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第二章『緑の世界』(2)

 その日の昼休み、瞬を囲うようにして皆で話をしていた。

「まさか瞬が東京行くとはなー」

 晴彦は大げさなくらい感嘆していた。他の皆も、うんうんと頷いている。


「まあ、東京のほうが美術系の高校とか大学多いから」

 そう言った瞬に対して、クラスメイトの(あきら)が胸を張って言う。

「俺なんて、夢とかなーんもねえよ!」

「俺も俺も!」

 晴彦も明に続いた。


「そこは自信もって言うことじゃないだろ」

 クラスメイトの純太(じゅんた)が冗談混じりに言う。

 なんとなくその会話が冗談に捉えられなかった。


 すると、恵美と数人の女子グループも会話に加わった。

「でもそろそろ進路も考えないと行けなくなるよね」

「そんなん、まだ考えらんねーよ。中三になるとは言え、俺たちまだ中二だぞ?」

 明が非難するように口を開いた。

「だよね」

「瞬は本当すごいよ」

 皆がきらきらした目で瞬を見る。

「…………」


 そんなことを言っている皆だって嫉妬まではいかないものの、きっと瞬が羨ましいと思っている。もともとこの町は、約十五年前に隣町で起きた草鬼事件という事件の所為もあり、かなり閉鎖的な環境だ。あまり外部の干渉も受けず、狭い世界で皆と行動を共にし、同じような想いを抱きながら過ごしているのだ。

 決して表には出さないが、不審な動きをしないか皆、監視し合っている。


 だからこそ、中学二年生で明確な夢を持ち、そして行動を起こすということが、特にこの田舎町では困難なのだ。


 そのことに、皆は気づいているのだろうか。

 自分たちは瞬のように、世界から抜け出せるほどの想いを何か一つでさえ、持っていないということを。


「でもさ、高校は皆一緒だよね」

「K高校が一番近いし」

 女子たちがにこやかに言う。

「……ねえ? 岩崎君もそう思うでしょ?」

 なぜ均に同意を求めるのか。瞬もいるのにこんな話をしていいのだろうか、と冷や汗ものだった。


「……うん。そうだな」

 均が机に頬杖をつきながら微笑んで言うと、皆は露骨にほっとしていた。一人でも多く同じ意見がほしいのだ。

「だよな! この中学校出身のヤツはたいがいK高校だろ! それに皆とバラバラなるのも嫌だし」

「やっぱ、誰一人欠けることなく進級したいよな」

「…………」

 別にそうは思わない、とは今の均には言えなかった。





 終礼後、均は机の横にかけている鞄を手に取り、席から立ち上がる。すると、

「均! 今から明の家でゲームしようぜ!」

 と、晴彦が声をかけてきた。

 今日は水曜日で毎週水曜日は全ての部活が休みになっているからだ。要はそこまで本気でやっている部活動は少ないのであった。


「うん。いいけど」

「じゃ、決定な! 他に瞬もいるから」


 「そうと決まれば早く帰ろうぜー」と、晴彦が寄ってきて、それが合図のように瞬と明もこちらにやってきた。晴彦は均たちを引き連れるように歩き出した。教室を出る手前で恵美が均と瞬、明の横を追い越すように通り過ぎた。


