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 小学校から出た帰り道を歩いて、数分もしないうちに、見知った人影を見た。

 夕焼けにたたずむ、ティーシャツとジャージ。

 そんな服装でも様になるすらりとした背丈。

 漆黒の髪に、紺色の瞳。



「お疲れ様でした、主様」

「ハーヴェイ。どうしてここに」



 ハーヴェイはにこりと微笑んで、わたしから手荷物を受けとる。

「仕事が早めに終わったので、向かえば間に合うのではと思い、主様のお仕事先付近に立ち寄ってみたのです」

「……そっか」

 不覚にも姿を見つけてほっとしてしまった自分がいる。

 並んで歩くと、なんだかくすぐったいような、変な心地だ。

「そしたら、ちょっと街でも見て帰ろうか」

 そう言うと彼は幸せそうに微笑む。

「主様となら、どこへでも」

「う、うん……」



 なんだろう、昼間子どもたちにからかわれた影響だろうか。

 妙に意識してしまう……。

「ほの様。ですが、出発の前に、よろしければ、こちらを」

「ん……?」

 ハーヴェイが差し出したのは、すみれの柄のついたクリームだった。

「乾燥が気になる時期ですので、主様に似合いそうなハンドクリームを買ってまいりました」

「あ、ありがとう――。でも、クリームならさっきつけたばかりで……」

「素晴らしい。主様は日頃からケア用品を持ち歩いているのですね」

「えっと……じゃなくて。さっきたまたま、同じものをもらって……」

「同じもの?」

「あ……」



 やばい。

 動揺のあまりいらんことを口走った予感が激しくするぞ。

 仕方なく、さきほどもらった黒い小さな袋に入っていたものを、取り出して見せる。

「なっ。それは……! 俺の購入したものと、同じ……! メーカーも、香りの種類まで……!」

 そう。

 秋良が、今日、修学旅行のお土産だと言ってくれたのは、なかなかしゃれたハンドクリームだった。

 小5にしてはなかなかなチョイスだと思う。

 きっと顔を上げて、ハーヴェイが言う。

「主様、いったい誰にもらったのですか?」

 お。やきもちか?

