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「……とは言ったものの」

 電車から最寄り駅で降りた、帰り道。

 あまりの晴天の霹靂に一も二もなくとびついて、契約を交わしてきてしまったが。

 書籍化検討を打診されたとは言っても、書籍化確定とは違う。

 ウェブ小説の形でほぼ完成形があるとはいえ、これから形になるよう精度を上げるべく、改稿を重ねて……と、長い長い道のりが待っている。

 収入が得られるのは不確定かつ、かなり先の話だ。



「やっぱ働かなきゃかな……」

 だが。

 今回の話も受け、さらにもう一つ副業となると……スケジュール的に厳しい。

 どうしたもんかな。

 うーーーん。

 気がついたら、アパートの前の道で立ち止まっていた。




「いやぁ、兄ちゃん。助かったよ。トラブル処理のほかにも、建物の修理の依頼まで、半日で終わっちまうなんて」

「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」



 うん?

 なんか今聞き覚えのあるイケボが……。

 見ると、一方通行の道路標識の前に、道路工事作業服を着た方々と、この寒いのに半そでTシャツ姿のハーヴェイが立って和やかに談笑していた。

 どうやら、標識は折れたか劣化したかしていて、今新たにしゃんと建ったところらしい。



「あんたどこの人だい? 家この近く?」

 道路作業員の方にそう尋ねられ、ハーヴェイはにこやかに首を振り、

「いえ。俺の出身は、この世界ではなく――」

「わ~~っ」

 それ以上言ったら、せっかく仕事を手伝った彼が、奇異の目で見られてしまうので、割って入ることにする。




「ハーヴェイ、ただいま!」

「主様。お帰りなさいませ。思ったよりお帰りが遅かったので、心配しておりました」

「すごいね。道路標識の修理手伝ってたんだ」

「俺のとりえといえば、力仕事くらいしかありませんから」



 いやいや、そう謙遜するけど、なかなかすごいぞ。

 ……そういえば趣味、人助けだったなこいつ。

 なんて感心していると、ハーヴェイが身をかがめてきた。

 そっと耳元で囁かれる。

 ちょっとだけ眉を上げて、いたずらっぽく微笑んで。

「いえ……今日のこれは完全に純粋な人助けでは、ありません」

 ん?



「なあ兄ちゃん!」

 首を傾げていると、作業員の方で一番ご年配そうな方が威勢のいい声をかけてきた。

「ひまなら、俺たちの仕事手伝ってみないか? 若いもんが入ってくれると助かるんだがな」

「おう、そりゃいい」

「かわいいカノジョもいて無職なんて、そりゃぁいけねえよ?」

 他の方ものりのりである。

「日給一万五千でどうだ! 人でなら足りてねえから、週なんべんでも入ってくれや」

 えっ。

 日給一万五千?

 週なんべんでも……?

 それは、月給に換算すると。

 底辺作家のわたしにしてみたらけっこうな額だ。



「ほんとうですか?」

 ハーヴェイは心から嬉しそうに微笑んだ。

「力の限り、みなさまのお役に立ちます。ぜひとも、よろしくお願いします」

「うっし決まりだ! 上にかけあってやるよ。なに心配ない。俺もここにゃ長いから、大船に乗ったつもりで待ってな!」

 ばしん、とご年配の方がハーヴェイの背中を叩いてくれる。

「あたしからも、ありがとうございました……」

「なに、カノジョ。礼を言うのはこっちのほうよ!」




 作業員の方々とお別れしたあと、アパートまでの道すがら、ほっとハーヴェイは胸をなでおろした。

「よかった。これで主様の生活にもお役に立てそうですね」

「え……?」

「生活費のこと、ずっと考えておられたたのが心苦しく。働いて、パートナーの生活を支えるのは、当然のことです」

「は……」

 どくん、どくんと。

 さりげなく支えられた背中の下が、熱を持って脈打っている。

 そうか……。

 それが、当然、なのか。




「どうしました?」

「いや……。なんていうか、新鮮で」

 ちゃんと働いて生活を支えてくれる人かぁ……。

 妙にしみじみとしてしまって、怪訝そうな顔をされたが、ハーヴェイはそういえば、と他に思い出したことがあるらしく、

「そういえば、お仕事のほうはいかがでしたか。主様のお仕事は、本に関するものなのですよね」

「あ、うん。一応作家です」

「ずっと気になっていたんです。どんなものを書かれているのですか」

「うーん。物語、っていうのが一番わかりやすいかな」

「そうですか……。じつは今、この世界の文字を習得中なんです。主様の書かれた物語も、読んでみたいですね」

「あ……」




 気がついたら立ち止まって労わるように手を取られていて。

 少し後ろで、作業員の方がしみじみ呟いてる。

「いや、青春だね」

「若いっていいよなぁ」

 は、恥ずかしい……!

「俺も仕事も得られましたし、主様、戻りましょう」

「う、うん……」

 そのまま歩き出す。

 が。

「それにしても、こんなでかい一方通行標識、誰がひっこぬいたんだか」

「悪質ないたづらだよなぁ」




 ……ん?

 耳に挟んだ作業員のみなみなさまの会話が、妙に引っかかる。

 そういえばここって……数日前変なやつに絡まれて、ハーヴェイに助けられたところだよね。

 あのとき、剣の代わりに彼が使っていたやたらでかい白い長い棒って――。

 おそるおそるとなりを見ると、寒さに顔を赤らめはにかんで笑うハーヴェイがいた。

「主様が幸せそうで、嬉しいです」

 徐々にそこから、目線を逸らしていく。

 うん、ここはもう、考えないことにしよう。


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