこともあって」


 それでも、以前は呼び出しに応じてたし、連絡もとっていた。

 それをしないことは親不孝のような気がして。

 心身を削られながらなんとなく関係を続けていた。

「けどね。アプリの中の、ハーヴェイたちに会って」

 執事たちに大事にされて。

 自分は大事にしてやるものだと知った。

 それからは、連絡がきても無視することにした。

 しばらくはそれで済んでいたんだけれど。


 飲み会の日の、父親からの生活費の送金を要請するメッセージと口座情報。

 おそらく金が尽きているのだろう。


「……」

 話し終えた時、キャンドルの明かりが消えたような錯覚に陥った。

 そうだ。

 これを話すときが、夢の終わりだと思っていた。

 わたしの本性を知ればハーヴェイも、失望するだろう。

 事実俯いて、なにかを押し殺すような顔をしている。


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