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其処に草が生えている 緑之章—踏み潰す—  作者: 宮林 實
第一章『此処は何処』
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第一章『此処は何処』(2)

 入学式から三日後に新入生交流会があり、大喜に半ば無理やりに誘われ参加することになった。


 新入生交流会をする場所は、大学の食堂だった。特別に二時間ほど貸し切り状態にしていて、外部から頼んだ料理ではあるが、軽く摘まめるような料理がテーブルに並べられている。


 十七時からのスタートだったが参加者もかなりいるようで、大喜と食堂に入った時には既に賑やかだった。


 そもそもこういう場所に積極的に参加するのは、一部の活発な人達だ。均も大喜に誘われなければ、食べ物がなければ、絶対に参加しなかった。


 参加費は無料だった。お金をかけずに飯を腹に入れることができるというのは、一人暮らしには嬉しいものだ。正直交流することよりもそちらの方が重要だった。


「均、あっちの人が多いところに移動しようぜ」

「え。食べたいんだけど」


 料理が置かれているところを指差す。すると大喜はあからさまに呆れ顔になった。

「馬鹿か。まずは交流だろ。食べ物は二の次だ」


 そう言って、大喜は大人数で話をしている人たちに喋りかけた。数秒後には最初からそこにいたかのように打ち解けていた。


「……フランクすぎだろ」

 小さな声で呟く。

「均! 何やってんだ!」

「…………」


 大喜に呼ばれ渋々輪に入った。

 男女合わせて六人のグループだった。既に和気藹々と話をしている。


 なんとか会話に加わっていたが、見渡してみると皆は飲み物を飲むだけで料理はあまり手をつけていなかった。本日の夜ご飯は交流会の料理をあてにしているから、絶対につまみ程度では駄目だ。


 均は密かに抜け出した。そして手の付けられていない料理を皿に盛っていく。

 料理を盛ったあと、なんとなく戻るのが憂鬱になった。だからと言って、ここに一人いることも良い気分ではない。


 均は皆と仲良くなりたいわけではない。でも大喜がわざわざ誘ってくれたのだ、と言い聞かせ、料理を持って皆の元へ戻った。


 戻ると、皆が楽しそうに均を見る。

「あ、来た来た! 岩崎君どこに行ってたんだ?」

「いや、食べ物を……」

「今さ、皆で話してたんだよ」

 一緒に喋っていた一人が均に言う。その顔を見るとあまり良い予感がしなかった。

「何を?」


「岩崎君は今付き合ってる人いる?」

「え」

 均は固まった。


 固まっている均を見て何を思ったのか、隣の男に肩を叩かれた。

「まあまあ。これからだよ。一緒に大学デビューしよう!」

「…………」


 数人に小さく笑われた。無理やりガッツポーズをさせられて少し腹が立ったが、女子数人もクスクス笑っていたのが見えて、均はかっと顔が熱くなった。


 どういう意図と流れでこんな事になっているのか解らなかった。だが、均には皆が嘲笑っているように見えた。


「お前、付き合ったことないの? じゃあ俺が協力してやるよ。この年で今まで一人も彼女いないのはつらいからな」

 その流れに乗るように大喜が言った。いらんことを言うなと叫びたかった。


「……今はそういうことは考えられないんだ」

 正直に答えたが、周りには言い訳に聞こえたらしく、もっと笑われた。


「そもそも俺、今は彼女いないけど、高校の時はいたし」

 言ってから後悔した。その言葉もかなり言い訳に聞こえてしまう。


 案の定、皆は均の言葉を信じていないようだった。皆は、これから均のことを苦し紛れに興味のないふりをして、さらにその保険として昔は彼女をいたことにした、ただのしょうもない男だと思うのだろう。


