⑦
「……とは言ったものの」
電車から最寄り駅で降りた、帰り道。
あまりの晴天の霹靂に一も二もなくとびついて、契約を交わしてきてしまったが。
書籍化検討を打診されたとは言っても、書籍化確定とは違う。
ウェブ小説の形でほぼ完成形があるとはいえ、これから形になるよう精度を上げるべく、改稿を重ねて……と、長い長い道のりが待っている。
収入が得られるのは不確定かつ、かなり先の話だ。
「やっぱ働かなきゃかな……」
だが。
今回の話も受け、さらにもう一つ副業となると……スケジュール的に厳しい。
どうしたもんかな。
うーーーん。
気がついたら、アパートの前の道で立ち止まっていた。
「いやぁ、兄ちゃん。助かったよ。トラブル処理のほかにも、建物の修理の依頼まで、半日で終わっちまうなんて」
「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」
うん?
なんか今聞き覚えのあるイケボが……。
見ると、一方通行の道路標識の前に、道路工事作業服を着た方々と、この寒いのに半そでTシャツ姿のハーヴェイが立って和やかに談笑していた。
どうやら、標識は折れたか劣化したかしていて、今新たにしゃんと建ったところらしい。
「あんたどこの人だい? 家この近く?」
道路作業員の方にそう尋ねられ、ハーヴェイはにこやかに首を振り、
「いえ。俺の出身は、この世界ではなく――」
「わ~~っ」
それ以上言ったら、せっかく仕事を手伝った彼が、奇異の目で見られてしまうので、割って入ることにする。
「ハーヴェイ、ただいま!」
「主様。お帰りなさいませ。思ったよりお帰りが遅かったので、心配しておりました」
「すごいね。道路標識の修理手伝ってたんだ」
「俺のとりえといえば、力仕事くらいしかありませんから」
いやいや、そう謙遜するけど、なかなかすごいぞ。
……そういえば趣味、人助けだったなこいつ。
なんて感心していると、ハーヴェイが身をかがめてきた。
そっと耳元で囁かれる。
ちょっとだけ眉を上げて、いたずらっぽく微笑んで。
「いえ……今日のこれは完全に純粋な人助けでは、ありません」
ん?
「なあ兄ちゃん!」
首を傾げていると、作業員の方で一番ご年配そうな方が威勢のいい声をかけてきた。
「ひまなら、俺たちの仕事手伝ってみないか? 若いもんが入ってくれると助かるんだがな」
「おう、そりゃいい」
「かわいいカノジョもいて無職なんて、そりゃぁいけねえよ?」
他の方ものりのりである。
「日給一万五千でどうだ! 人でなら足りてねえから、週なんべんでも入ってくれや」
えっ。
日給一万五千?
週なんべんでも……?
それは、月給に換算すると。
底辺作家のわたしにしてみたらけっこうな額だ。
「ほんとうですか?」
ハーヴェイは心から嬉しそうに微笑んだ。
「力の限り、みなさまのお役に立ちます。ぜひとも、よろしくお願いします」
「うっし決まりだ! 上にかけあってやるよ。なに心配ない。俺もここにゃ長いから、大船に乗ったつもりで待ってな!」
ばしん、とご年配の方がハーヴェイの背中を叩いてくれる。
「あたしからも、ありがとうございました……」
「なに、カノジョ。礼を言うのはこっちのほうよ!」
作業員の方々とお別れしたあと、アパートまでの道すがら、ほっとハーヴェイは胸をなでおろした。
「よかった。これで主様の生活にもお役に立てそうですね」
「え……?」
「生活費のこと、ずっと考えておられたたのが心苦しく。働いて、パートナーの生活を支えるのは、当然のことです」
「は……」
どくん、どくんと。
さりげなく支えられた背中の下が、熱を持って脈打っている。
そうか……。
それが、当然、なのか。
「どうしました?」
「いや……。なんていうか、新鮮で」
ちゃんと働いて生活を支えてくれる人かぁ……。
妙にしみじみとしてしまって、怪訝そうな顔をされたが、ハーヴェイはそういえば、と他に思い出したことがあるらしく、
「そういえば、お仕事のほうはいかがでしたか。主様のお仕事は、本に関するものなのですよね」
「あ、うん。一応作家です」
「ずっと気になっていたんです。どんなものを書かれているのですか」
「うーん。物語、っていうのが一番わかりやすいかな」
「そうですか……。じつは今、この世界の文字を習得中なんです。主様の書かれた物語も、読んでみたいですね」
「あ……」
気がついたら立ち止まって労わるように手を取られていて。
少し後ろで、作業員の方がしみじみ呟いてる。
「いや、青春だね」
「若いっていいよなぁ」
は、恥ずかしい……!
「俺も仕事も得られましたし、主様、戻りましょう」
「う、うん……」
そのまま歩き出す。
が。
「それにしても、こんなでかい一方通行標識、誰がひっこぬいたんだか」
「悪質ないたづらだよなぁ」
……ん?
耳に挟んだ作業員のみなみなさまの会話が、妙に引っかかる。
そういえばここって……数日前変なやつに絡まれて、ハーヴェイに助けられたところだよね。
あのとき、剣の代わりに彼が使っていたやたらでかい白い長い棒って――。
おそるおそるとなりを見ると、寒さに顔を赤らめはにかんで笑うハーヴェイがいた。
「主様が幸せそうで、嬉しいです」
徐々にそこから、目線を逸らしていく。
うん、ここはもう、考えないことにしよう。




