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序章 執事、主様のもとへ①

 事の始まりはそれから24時間後。

 すなわち翌日の深夜だった。

 セーターにダウンを着込んで髪を申し訳程度に束ね、わたしは最寄りのコンビニから自宅への道を足早に歩いていた。

 執筆に追われて買い物が深夜になってしまった。

 師走の寒さがダウンから出た手先足先に染みる。

 名前、小熊(こぐま)ほの。

 近くの小学校付属の認定子ども園でアルバイトをしながらの兼業作家。

 わたしの肩書はそんなところである。

 数年前小説賞を獲ったとはいえ、出版業界は厳しい。

 住まいは東京とはいえ二十三区内からははるか遠く隔たった僻地の格安アパート。援助してくれる家族やパートナーはなし。

 定時収入は心もとなく、なかなかな底辺作家だと思う。

 ふうとついた吐息が白く夜空に舞い上がる。




『底辺だなんて、そんなふうにご自分をおとしめてはいけませんよ』




 心のどこかからか、そんな声がして、一人頷き、購入した食材の入った袋を握り締め、足を踏み出した。

 けれど、もう平気だ。

 あのアプリと出会ってから、落ち込みそうになったら彼が心の中に出てきて励ましてくれるようになった。

『主様はいつも頑張っておられます。今日だって、早朝から遅くまで作業されていたのをずっと見ていました。体調も優れないのに……大丈夫ですか?』

 普段はきりりとしている彼の、心配そうな眼差し。

 は~ぁっ、と一人悶える。

 夜、精神的に不安定になることが多かったのでなにかの足しにとアプリ『癒執事』をはじめたら案外と効果てきめんで。

 仕事柄妄想力だけはあるから、こんなとき彼だったらきっとこう言ってくれる! と日常の様々な場面で妄想することにより一人悦にいるという応用ができたことも大きい。

 執事に時折励まされながら作業を終え、すっかり深夜になってしまい、コンビニ弁当を買いにいってきたというのが今日一日のあらましである。

 帰ったら今日も一緒に寝ようね、ハーヴェイ。な~んちゃって。

 とほくほくしていた心がふいに、引き締まる。





 前方から、ちょっと足取りが危うい男性二人組が歩いてくる。

 時折大声出したり、よろけたり、ちょっと距離をとりたい空気だがなにせ道が狭い。




 こんなとき彼、ハーヴェイなら。優し気な顔をふいにひきしめて、

『主様、オレの後ろへ』

 みたいな? にひひ。

 おっと、妄想している場合ではない。

 とにかく速足で帰ろう。

「あのぉ、すみませ~ん」

 どきりと心臓が嫌な音を立てる。

 話しかけられた?

「ちょっと道教えてもらいたいんですけどー」

 断ったり逃げたりして追いかけられるリスクと、普通に応対するリスクを脳内で天秤にかけて、後者を選んだ。

 言われた大型チェーン店は道を行って右に折れた先と、二人組に伝える。

「ども、ありがとうございました」

 よかった。無事に済みそうだと自宅に向けて歩みだしたとき。

「それで、今度お礼がしたいんで」

「連絡先とかって教えてもらっていいですか?」

 ……。




 ぜったいやばいやつだ。

 闇バイトの募集だとか存在しない電気会社のサイトとか送り付けるつもりだろう。

 深夜ともなれば、こういった事態が珍しくないことくらいは知っている。

「すみません、急いでますんで」

 やんわりと断って先を急ごうとすると、後ろから声色を変えた怒声が追いかけてきた。

「はぁ、調子乗んなよブス」

「その顔でえり好みかよ」

 ……ん?

 なんか、予想した目的と違ったのだろうか。

 心臓がばくばくいうのと裏腹に、妙に冷めた頭の一部分で思う。

 自分が美人やスタイルがいいと言われる部類に入らないことは知っている。

 そして必ずしもそういう特性を持った者だけが、男の横暴の対象ではないことも。

「こんな日に一人で歩いて。どーせ誰もよりつかねーんだったら減るもんじゃねーだろ」

 そういえば今日はクリスマス当日だったと思い出す。

 ふむ。どーせ誰もよりつかねーの方は否定しないが、減るもんならある。

 一応この先の人生の短さを憂うほどには、やりたいことはある。

 時間はなにより貴重なのだ。 



 よし、逃げよう。

 ダッシュしようとすると、がっと足を蹴られてよろめいた。

 どさりと落ちた買い物袋から、さきほど買った肉と野菜類がはみ出る。

 そのまま後ろの建物の壁に押し付けられる。

 まずいな。と思う。

 力で拘束されたらかなわない。

「失礼な口きいたからには謝ってもらわなきゃな?」

「あ……ぐ……っ」

 謝ればいいのかと言葉を出そうとするが、顎を強力な力で掴まれて声が出ない。

 たぶん、思考は淡々と流れるものの今、自覚以上の恐怖を感じているらしい。

 汗が噴き出て来た。

 とにかくなにか言わないと。

 きゃーとかうわーとか。

 そう思ってるのに声が出ない。

 脳内で叫ぶのが精いっぱいだ。



「た……」



 助けて……。ください。

 どなたか、親切な方……。

 もうえり好みはいたしません。

 通りすがりの方でも、このさいごっついやばい系の方でもいいんで。

 なんだったらお化けとかでも。

 異世界出身者とかでもかまわないんで――。



 どごっかきんと、漫画のような音がして、二人の男が倒れた。



「制裁を受けるのはお前らのほうだ」



 ごほとほと、激しくせき込んで、咳が出せるということは、顎を解放されていると気付く。


「な、なんだお前……」


 後方に尻餅をついた、二人の視線の席を、たどる。

 一人、男性が立っている。

 漆黒ストレートの髪に紺色の瞳。

 ミッドナイトブルーの燕尾服にピュアブラックのネクタイ。

 襟の折り返しには、モーヴシルバーの蔦模様。

 なんだかどこかで見たことのある服装?


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