 動揺が、いたずら心に変わっていく。

 ここは、からかってやるか。



「ふふん、知りたい?」

「男性、ですか」

 吹き出しそうになるのをこらえて答える。

「まぁ、そうかな」

「主様、教えてください。誰にもらったのですか」

「あは。ないしょだよ」

「そんな……!」

 ぐっと、なにかをこらえるように前を向いたあと、少しだけ真顔になってハーヴェイはまたこっちを見る。




「—―ですが、ほの様。プレゼントをもらったというのに浮かない顔ですね」

 うっ。

 無駄に鋭いな。

「んー。ちょっとバイト先でね、気になることがあって」

「小学校敷地内の子ども園でしたよね。子どもたちのことですか」

「うん」



 歩きながら、ふしぎなほど気安く言葉が口をついて出る。

「園の中に小5の子が一人いるんだけど。なんとなく元気ないような気がしてさ……」

「なるほど……」

「まぁ、特に問題起こすような子じゃないし。いつも食えないかんじだし。気のせいかもだけどね」

「主様は、いつも子どもたちのことを気にかけておられるのですね。素敵です」



 夕日をバックに、漆黒の瞳に、暖かな光が灯る。

「まぁこういうのは、ぱっとみわかりづらい場合も多いし。複数の部署で大人が観察して、気になったことを共有するのが大事だしね」

「ふむ……たしかにそうですね。俺も後輩執事の不調に、どうすれば早く気付いてやれるか、考えることもありますが。参考になります」

 いやまぁそんなに改まって言われるほどのことじゃないですけど。

「しかし、なかなか大変そうなお仕事ですね。体力も心も配らなくては務まりません」

「さいしょはあたしも、子どもたちにうまく接することができるか不安だったけど。……なんだかんだ今じゃ、やめらんない感じかな」

 気がつけば街路樹の梅の木に蕾がぽつりぽつりと灯るように顔を出し始めている。

「子どもは想いをかけたら百パーセント返してくれるからね。大人じゃ、そういうわけにはいかないんだな……」

「主様……」

 ハーヴェイのあたたかな視線を感じつつ、公園を横切ったときだった。

「あ。あれ。——秋良」




 公園のベンチで一人。ランドセル背負って。

 あの飄々とした表情。

 ……間違いない。

「ハーヴェイ、ちょっと様子見てきていいかな」

「同行します」

 ベンチの前までやってくると、彼に声をかける。

「秋良じゃん。どうした? こんな時間に」

「あ。ほのせんせい」



 やっぱりなんかおかしいな。

 気の利くタイプの秋良が、呼ばれるまで気が付かないなんて。

「いやー、なんとなく帰る気しなかったんすよね~」

 しゃがみこみ、目線をあわせて、ちょっとだけつっこんでみる。

「今日にかぎって? いつもまっすぐ帰ってるじゃん」

「んー……はい、まぁ」

 他の大人の目もないし。

 ここはチャンスかもしれない。

 ゆっくりと、言葉を選びながら口を開く。




「子ども園でも最近元気ないし。……なんかあった?」

 となりでわたしの荷物を持ったハーヴェイも、秋良をのぞきこむ。

「よければ話してみろ。そんな顔で帰ったら、親御さんも心配するぞ」

「あ、一風変わったカレシさん……。ほんとにいたんですね」

「なっ。か、カレシさん? それは違うぞ。俺は主様のしつ――」

「ハーヴェイ。よけいややこしくなるから黙ってて」

「そんな。主様……」

 とりあえずハーヴェイが黙ったのでよしとする。

 ここからは根競べだ。

 秋良のとなりに腰掛け、夕焼けを眺めるふりをして、答えを待った。

 心でとなりに語り掛けながら。

 何秒でも、何分でも、何時間でも、待つよ。




「……せんせい」



 ふいに、秋良が口を開く。



「もし、超売れてる作家さんとかになったら……子ども園辞めちゃいますか?」



「ん?」

 砂を蹴りながら、秋良はそう言った。

 飄々とした口調を崩さずに。

「まぁ、そうですよね。あんな給料少ないとこより、好きなことやって、印税でかせげたほうがわりにあってますよ。いいと思いますよー、俺は」

 まだ、砂を運動靴でいじっている。

 ふっと笑う声がして。

 となりでハーヴェイが口元を抑えている。

 あたたかくて、たまらないなにかが、胸に込み上げてくる。

 秋良。こいつ。

 ぽんとその頭に手を置いた。




「作家もそんな甘い世界じゃないんだな、これが。まだまだ当分来るよ」

「……」

 ふっと、うつむいた秋良の、その口元が緩んだ気がした。

「そうっすか」

 そのまま弾むようにベンチから立ち上がる。

「じゃ俺、そろそろ帰ります」

「おう。明日も待ってるから」

「気をつけてな」



 かけていく背中はもう、元気いっぱいで。

「主様は子どもたちにも慕われているんですね」

「はは。かわいいとこあるね、あいつも」

 頭を掻きながら思う。

 やっぱまだ当分辞めらんないな、このバイト。

「駅前まで行って、なんか食べて帰ろうか」

「主様、ご機嫌ですね」

「いいでしょ。そんな日もあんの」

 ふと、ハーヴェイが花屋の店先で足を止めた。

「少し……買っていってもよろしいでしょうか」

「うん……」

 優し気な目をして、淡い色の花々をよりわけ、選んでいく。




「あのさ」

 そんな彼を見て、言葉が出た。

「いつもこまめに替えてるその花って」

「ああ。これですか」

 小さなブルースターの花束を持って、彼はこちらを見た。

「幼い頃死に別れた、家族に捧げています」

 あ――。

 予想してたことだけどやっぱり。



「……そっか」

 ハーヴェイは幼い頃、家族を盗賊に殺されて、復讐鬼と化し、その盗賊を打ち取ってぼろぼろになっていたところを、先輩執事によって救われ執事仲間となった、という経緯がある。

 そう、知っている。

 知ってた、はずなのに。

「……」

 変わらず優しいその瞳を見ていると、なんだか焼け付くように胸が痛かった。


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