 そして恵美は晴彦の襟元を後ろから引っ張った。

「ぐえ!」

「なに帰ろうとしてるのよ?」

 晴彦は座り込み、咳を繰り返していた。


「ちょっと! あんた、三班だから教室の掃除当番でしょ! まだ帰っちゃだめ!」

「……お前、俺を殺す気か」

「なによ。軽く引っ張っただけじゃない」

「あれで軽くなんて、お前将来プロレスの選手なれるぞ」

 ま、その時は会場行って応援してやるよ、と言って晴彦は首をさすっていた。


「あんたなんかに応援にきてほしくないわよ! それだけでダウンするなんて、あーだらしない!」

「そーだぞー。女子の恵美ちゃんにダウン取られるなんて、晴彦君ダサーイ」

 明がふざけて口を挟む。


「うるさい! でもな、否定しないってことは、まじで恵美はプロレスの選手なる気だぞ!」

「馬鹿言わないで! 晴彦の低脳さに付き合ってあげただけよ」

「なんだと!」

「なによ!」

「――ねぇ、邪魔なんだけど」

 急に後ろから聴こえてきた声に、均も含め皆が振り返る。


「掃除の邪魔するなら早く教室から出ていってよ。そこにいられると邪魔だよ」

 優香が箒を持って立っていた。優香も教室掃除の当番のようだ。

 ドア付近に男女数人が集まっているのだから、掃除当番からしたらかなり邪魔だった。


「あ! ごめんね。すぐ掃除させるね」

 恵美は弁解した。あからさまにびくびくしている。

「別に、無理に掃除してほしいわけじゃない。邪魔だから、そこから退いてほしいだけ」

 きっぱりと、そして冷たく言い放った。


 均は久しぶりに大川が喋ったのでなんとなく嬉しくなった。半面に瞬は少し慌てていた。

「じゃあ、俺たち先に明の家行っとくから、後から来てよ。……大川さんごめんね」

「別に、退いてくれればそれでいいから」

 瞬は均たちを半ば無理やり引っ張って、教室の外に連れ出した。


「瞬、なに焦ってんの?」

 明が不思議そうに問い掛けた。

「……別に、焦ってなんかない」

 瞬は均たちを引っ張っている。均たちは顔を見合わせ、首を傾げた。

 気になって瞬の横顔を盗み見るが、僅かに見える瞬の横顔は赤かった。



   *



 今日は終業式で瞬の最後の登校日だった。終業式が終わった後、特別に教室で瞬のお別れ会をした。合わせて何リットルの涙が流れたか、興味がわくほどだった。


 お別れ会が無事終わったが、均は早めに教室から抜け出して職員室に向かった。

 美術部の『未来』というテーマの作品が完成していないので、美術室を使わせてもらおうとしていた。終業式に部活動をする人はいないというのもあり、部活動に熱心な奴に思われたくなくて、早足で職員室に向かった。


 下駄箱に均の下靴があっても、皆が美術室に均がいるとは夢にも思わない。普段均は部活動を渋々やっているからだ。ただ作品を蔑ろにしたいわけではないので、完成までもっていきたかったのだ。


 職員室に寄って、美術室を使わせてもらうために近くにいた先生に使用許可を貰った。

 美術室に入り、準備室からイーゼルとキャンバス持ってきていつもの窓際に座った。


 この学校には北門と南門がある。ほとんどの生徒は南門から入るのだが、一部の人は北門から出入りする。ちなみ均は南門だ。北門は美術室側にあり、四階の美術室から下を見れば北門に続く道が見える。


 優香がその道を歩いてくるのが見えた。優香は普段北門から出入りしていて、均は密かに優香が帰っていく姿を美術室から見たりしている。

 お別れ会は全員参加だったので、ちょうど帰るところだろう。


 すると、優香の十数メートル後ろから、男子生徒が走ってきていた。

「大川さん!」

 男子生徒が優香の名前を呼ぶが、聞いたことのある声だった。


 目を凝らせば、その男子生徒は瞬だった。

「……なぜ?」

 ちょうど美術室の下辺りで二人は向かい合った。それを均はまじまじと眺める。


 均はこんな観察していていいのか、と思ったが、非常に奇妙な組み合わせなので素直に緑の風景とキャンバスだけを見ているわけにはいかなかった。窓を開けているので、隠れるようにして二人を見た。


 瞬が緊張した面持ちで優香に何かを言おうとしている。

 なんとなく瞬の顔が赤いところを見ると、もしかして、もしかすると、これは例の“あれ”だと、均は確信した。


「どうしたの?」

「ちょっと時間あるかな?」

 優香は頷く。瞬がわざとらしく、ゴホンと咳をした。

「……俺さ……前から言いたかったことがあって」

「うん? なに?」

「えーと……俺、実は……」


 均の身体はキャンバスに向いているが、顔は二人に向いている。

 ごくん、と均は唾を飲み込んだ。

 その時、少し強めの風が吹いて近くの草木が揺れた。風の音と草木同士がすれる音で、肝心の言葉が聴こえなかった。

 均は無意識に小さく舌打ちをしていた。


「……もう俺、東京に引越しちゃうからさ、気持ちだけ伝えようと思って」

 遠めでもありありと判るほど、瞬の顔は真っ赤になっていた。

「……うん」

 優香は、こんな状況でもいつもの冷たい表情をするだろうと思った。

 そうなんだ、と言って、踵を返すのではないかと。


「――ありがとう。宮辺君」

 でもそうではなかった。優香は微笑んだのだった。それはもう優しく笑みを浮かべたのだ。


 その様子を見て、均は思わず目を見開いた。

「うそだろ……」


 瞬が優香を好きだったということよりも、優香が普段の様子からは想像できないような微笑みをしたことが、今はなぜか衝撃的だった。


 この時均は、瞬が優香の笑顔を独り占めしていることに、心の中がじりじりと燃える何かを感じた。この感情は瞬が東京に行くということに対しての感情にも似ている気がした。


 二人はその後も会話を続けていたが、二人の笑顔を見ていると居心地が悪くなってきたので、均は逃げるようにして静かにこの場を去ってトイレに足を向けた。





 用を足しながら、とんでもないものを見てしまったと後悔していた。

 しかし内心ほっとしているのも事実だった。瞬が優香に付き合ってくれ、と言わなかったことは心の中のじりじりと燃え盛る気持ちが少し和らいだ。


 優香は均たちが中学二年になった頃にやってきた。こんな田舎町に引っ越してくるなんて可哀想な奴だと均は勝手に同情していたが、優香はあまり人と喋らなかった。その所為でクラスメイトからは距離を置かれていた。もっとも、優香は距離を置かれていたのではなくて、自ら距離を置いていたようにしか見えなかった。


 瞬は優香と、まともに喋ったことなどない。瞬とはいつも一緒に行動しているのだからまず間違いなかった。

 そんな優香に瞬は好意を寄せていたのだ。

 全く知らなかったし気づかなかった。


 そして優香があんな笑顔をしたということを、均は知りたくはなかった。


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