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 そんなこんなで順調にひと月が過ぎた。

 ハーヴェイは日中はバイトに出かけるが、夜は家に帰ってくる。

 主様のお世話もないがしろにできないということらしい。

 夕方から買い物に行って帰ってくると、ハーヴェイが戻ってきていた。

「お、お帰りなさい、ませ……主、様……!」



 ベッドのわきに吊り下げた宝石『キャンドルナイト』も迎えてくれる。 

 うん、家に帰って誰かがいるっていいな。

 そういえば最近夜が辛くない。

 この宝石のおかげかはわからないけど。



「う……くっ」

 ん?

 ハーヴェイの声が、なんか切羽詰まっているような。

 ふと部屋の奥を見ると、たたまれた布団に腰掛け、トレーナーに着替えたハーヴェイが、スマホを手に目を拭っている。

「ど、どうした⁉ なんかあったの?」

「あ……主様……。すみません、恥ずかしいところを見られてしまいました……」





 駆け寄ったはいいものの、その目の端の光るものを見て、どきりとしてしまう。

 男の人の涙とか、免疫なさすぎてどうしたらよいのか……。

 てかスマホいつの間に買ったんだ。

 なんか使いこなしてるみたいだし……。

「あ! わかった!」

 涙の原因にひらめいてしまった。



「『癒執事』のアプリ見てたんでしょ! それで向こうの世界が恋しくてホームシック? ……大丈夫?」

 ハンカチでとりあえず目の端を拭ってやると、

「ふっ……。残念ながら外れです」

 なんか意味深に微笑まれた。

「はじめてこちらの世界に来たときから、俺たちの世界との行き来は自分の意志でできるようなんです。主様がいらっしゃらないときは、たまに戻って、後輩執事の訓練もしているんですよ」

 そうだったのか。

 ハーヴェイがスマホに表示したのは、小説投稿サイトの画面だった。




「仕事の休憩中、仲間に『カノジョはなにやってる人なんだ?』と訊かれて、作家さんをされていますとお答えしたら……あ、カノジョではなく、主様ですと、訂正もしておいたのでご心配なく」

 うん。その訂正あんまり意味がない気もするが。

「こちらの世界はスマホというもので物語を読むことがあるときいて。いてもたってもいられず、その足でスマホを契約して……。すみません。ほのさまのお名前で検索して、小説を読んでおりました。無断で申し訳ありません」

 な、なんだ……。

 てかこっちの世界に順応しすぎだろ。

「ほの様。俺は感動しました。音楽や芸術を題材にしたもの、遠い異国のファンタジーなど、ジャンルは様々でしたが……」



 てかもうすでに何作品呼んだんだ?

 この前まで文字習得中とか言ってなかったっけ?

 そうか、公式設定に明確な情報はないけど。

 イベントシーンでの後輩執事たちへのそつのない指導。効果的な戦術をいくつも編み出している事実。

 こいつ、頭もいいんだな……。

「俺はそのいずれにも、なにか、熱のようなものを感じたんです」

「は、はあ……」

「主人公は辛い境遇を背負っていることが多いですが。それでも……この人生を生きたいと思わせるもの。形のない熱。そんなものが物語の根底に流れているような気がしたんです」

「……」

 なんだろう。

 ハーヴェイの言葉と熱い視線に呼応して、それこそ熱のようなものがどっと胸の中から溢れてくる。

「……嬉しいよ」

 呟いた言葉は、予想外に重く響いた。

「……その。俺は、ここまで強く、生きることに執着する感情があまりないというか……」

「うん」



 それも、知っている。

 ちら、とスマホを掲げた腕。その袖か覗く傷。

 これは彼の全身に渡っている。

 辛い過去ゆえ、生きる事への執着が少なく、自分の身体を酷使してしまうことを。

 知ってる。



「……そうだよね」

 思いのほか入りかけた深い話が、普段言わないことを喉元に上らせる。

「あたしもしょっちゅう、もう死にたい~とか思うし、生きることから遠ざかることってあるよ」

「ほの様……!」

 ハーヴェイは心から苦しそうに顔を歪めた。

「なにをおっしゃるんですか。そんなことを言わないでください。俺の大事な人なのに」

「ごめんごめん」



 ちらと、先ほどから壁に反射するオレンジの光が目に入る。

『キャンドルナイト』の宝石が揺れて、夕暮れ時の光を投げかけていたんだ。

 ……そういえば。

 死にたいとか、そんな極端思考からも最近は遠ざかってる気がする。

 意味もなく、なぜだか笑みがせり上がってくる。



「でもね。だからこそ、同じようにもう嫌だって思ってる人に、この世の中にも、生きるに値するものがあるかもって。ちょっとでも目線を方向転換してもらいたくて。そんな想いで書いてる、かな……」

 そうか。

 ウェブ小説書籍化の話、即決しちゃったのも。

 お金以上に、こういう想いがあったから、なのかもしれないな……。



「なかなかお金にはならなくて、大変だけどね」

 そう言ってごまかすように笑ったけど、ハーヴェイは真剣な表情を崩さなかった。

「きっと、主様の物語は、もっとたくさんの人の心に響くと思います。響いて、欲しいです……」

「ありがとう」

「……」

「……?」

 なんだ?

 今もしかしてわたし、彼と見つめ合ってる……?

 顔に血が上った気がして、慌てて視線を逸らす。




「じゃ、お風呂入って今日はもう休もうか」

「そうだ、その前に、ほの様」

「ん?」

 ハーヴェイはたたまれた布団の後ろから、ごそごそとなにかを取り出そうとしている。

「給料が出たので、買ってきたんです。こちらにいさせていただけるお礼、というか……」

「えっ。いやいや、そんな……」

 生活費も自分でやりくりしてくれてるし、じつは家賃も大幅負担してくれてる。

 こっちとしては不満の一つもないが。

 朝起こしてくれたり、いつも色々世話妬いてもらってるし。

 振り向いたハーヴェイは顔を赤らめていて。




「店でたまたま見かけて、見入ってしまって。きっと……ほの様に似合うと、思いまして」

「……ん?」

 なんだろう、なんで嫌な予感がするんだ?

「これです……!」

 ハーヴェイが広げたのは、ビニールに覆われハンガーのかかった衣装だった。

 薄っぺらいピンクの生地にどでんとでかい真っ赤なリボン。

 スカートにもいくつもついている。

 そしてやたらとくっつけてあるデイジーの造花。

 ……かなり安っぽい。

 どうやら、パーティー用の仮装衣装らしい。

「あのね……」

「気に入りませんでしたか? 主様がお召しになればきっと……その、かわいいと、思ったのですが」

「うーん」



 ぼそっと照れながら言われると余計言いづらい……。

「えっと。ありがとう。もったいないから、しまっとくよ。なんかのパーティーのときに使うね」

 パーリーピーポ―たちのパーティーに参加する機会があればだけどね。

「主様……!」

 ぱっと、ハーヴェイは顔を上げた。

 微笑むその顔は純度に満ちている。

 うーんこれで、センスがも少しあればなぁ……。

 製作陣としては、なんでも完璧にこなす彼に設定を加えたことで、ギャップ萌えを狙っているんだろうが。

 いやいや、これがアプリ内でのストーリーイベントならたしかに萌えるが、現実だと対処に困るだけである。

「あのさ、ちなみに、これ、どこで――」

 と言いかけてやめる。

 答えは明白だったからだ。

 この値段、この仕様。

 クローゼットを開けながら、独り言ちる。

 ぜったいディスカウントショップで買っただろ、これ。


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