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其処に草が生えている 緑之章—踏み潰す—  作者: 宮林 實
第三章『出会いは縁』
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第三章『出会いは縁』(5)

 二人は駅周辺にある二十四時間営業のファミレスに入った。席に座って早々に少女は口をひらく。

 少女は岡本雪と名乗った。


「ごめんなさい」

 雪は下を向いて小さくなっている。


「私もこれは予想外だから、どうしたらいいのかわかんないよ」

 先ほどの剣幕さはなく、そこにいたのは年相応の一人の少女だった。下を向いて申し訳なさそうな顔をしている。これには均も予想外だった。


「とりあえず説明してほしい。全く状況が理解できないんだ」

 下を向いたまま、雪は話し始める。


「……私は自然の使者と言われている者。世界の異物を殺すために存在している」


「世界の異物を『殺す』だって?」

 殺すという言葉に絶句する。先ほど殺すと言っていた事を思い出す。


「世界の異物とは日常生活に潜んでいる者の事。今回はあの男が異物だって聴こえた」

 均が次の言葉を待っていると、ちょうど女性の店員がお冷を持ってきたので、そのまま飲み物だけ注文した。


「最初私達が会ったときに言った消す、っていうのは、世界の異物を殺すという事。つまり異物を殺せって声が聴こえると、私みたいな自然の使者は行動しなきゃいけない。否、させられるの」


「誰に?」

「だから、世界だよ」

「…………」


 全く訳が解らない。

 均が首を捻っていると、雪が言う。


「改めて聞くけど、本当に使者じゃないの? ただ耳を塞いでるだけじゃないよね?」

「それも解らない。使者ってなんだよ。聴くとか、耳を塞ぐって……」


「私達みたいに聴こえることができる者を内輪では、自然の使者と呼んでる。聴こえるというのは、ある日突然、脳内に聴こえる声の事。言語ではない、自分がそう思わされることによって自覚することを聴こえるとされている。そして、たまに自分がそう思わされることが耐えられなくて、耳を塞いで、逃げ続ける人もいるって。それが貴方なのかなって、会ったとき思ったよ」


「その聴こえる基準とかあるの? 異物の基準とか」


「わからない。私は異物の事情なんて知らないし。私はただ殺すだけ。この世界において、世界が異物だと判断したモノに対して消滅させるために、声が聴こえる者に伝え、代わりに消してもらうってことらしいよ。だから使者って名前がついた。あと聴こえてくるのは同類がいる時なんだけど……本当に違うの?」


「だから違うって。俺は全然聴こえない。勘違いだよ」

「だって通常なら、一般人とはこんな話自体できないんだよ。私達は世間に公にならないようにできる力があるから」

「世間に公にならない力?」


「“(えにし)”っていう使者の能力。人の縁を改ざんして、普通の人が異物や使者を認識できないようにさせる力。ホテルの周辺に人がいなかったのは、私が自由に動くために私の縁の力が働いていたから」

「縁……そんな力があるのか」


「あとはさっき見たと思うけど、自然を操ることもできる。使者は、自然に在る、可能性の力を借りるとされている。私の場合は木とか草とかかな。人を凌駕する力が自然には宿ってるから、その力を借りることができる。私はよく補助的にこの力を使ってる。街に草木は少ないしね。街路樹を動かしたのは、街路樹が持っている力の可能性を借りた。男に届く寸でのところで動きを止めたのは生長の限界――つまりあの街路樹の可能性の限界になったから」


 事情を知らない人が聞いたら本当に笑ってしまうような内容だった。どこぞの漫画みたいな設定ではないか。均も実際の光景を目の当たりにしていなければ、絶対に信じないだろう。


