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其処に草が生えている 緑之章—踏み潰す—  作者: 宮林 實
第三章『出会いは縁』
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第三章『出会いは縁』(9)

 均と雪はT駅まで戻って来ると、二人で大きな溜息を吐いた。

「仲間の使者が縁を使ったってわけでもないんだな」


「他の使者なんて、今までに一回しか会ったことないし、そんな大した会話しなかった。だからあれも使者じゃない。さっきの縁だって、使者って感じではなかった……」


「この一連の事を考えると、やっぱりあの男が絶対関与してる筈だよ。それなのに逃げるような事してしまったし、雪は秋本誠司の事を心配してたのに、横槍入れるようなことして悪かった」


「私もあんな事になるなんて思ってもみなかった。縁を使っても解決するか判らなかったのは事実だし、何が正しいかも判断できなかったから、何もしなくて良かったのかも」


「異物自体に縁が使えたら、すぐに見つけられそうじゃない? あの男が俺達の目の前までやってくる縁にするとかさ。……まぁこの感じだと、そんな簡単にいかないとは思うけど」


「異物には、使者の直接の縁は効かない。異物自身の根本的な思考や認識を変えたりすることができない。だから世間に公になるような行動をしている異物を使者の縁で無くす。だから殺せって聴こえてくる」


 逆に公にならなければ聴こえない、とも取れる。そもそも何が基準で世界は異物と判断するのか。


「……思うんだけど、今後の為にも見つけたらすぐに殺すんじゃなくて、その異物が何者なのか知ってから殺す方がいいんじゃないか?」


 『殺す』なんて、均自身恐ろしいことを言っている自覚はある。それでも、不思議なほど違和感はなかった。まるで最初から雪と同じ処にいたような感じすらする。


「あの男が何者か調べてから殺してもいいんじゃないのか? 雪は何も分からず殺すことに納得してるのか?」

 雪を支配している世界というものを知れば、何か別の対処ができるのではないか。


「そんなことする必要ない」

 しかし雪ははっきりと言った。


「どうせ殺さないといけない人をなんで知らないといけないの? その人の気持ちとか考えとか聞いてどうするの? 理解すればいいの? 否定すればいいの? 無駄な想いを馳せる必要なんてあるの?」


「俺はただ、何も知らないままでいる雪がつらいんじゃないかと思って……」

「知ってもどうしようもない事を知ってどうするの?」


 雪もずっと気にしていることなのだろう。だからこんなにも問いかけてくるのだ。

「……ごめん。ずっと使者として行動してる雪に失礼だよな。ごめん、今のは忘れてくれ」


 雪はどこか呆れたように笑った。何かを追いやる為の笑い。その笑いは均に向けてではなかった。


「ある意味、優香さんの手紙の通り、東京なんて来ない方が良かったのかもね」

「でも俺はこれに関しては後悔なんてしないよ」


「これからするかもよ」

「むしろ、俺は此処に来なければいけなかったんだって思う。俺が俺としている為に」


 無言で下を向いた雪が今にも消えてしまいそうな気がして、深く考えるよりも先に均は口を開いていた。


「……あのさ、このあと時間あるなら、少し付き合ってくれないか? 雪と出会った日、行こうと思ってた所があるんだ」


 唐突に言う均に、雪は少し面食らっていたが、暫しの沈黙後了承してくれた。

「……どこ行くの?」

「東京タワーだよ」





 予め下調べしていた、東京タワーが見える公園までやってきた。日が落ちて、橙色の幻想的な輝きが東京を印象深くさせる。

 公園の敷地内から東京タワーを見上げた。


「ねえ、なんで東京タワーなの?」

 雪は訝しげな表情だった。


「東京タワーってザ・東京って感じしない?」

「それは確かにそうだけど」


「俺さ、小さい時から東京に憧れてて、中学三年の時優香から一緒に東京行こうって言われた時、東京に着いたら絶対、東京タワーに行こうって思ってたんだ」

 瞬の事があっても、東京に行けると思ったら嬉しかった。


「まあ結局、今の今まで行かなかったんだけど」

「どうして?」


「新幹線に乗る直前に、優香は俺に数珠を預けてそのまま別れたから、俺は東京に行けなかった。それ以降、優香を思い出したくないから、東京って実感する東京タワーに行かないようにしてたし、見ないようにしてた」


「……なにそれ。結局、優香さんとはどういう関係だったの?」

「優香との関係は――」


 東京タワーを見上げる。

 鉄骨が入り組み、幻想的だった。輪郭は橙色のライトでぼやけているのに、はっきりと東京タワーとして主張してくる。


「――分からないんだ。優香は何を見ていたのか、何を想っていたのか、それさえも分からなかった」

「聞けば、よかったじゃん」


「そうだよ。聞けばよかったんだ。答えてくれなくても、俺は聞くべきだった。そうすれば、俺と優香の関係が友達なのか、ただの顔見知り程度のものだったのか、分かった筈なんだ」

「…………」


「いなくなってから色々思った。後悔だよ、本当」

「なんで聞かなかったの?」


「俺は東京に来るまで、地元では自分の想いを言わないでおこう、距離を縮めないでおこうと思ってたから。後腐れが無いように、いつでも地元から出て行けるようにしておきたかったんだ」

「それと優香さんになんの関係があるの?」


「俺はあの時、一言でも、優香に何かを聞いてしまうと俺の想いに反してしまう、後戻りできなくなってしまうと思ったから、だから何も聞くことができなかったんだ。でも、今となっては悔しくて仕方ないよ」


