第4章 執事と主様、カラオケに行く①
二月も半ばに入り、寒さが相変わらず厳しい夕暮れ時。
編集部からの帰り道を歩いている。
知らず弾む足が、凍った道路に滑りそうになる。
じつはちょっといいことがあった。
新たな書籍化に向けた話が具体的に進みだしたのだ。
家についたらすぐ、ハーヴェイに報告しよう。
きっと喜んでくれる――。
「お帰りなさいませ、主様」
「ハーヴェイ、聞いて! ……あれれ?」
アパートの扉をあけ、待っていたのは――。
「お待ちしておりました、ほの様」
オレンジの波打つ髪に赤メッシュという派手な外見。
ヘテクロミアの瞳。
「嗚呼、今宵も我が主ほの様は、月下の花のごとくお美しい。いやはやいつまでも愛でていた神々しさでありますね」
胸に手をあて、もう片方の手を天井に掲げて唄うように言う姿。
これは、このキャラは……!
「ハーヴェイさんが、今宵は道路現場の残業で遅くなるということで、わたくしが代わりを申し出た次第であります。ご存知、執事仲間のメイナードにございます」
おお……!
個人的二番手執事のメイナード……!
ついしげしげと、その原色の髪だの瞳だのを見てしまう。
「このようなお美しい主様にお仕えできるわが身の幸運、己の詩歌の才をもってしてでも、いかんとも表現しがたいものでございますな」
ちなみにキャラ設定はキザで変わり者である。執事たちとの会話で主様に対する「美しい」の頻出率は「こんにちは」とほぼ同率なのでいちいち真に受けてはいられない。
すごいすごい、おもしろ新キャラきた。
テンションがあがってくる。
「メイナード。あたしメイナードとやってみたいことがあるの」
そう。執事仲間やファンからは『一風変わった男』扱いのメイナードであるが、個人的には気が合いそう、と思っていた。
「ふぅむ。主様のお望みとあらば、このメイナード、なんなりと受けさせていただきますよ」
「カラオケいこ!」
「カラオケとは……この世界の場所の一つですか?」
メイナードは屋敷で音楽係を担当しているのだ。
芸術的才能にかけては24四執事の中でぴかイチ。
今宵は祝杯の気分なり、ということで。
都内の格安カラオケルームへと、わたしは彼を連れ出した。
わたしの趣味の一つがひとカラなのだが、いつか誰かと一緒に歌ってみたいと思っていたのだ。
これでも高校は演劇部。
歌や演技にはちょっとした覚えがある……ふふふ。
実在する男性とデュエットなんて歌唱力以外の高度な技能を要する技は不可能だが、アプリの中の執事となら……。
というわけでメイナードにスマホの動画アプリでミュージカルの名曲を覚えさせ(メイナードは一度聴いた曲は覚えられる。公式設定より)そのシーンの解説もして適当なふりつきで歌っているなう。
メイナードはさすがの歌唱力。
うんうん、いい感じだ。
「すごいうまいよ、メイナード! やばい、楽しい……」
「なんのなんの。ほのさまの美声にはかないません」
「じゃ、次の曲入れるね」
怒涛のラインナップが続いている。
有名なナンバーの合間に、
「ああジュリエット! 月に誓ってきみを愛している!」
という、最初はまっとうなアドリブを入れていたメイナードも、曲数を経てさらにのってきたのか、
「なんとジュリエット! フードメニューのポテトが売り切れと表示されている! きみの好物なのに、なんたることか!」
とイカした(?)技もかましてきた。
「いいえ、いいのよロミオ! わたしは今ダイエット中の身。これを食べるのは許されないわ……!」
と、自慢の美声で返すと、
「おや、主様、そうなのですか?」
あれ。メイナードが通常モードに戻ってしまった。
せっかくのってたのに。
「うん。まぁね。っていってもなかなか進まないけどさー。できることから始めてみようかなって、最近思ってて……」
「それはまた。なにか心境の変化でもおありでしたかな?」
「……」
少しためらったが。
「うん……」
わたしはうなずいた
「この年になってあれだけど。ちょっとだけきれいになれたらな、なんて、最近思い出して……」
せめて今年履けなくなったスカートを履きたいと、思っている。
「なんと、素晴らしい!」
「ん?」
「主様はそのままでも十分お美しいですが。さらなる美を求めて研鑽を惜しまないとは……! このメイナード、敬服いたしました。しかし……」
ぐぐっと顔を近づけ、彼はぐっと声を落として、言う。
「わたくしの目はごまかせませんよ?」
「……え?」
「美に目覚められたこと。主様の心の奥深くに潜む、ほんとうの理由が、この目には見えます……」
いつの間にか壁際に追い詰められる形になってる。
今までの親し気な感じと違ってぎらつく目がちょっと怖い。
あ。……そっか。
メイナードってこんなキャラだけど、じつは戦いになると好戦的で、貪欲な一面があるんだった。
それにしても。
「ち、ちか……」
「主様との距離が近すぎるぞ、メイナード」
あ――。
カラオケルームのドアが開いて、そこに立っていたのは、作業服姿のハーヴェイだった。
「主様。お出かけの際はご連絡ください。心配になります」
「あ。はい……」
ついさきほど、大分前に寄越したハーヴェイからのメッセージに気づいて、返信したばかりだった。
メイナードと言えばゆっくりとわたしから身体を離し、落ち着きはらってハーヴェイに向きなおっている。
「これはこれは。わたくしとしたことが、とんだ失礼をいたしました。主様、どうぞお許しを」
「あ、いえ」
「では気を取り直しまして、どうです、ハーヴェイさん。お仕事でお疲れのことと思いますし、主様の類稀なる美声に癒されては」
ハーヴェイの紺色の目が大きく見開かれる。
「主様の……美声、だと?」
「このメイナードが謹んで、相手役を努めさせていただきますゆえ」
なんだかちょっと調子が狂ったが、もとの楽しい気分が舞い戻ってくる。
うん。うん。
今日は書籍化が進みだした祝いだ!
「このさきは三人で楽しもう? ほら座って、ハーヴェイ」
「は、はい……」
飲み直し歌い直しにと、わたしはグラスを掲げた。