 世界の声を聴いて、異物と聴こえた者を消す。使者は世間には公にならない力があり、縁と自然を操る。それが自然の使者だという。


「力に関してはこの目で見たから信じるしかないけどさ」

「驚かないの?」

「驚いてるに決まってるだろ……」


 ただ、驚いていても違和感はない。何かが変わったのは均も感覚で判ったからだ。そこが同類のようなものに認識された均の、一般人と違うところの感覚だったのかもしれない。


「……声ってどのくらい具体的に聴こえるものなんだ?」

「その時々によって違う。かなり具体的に聴こえてくる時もあるし、自分で解釈して行動する時もある」


「結構曖昧なんだな」

 口元に手を当てる。その手を雪は見ていた。正確には手首についているものを。


「そういえば、貴方が持ってるその数珠を見た時に聴こえたんだよ」

 雪は数珠を(ゆび)指さした。


「え、これ……?」

 唐突に優香を思い出す。


『――もう東京には来ないでください――数珠だけは絶対に持っていてほしいです』


 手紙の文面を思い出す。

 身体中の血液がさーっと下に流れていくような感覚に陥る。


「どうしたの?」

 雪が動かなくなった均を不思議そうに眺める。

 優香の数珠に雪が反応したということは――均は次第に心拍数が上がっていくのを自覚した。


「具体的にどういうふうに聴こえたんだ? 詳しく知りたい」

 均は少し身を乗り出した。


「危険な因子から守り、貴方に協力しろってところかな」

「協力? 何を協力するんだ?」

「そこまで聴こえなかった」

「じゃああの男のことは、どう聴こえた?」

「異物を殺せって聴こえた」

「それだけ? 他にはなんか聴こえなかった?」

「聴こえなかったよ」


 手紙で絶対に数珠を持っていてほしいと言っていた。危険な因子から守る、という雪の言葉と同じ意味にも思える。この数珠を守ってほしいという意味に。


 同じタイミングであの男を殺すように聴こえたのは、あの男に数珠を奪われる可能性があるからなのだろうか。


「何も思わないの?」

「何を?」

「殺せって聴こえてることだよ」

「何も思わないわけじゃないけど、なんか理解できたかも。話を聞けたからかな」

「まあ、何にしても殺すことが使者の役目だからね。逆にそれ以外に価値はないよ」

「それ以外に価値がないって……」


 言葉を失っていると、店員が注文した飲み物を持ってきた。店員が立ち去ると、雪は続ける。

「この世界にはそういう人間もいるってこと。普通に過ごしている人たちの知らないところで、私達は水面下で異物を殺している。――人を殺してる」

「…………」


「好きで殺してるわけじゃない。けど、実際私達は血で汚れている」

 目の前の普通に見える女子が血で汚れている、と言われても全くピンとこなかった。

 いろいろ思うことがたくさんあるのに、うまく言葉にできない。


「なぜ一般人の貴方に協力するのかはわからない。でも縁が効かないってことはこの世界に関わらないといけないんだと思う。こんな世界に。異物に。義務で理由もなく殺す私達に」


 雪はまた出会ったときと同じ冷たい表情になった。

 冷たい表情になった雪を見て、男を追いかけている時、雪はわざと冷たい表情でいたのだと気づく。瞳から滲み出るものが、好きでやっているものではないと訴えかけてくる。


「軽蔑する?」

 それを冷たいと均が思わないのは、使者としての行動を、雪が全く納得していないからだ。今も雪はわざと冷たい表情をしている。


 “聴こえる”

 そのキーワードは優香に繋がっている。


 話を聞いて均は思う。過去に耳を塞ぎながら、「聴きたくない!」と暗い教室で叫んでいた優香は、自然の使者だったからだろう。


 耳を塞ぐ者もいる、という雪の言葉にも当てはまる。

 東京に行きたくない優香が、世界の声のせいで東京に行かなければいけなくなったのだ。


 東京に何か在る。だから優香は行きたくなかった。でも行かなければいけないから、数珠だけは守る為に、縁の効かない均に託した。


「俺は絶対軽蔑しないよ」

「貴方はこの話、信じるの?」

 聞く順番が逆なのでは、と思ったが、それだけ雪は軽蔑されたくないという事なのだろう。


「俺は信じるよ」

 均は思った。雪と行動すれば優香に会えるかもしれない、と。

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