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第3章 執事と主様と小学生①

「は~」

 二月に入ったある夜。 

 アパートの机の上の鏡に映る自分の顔を見てげんなりする。

 目の下にクマ。

 頬は落ちくぼみ。

 酷い顔をしている。




「んー、改稿案浮かばん……!」

 ネット小説の書籍化が決まったはいいものの、いったん仕上がった小説を一から直すのはけっこうな労力がいる。

 しかも腹部から胸にかけての鈍い痛みがあるというありさま。

 生理二日目で気分も最悪。

 今回も重い……。

 頭痛までする気がしてきた。



「主様、大丈夫ですか」

 となりでは優しく囁きながら、紺の瞳に、白いジャケットなんかを来たイケメンが椿の花なんか活けている。

「ハーヴェイ、花なんか買ってきてどうしたの?」

 と聞いたのは、半分かまかけだ。

 疲れているので、癒しを期待してしまった。

『主様のために』なんて、言ってくれるに違いない。

「あ。すみません。この世界でここにいない誰かへの想いはどう表現したらよいかわからなかったので」

 ……ん?

「大事な人に、毎月一輪、花を捧げているんです」

「……ふーーん」

 しまった。ちょっと不機嫌な声が出てしまった。

 ……なんだよ、主様が一番大事じゃないのかよ。

 ちょっとすねるじゃないか。

 乱雑に首をひねった拍子にまた、頭痛を感じる。



「あ、いたた……」

 するとハーヴェイが駆け寄ってきた。

「主様。今日はもう休まれてはどうでしょうか。ずっと働き詰めでは疲れてしまいます。倒れてからでは遅いですよ」

「……って、あんたに言われてもね」



 土木工事のバイトが終わってからも主様を守るためとか言って筋トレしているし。

 遅くまで本を読んで、この世界のことについて勉強してるみたいだし。

「俺では、説得力がありませんか?」

 苦笑するハーヴェイに、ちょっとだけ、優しい気持ちが戻ってくる。

「……気遣ってくれてありがと。でもハーヴェイこそ早く寝なよ」

「主様。もしよろしければ、キッチンに……」



 ん?

 言われるがままにキッチンに行くと、コトコトと鍋が音を立てている。

 いい香りするし……。

「その……。簡単なスープしかできなくて。悔しいです。主様の健康をサポートしたいのに」

 お玉ですくって味見をしてみると。

「……おいしい」

 わたし以上に、作った本人が驚いていた。

「ほんとうですか?」

「うん。すごくあったまる。ありがとう」

 スープに入っているのは、にんにく、にら、生姜、タマネギ、長ネギ――。

 なんかどこかで見た組み合わせだなと思った。

「あっ……!」



『癒執事』に出てくるマメ知識だ。

 生理痛に効くレシピとして紹介されてた食材。

「……」

 ハーヴェイ。

 きっと気付いてて。

 あえて聞き出そうとせずにこうして労わってくれたんだ。

 ……。

「ありが、とう」

「なにをおっしゃっているんですか。執事として、当然のことをしたまでですよ」

「……」

「主様? どうかされましたか」



 わかってる。

 彼はそういうキャラとして設定されてるから、こうしてわたしを労わってくれているんだということは。

 でも、なんだか最近はそれが。

 少し、わびしくて……。

 なにも言えずにいると、そこへ、階段を上ってくる音が響いてきた。

「っ……」

 無意識に、身体が縮こまる。

 集合住宅なんだから、誰かが階段を使うのは当然だ。

 わかってる。なんでもないことだ。

 だけど……。

 今だこの音には慣れない、理由がある。

 どうしても不安定になってしまう。

 特に静かな夜は。

 ふいに、ぎゅっと抱き寄せられた。




「大丈夫ですよ、主様。階段の音が、怖いんですね」

「うっ……」

「万が一怖いことがあれば、この身を徹してでも俺が守りますから」

 そっと顔を上げれば、紺の瞳が、優し気に微笑んでいる。

「いざというときにはこの紋章が、主様を守ってくれます」

 ハーヴェイが示したのは、私服のときもたまにつけている、いくつもの宝石がついた小さな紋章たち。

「……」



 不安だ。

 アプリ内では、執事と一緒にリラックスヨガや瞑想、会話などをするたび、「主様の不安の化身」である悪魔が、主様の身体から離れたということで、執事の紋章となって記録されていく。

 これが溜まると、ストーリーが見られるようになってる。

 課金なしでは、悪魔が主さまの不安の化身の悪魔をやっつけるショートストーリーが見られる。

 執事がやっつけるたび悪魔は執事の紋章に封印されていく。

 その続きの物語は、課金しないと見られない。 

 超泣けるとネットで話題になっていたので思わず一度だけ課金した。

 それは、強大な悪魔が現れ、執事が紋章の力を解き放ち、自分の身を悪魔に食わせることで立ち向かう、というもので――。

 そのラストは……。



「ねぇ」

 そっと、その胸に手を添えた。

「ハーヴェイこそ、自分を大事にしてよ」

「主様……?」

「悪魔にその身を食べさせようなんて思わないでね」

 ハーヴェイはあいまいに微笑んで、あやすようにわたしの背に手を添えた。


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