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其処に草が生えている 緑之章—踏み潰す—  作者: 宮林 實
第三章『出会いは縁』
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第三章『出会いは縁』(7)

 次の日である月曜日の昼休み、均は大喜と食堂でご飯を食べていた。

 食堂のメニューは量が多いわりに値段が安い。そして美味しい。


「くっそー。なんで『いいかも』のチャンネルじゃねーんだよ」

 大喜が大盛りのカレーライスを頬張りながら、テレビに向かって言う。


 食堂には天井からぶら下がるようにテレビが複数台設置されている。いつもなら十二時から『笑っていいかも』が放送されているのだが、今日は違う番組だった。


「仕方ないだろ。いいじゃんたまには」

「俺の昼はイモさんを見ないと始まらねんだ」

「……なんだそりゃ」


 テレビの中ではニュース番組がやっていた。草鬼事件についてだった。

「そうか、草鬼事件って今日で二十年になるのか」

 大喜がご飯をかき込みながら言った。

 均は黙ってテレビを眺めた。


 草鬼事件。

 一九八六年四月一七日未明、岡山県M市で事件は突然起こった。

 ほぼ同時刻に、町内の多数の場所で火災が起こったのだ。普通の住宅街だったが、瞬く間に炎は燃え広がった。

 時間が時間なので、まだ就寝中の人がほとんどだった。幸いにも家の炎から逃げ出せた者が外で見たのは、町が火の海の光景だった。


 逃げ場などなく、むしろ逃げ道を塞ぐようにして炎は迫ってくる。なんとか逃げおおせても、地獄は続いた。

 周囲の草木を走るように火は燃え広がっていった。それに伴い風も吹き始め、その日の乾燥した空気により、木造の家に一気に燃え移って大規模火災を引き起こしたとされた。地元の人曰く、死体や負傷した人の周りには決まって草木の燃えカスが落ちていたらしい。


 未曾有の被害者数だった。死傷者は合わせて五百人を超えた。建物の被害も甚大で、その町は復興に何年もかかった。

 だが二十年たった今でも犯人は捕まっていない。犯人は複数犯とされていて、怪しい人物の目撃証言もあるのに、誰一人として捕まっていなかった。


 だから犯人達は火災に巻き込まれた死者の中にいるのではないかとも言われている。

 草鬼事件は均の住んでいた隣町の事件だ。均が生まれる約二年前の事件だった。


 均の町は団結力があり、地域の皆が助け合って生きている。だが悪い意味では閉鎖的だった。助け合いという名の監視。大人達が外部の干渉を受けたくない、そんな雰囲気を均はその町から感じとっていた。草鬼事件が原因か、そもそもの原因かは判らない。


 何故そんな行動になるのか理解できなかったし、均はあの町が大嫌いだった。


 当時の映像や、黙とうをしている映像などが流れ、草鬼事件の話題は終了した。

 今日はほとんどの番組が特集を組んで放送するだろう。


 話題が切り替わり、次のニュースになった。女性の死亡事件だった。

 学生の昼に暗いニュースばかり流さないでほしいと内心で思いつつ、チャンネルは固定されていて変えられないので、目線は自然とテレビに向いてしまう。


 同居していた男性が帰宅したら死亡した女性が倒れていた。部屋は荒らされた形跡はなく、金品も全く取られていなかった。玄関やベランダには鍵がかかっており、階数も五階なので完全に密室殺人だった。強く首を絞められた跡があったことから、女性が自殺したという線も薄いらしい。


 女性の写真が映る。

「ぶふぁっ……!」

 均は驚きで口に含んでいたラーメンを噴き出してしまった。激しく咳き込む。

 それは昨日、後を追っていた男と一緒にいた女性の写真だったからだ。


「おい大丈夫かよ?」

「……ああ、大丈夫……」


 ごめんと謝りテーブルを拭きながらも、均の視線はテレビに釘付けだった。瞬きなんてできる筈もない。

 何故昨日の女性が殺されているのか、意味がわからなかった。


 昨日雪と共に男を追いかけた後、女性はどうしたのかという話になった。怒りを抑えながらも、一応部屋のパネルを見てみたが、二人が入っていた部屋は明るく光っていたので既に退出していた。


 あの時、思考が停止したように動けなくなった時間は、後で計算すると二十分ほどあったことがわかった。そのことを考えると、均達が動けなくなった二十分のうちに帰ったと判断するしかなかった。


 テレビ画面の右上のテロップには都内にあるT駅と書かれていて、記者が駅前を歩きながらマイクを持って現場で喋っている。


「……ありえない」

「どうしたんだよ?」

「いや、なんでもない」


 こんな偶然があるのだろうか。

 誤魔化すようにラーメンを啜る。全く味なんてしなかった。



 *



 被害者は中村佳奈という女性だ。

 昨日の一件を考えれば、やはり偶然と片付けるにはタイミングが良すぎた。


 気になって仕方がなかったので、中村佳奈が殺された所に行ってみようと思った。何かわかることがあるかもしれない。地図を見れば、T駅は一回乗り換えはするものの、場所はそこまで遠くはなかった。

 雪にメールを送ると、雪も行くと言うので、夕方にT駅で待ち合わせすることになった。





 夕方、T駅の改札を出ると、雪はまだ来ていなかった。

 暫く待っていると、人がぞろぞろと改札から出てきた。その中から制服姿の雪がこちらにやってきた。雪は学校帰りにそのまま来たらしい。


「お疲れ。本当に高校生なんだな」

「当たり前でしょ。信じてなかったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 雪の制服は紺色のブレザーに赤いリボン、濃い灰色を基調としたチェック柄のスカートだった。


「早く行こ。テレビに映ってたのって、どっち方面だっけ?」

「……えーと――」

 ここに来るまでにある程度場所は調べてはいたが、土地勘がないため、携帯の地図を頼りに駅を出発した。


「確かにあの女の人だったね」


「まさかニュースで流れるとは思わなくて驚いたよ。第一発見者が同居してた彼氏だろ? 取材されてモザイクかかってたけど、あの男ではなさそうだな」

 テレビに映っていた彼氏は、あの時の男と体格や髪型、髪色も違っていた。


「うん。ホテルの一件と今回の殺人は別件だよ」

 と言うわりに、雪はあまり納得していないようだった。


「じゃああの男はホテルで中村佳奈と別々に退出して終わっただけってことになる」


「……そこに違和感があるんだよ。殺せって声が聴こえたってことは、とにかくできるだけ早く殺せって事なんだよ。だから空白の二十分はそんな単純な事じゃないと思うんだ。それに普通に考えて、何もできない時間が二十分あること自体異常だよ」


 駅前は細い道が続いていたが、大きな道路に出た。信号が赤なので立ち止まる。

「雪みたいに、あの男も何か能力でも使えたら、あの空白の二十分も説明つきそうだけど……」


「もしかしたらあの空白の二十分があの男の能力の一端なのかもしれない。その間に中村佳奈と何かあったのかも」


「能力に心当たりはないのか?」

「わからない。聴こえた相手はいつも目の前にいて、すぐに殺してたから。力を使われたことも逃げられたこともなかった」


 でもそう考えると、あの男の力は未知数すぎやしないだろうか。わからないことが多すぎる。


「……一番最初に異物に出会ったのはいつなんだ?」

「小学五年生の時だよ」

「小学五年だって……? じゃあそれからずっと雪は異物を……?」

「そうだよ。これが私の普通なんだよ」


 信号が青に変わる。

 雪はそれ以上何も言わず、先に歩き出した。

 後ろ姿と相まって、信号の音がなんの温かみもなかった。


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