 実際俺はしょうもないさ、と均はなんとか心を静めた。

 しかしこれ以上ここにいる図太さも持ち合わせていなかったので、逃げるように輪から外れた。


「おい! 均、どこ行くんだよ!」

 大喜が追いかけて呼び止めた。かなり不服そうだった。


「帰るんだよ」

「なんでだよ? お前食べたいって言ってた飯も食べてないじゃん」

「もういいよ。別に帰ってもご飯あるし」

 嘘だった。


「……まさか、さっきのことで怒ってるのか? 別に俺は悪気があって言ったわけじゃねえよ」

 本気で困った顔をした大喜は、本当に悪気がないようだった。それを裏がないというべきなのだろう。


「お前はそうだろうな」

 数日しか付き合いはなかったが、大喜がそういう奴だということは理解していた。

 ある意味一番やっかいもしれなかった。


「でも俺は嘘は言ってないから。……じゃあな」

 均が背を向けても、大喜は「おい」と声をかける。

「なんだよ」

「あと少しでビンゴ大会始まるぞ」

「……もう帰るって言ってるだろ」

「…………」

 均はろくに料理に手をつけないまま、交流会をあとにした。





 家には歩いて帰ってきたが、その間の記憶がなかった。頭が限界を超えたモーターのように熱く唸っている。

 ベッドに身を投げる。


 時間が経つにつれ、冷静になるにつれ、苛立ちと情けなさが増幅した。もっとうまく言うこともできたかもしれないのに、と。


 あんな感覚は初めてだった。地元では皆無だった感情だ。

 あからさまな疎外感。それはあまり得意ではない恋愛話を持ち出されたからではなかった。


 均は今までどれだけ安穏とした環境だったのかを理解した。閉鎖的だったが、だからこそ少し気を抜いても本心を悟られることなく、表面上気分良く過ごせていたのだ。


 彼女がいた、ということも言わなければよかったと思った。それこそ、東京に来た目的を考えれば喋る必要がない。そこはうまく誤魔化せばよかったのだ。

 年頃の学生なのだから、色恋の話は出てきて当然だ。予想と対処をしていなかった均も悪いのだ。


 高校生の頃、均は二人の女子と付き合った。しかしどちらとも数ヶ月で別れた。東京に行くために、他人と一定の距離をとっておこうと決めていたから、長続きしなかったのだ。


 どちらとも『なんか均君、冷たい』や『私のこと、好きじゃないんでしょ?』と言われ、振られた。言われた言葉は事実だった。最低なのは均も自覚していた。


 この時、均は無自覚にも中学生の時の初恋を引きずっていたのだ。“あの出来事”を忘れることができなかった。忘れることのない四年前の過去にすがり付いていたのだ。


 それでも水面(みなも)には出さない。引きずってはいても、そのことについては考えないようにしていた。


 お腹が大きく鳴って我に返った。大学を飛び出すように出てきたので、全く食べることができなかった。時計を見ると二十時を過ぎていた。

 晩ご飯も作る気力もなかったので、通い慣れだしたスーパーに行くことにした。





 スーパーに着いて、適当に惣菜を買おうと惣菜コーナーに向かった。

 スーパーは二十二時までの営業だった。二十時半を過ぎていたので、所々商品が割引されていた。二十%や三十%、中には半額というのもあった。


 毎月仕送りはされているのだが安く済ませるに越したことはない。奨学金も貰っているし早くバイトしないとまずいな、と考えながら割引のシールが貼ってある商品を見ていると、比較的シールが貼ってある惣菜たちの隣に、均の大好物の唐揚げが置いてあった。


 しかも大盛りお徳用ではないか!

 この店の唐揚げはかなり美味なのだ。下味をしっかりつけられているが、旨味もちゃんと閉じ込めている。中はジューシーなのに、外はカリカリ。そして冷たくても美味しい。引っ越して早々買って食べた時は感動したものだ。時間帯によっては売り切ればかりで時間を狙って行かなければ買えないくらいだ。


 それなのに、まだ残っていたとはツイている。

 まだ割引シールは貼られていない。しかし、その大盛りお徳用唐揚げは光り輝いていた。


 いや、駄目だ。節約しなければなるまい。均には生活がかかっているのだ。

 そんな葛藤がありつつも、生唾を飲みながら唐揚げを手に取る。


 すると、唐揚げと見つめ合っていたら声をかけられた。スーパーの店員だった。

「もし良ければ割引のシール、貼りましょうか?」

 物腰の柔らかな女性の店員だった。


「え、いいんですか?」

「はい。もう時間になっているので。いつもより貼るのが遅れてしまっているんです」


 店員は申し訳なく笑う。食い意地を張った気分になって恥ずかしくなった。でもこれで、大好きな唐揚げが少しでも安く手に入るのだ。


「ありがとうございます!」

 この時、均は満面の笑みだっただろう。


 そしてシールを貼ってもらった。些細なことであったが、嬉しかった。

 もういい。今日の事は忘れてしまおうと、均は心に決めた。


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