 聞けば、あの町にいる理由ができてしまうのではないか、あの町にいたいと思う理由ができてしまうのではないかと思ってしまったから――。


 優香は、何故数珠を均に託したのか。どうして東京に行ったのか。どうして均も途中まで連れて行ったのか。今でも分からなかった。


「でもさ、数珠を持っていてよかった。俺が数珠を持っているのにはきっと意味があるんだ。雪に会えたのも絶対意味がある。仮に違っていたとしても、そう思いたいんだ」


 均は雪を見て微笑む。

「……雪に逢えて、本当に良かった」


 優香が均に数珠を持たせたのは、何かを伝えたかったとしか思えなかった。

 今となっては、優香は使者で数珠を守らないといけなかったのだと思う。そんな数珠を均に持たせたということは、均もこの数珠を世界の異物から守らないといけないのだ。もう均にはそうとしか思えないのだ。


 そういう縁を優香は繋いだのだ。

 そうでなくては、一般人の均が雪に会えたことも、あの男を追いかけることになった事も、説明できなくなる。


 暫く二人は東京タワーを眺めた。

 入り組んだ鉄骨がライトで輪郭を広げている。


 『人との距離を保って生きる事は、東京でなくともできるよ。なんで“東京”に憧れているの?』


 不意に頭に落ちてきた言葉を誰かが言っていた気がした。でも思い出せない。

 東京タワーを掴むように左手を翳した。

 数珠が橙色のライトに反射している。橙色を背景に七色の輝きが際立った。


 自分の想いを貫いて、優香を忘れたまま東京へ来たんだ。ごめん、優香――。

 でも自分はもう忘れない。本当の意味で東京に向き合う。


 優香に会いたい。

 優香、今どこにいる?


 ゆっくりと手を動かせば、七色の石が宝石のように煌めき、それは丸い球体の中で生き物のように動き始める。

 “生き物のように”

 均は思わず数珠を凝視した。


 動いている。

 石の中の七色が、水中を泳ぐ色鮮やかな魚のように、動いている。

 その中でだんだんと緑色の輝きが割合を占め始め、全てが緑色になった。そのまま緑色の輝きは球体の中だけに留まらなかった。


「雪……数珠が……」

 半ば放心状態で雪を呼ぶ。視線は数珠からはなさない。


 雪も均の様子がおかしいことに気が付くと、均の視線を追って数珠を見た。

「なに、それ――」


 緑色の輝きが弾けだした。

 そのまま光が広がり、数珠を付けている手首から指先まで緑色の光が覆った。

 均と雪は何も言えずに無言で一連の光景を眺めていた。


 光は何かしらの形を成し始める。その形に合わせるように均の指は勝手に動いた。

 手の感覚は何かを掴んでいる。その何かはすぐに分かった。

 煌めく緑色の宝石のような光は、拳銃の形を成していたのだ。

「……なんで数珠が銃に……?」


「そんな……ありえない……」

 雪は緑の銃を凝視したまま言う。均の周りは銃の光で明るく光っている。

 辺りに人はいなかった。

「――均は、やっぱり使者なの? でも、これは――」


 均は決して使者ではない。今まで一度も声が聴こえなかったのだ。

「もしかしたら」

 均はある可能性が思い浮かんだ。


「もしかしたら、これは優香の力なのかもしれない」

「優香さんの?」

「優香は使者だった。これは確実だ。使者は能力が使えるってことは、この数珠が優香の能力なんじゃないか?」


「私が聞いた使者の能力というのは、自然の可能性の力を借りるってことだって聞いた。私みたいに草木を操ったり、例えば火とか、水とか、土とかーーとにかく何かしらのモノに対しての可能性が必要なんだって言ってた」


「数珠が銃になったってことは石だから土なのかな?」

「……これは、もっと、異質なものだよ……」


 不思議なくらい緑の銃は手に馴染んだ。状況は違和感があるのに、感覚は全く違和感がなかった。

 均は緑の銃の形を右手でなぞる。


 このタイミングで緑の銃が出現したという事は、これから先、きっとこれが必要になってくるのだと確信した。自分が銃を撃つ想像をしても不思議と恐怖はなかった。


 優香が見ていた世界を見ることができるのかもしれない。もしかしたら優香が苦しんでいたものに近づけるのかもしれない。


 ずっと一人でいた優香は、ずっと何を考えていたのだろう。

 優香は一体、どんな声を聴いていたのだろう。


 均は緑の銃を東京タワーに向ける。

 東京でやるべき事を見つけた――。





 その日の夜、均は夢を見た。

 均は大勢の人が行き交う巨大な横断歩道の真ん中にいた。スクランブル交差点だ。


 均は立ち止まって、十数メートル先の人物と向かい合っている。

 顔はよく見えない。性別が男性くらいしか、夢の中では認識できなかった。


 均の左手には拳銃が握られていた。男性に向けて、銃を構えている。

 銃は、透明度の高い白や黒、赤、青、緑、黄、茶の色が混じり合った七色の光の銃だった。


 周りの人は足を止めることなく歩いている。誰も均達を見ていなかった。

 この状況は全くもって理解できていないのに、夢の均は心の中では何故、男に銃を向けているのかを理解していた。


 ――これは自分自身の為に目の前の男に銃を向けている。自分がこの先の世界に行くために、自分が望んだ世界にするために、自分にとってこれはある種の義務なのだと実感するために。


 引き金に指をかける。

 そのまま指に力を加え、均は引き金を――。



第三章『出会いは縁』【完】

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