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其処に草が生えている 緑之章—踏み潰す—  作者: 宮林 實
第三章『出会いは縁』
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第三章『出会いは縁』(4)

 カップルが入ったホテルに足を踏み入れた途端、何かが“変わった”気がした。

 均は入り口付近で立ち止まる。この状況に冷や汗をかきながらも、首をかしげながら辺りを見渡した。しかし何もおかしな所はない。


 入り口を数歩進んだところに部屋を選ぶことのできるパネルがあった。

 そのパネルはたった一つだけ画面が暗くなっている。あのカップルが入っているということだ。


 この立地や時間に、一組だけしかいないなんてことがあるのだろうか、と心の奥で疑問が湧いた。この道は大通りとまではいかないが、それなりに人通りは多かったからだ。


 均がパネルを眺めていると、少女は立ち止まった均に怪訝な表情を浮かべる。

「何立ち止まってるの?」

 均の腕を引っ張る。


「いやいやこれ以上どこ行くつもりだよ……?」

「あの男のところだよ。あの男を殺す」

「殺す……? 今そんな冗談言ってる場合じゃないだろ!」


 均は頬を引きつらせながら、さりげなく監視カメラを探した。

 無情にも監視カメラは入り口とエレベーター前に設置してあった。


「とりあえず、外に出るぞ。一旦落ち着こう」

「あたしは落ち着いてる」

「言動的に落ち着いてない。まさか君はあの男の恋人だったりするのか?」

 やはり、三角関係なのだろうか。でもそれならなぜ均が巻き込まれているのか。


「馬鹿言わないで。異物は殺す。それしかないの」

「だから、冷静になれって! とにかく一回外に出よう。頼むから」

「…………」

 懇願すると、思ったよりも素直に聞き入れてくれた。





 まさか初対面の女とホテル街に足を踏み入れてしまうとは思わなかった。そんな気はさらさらないが、どんな理由であれ、こんなところに初対面の男女で行くなんてありえないと頭を抱えたくなった。


 均と少女は男女の入ったホテルの道路を挟んで斜め前辺りにいた。

「ちょっとじっとしてほしいんだけど」

 落ち着きなく動いていると、少女に注意された。


「こんなところでじっとしてられるか! 一応仮にもホテル街なんだぞ!」

「それが何? 今、それどころじゃないでしょ。男ってそんなことしか考えてないの?」

「う、うるさい! 君だって自覚しろよ!」

「何を? 本当、貴方使者のくせに無責任だね」

「何がだよ? しかも使者ってなんだよ」

「まだ惚ける気? 今だって本当は聴こえてるくせに。まさか、聴こえてないフリしてるの? 確かにそんな使者は一定数いるとは聞いたことあるけど」


 均は話の噛み合わない状況と今いる場所にだんだんと苛立ちが募ってゆく。


「それでも耳を塞ぐだなんて最低だよ。私達は聴こえたら行動しなくちゃいけないんだから」

「……いや、だから」

「それが私達の価値なんだから。逃げるなんて卑怯だよ」

「だから……」

「本当、最低だよ」


 ぷちん、と何かが切れた。

「だから、さっきから何言ってんだよ! こっちはわけもわからないのにこんなとこまで連れてこられるわ、無責任って言われるわ、なんなんだよ! そりゃこっちも、気になってついてきたのには責任あるけど、聴こえる聴こえるって、こっちは何も聴こえないし何言ってるのか本当にわからないんだよ!」


 外だったとしてももう我慢はできなかった。

 怒鳴る均に、さすがに少女も何かおかしいと思ったのか、勢いがなくなる。


「……本当に、言ってるの?」

「本当だよ!」

「本当に、聴こえないの?」

「だから聴こえないって言ってるだろ!」


 すると急に冷たい表情が和らぎ、驚きで目が大きく見開かれた。その時初めて、少女の顔に表情が現れた。


「……うそ」

 しばらく二人は沈黙した。少女は何か考えているようだった。


 こんなホテル街で大きな声で言い合いなんて、恥ずかしくて周りを見る勇気がなかった。恥をかいただけであった。


 もう少女に関わらないでおこうと踵を返そうとしたその時、先ほどホテルに入った瞬間に感じた、何かが“変わった”感覚が起こった。


 辺りを見渡すと、人の気配も音も全くしない。妙に静かだった。

 少女も何かに気が付いたのか、勢いよくカップルのいるホテルを見て、またも無表情になった。


「私の“(えにし)”が効き始めた。男がホテルから出てきたら捕まえるから。それならいいでしょ?」


 独り言のように呟くと、少女は差し出すように手を前に動かした。

 そのすぐ後に、道を挟んだ向かいにあった街路樹が、あろうことか、『動き出した』のだった。


「嘘……だろ?」


 街路樹は意志を持ったように、ホテルの入り口に枝を密集させ始めた。

 目の前で起こっていることが信じられない。

 数十年かかる生長を数秒で終わらして、その上自由に動く恐ろしい異様さがあった。

 ファンタジーの世界に入り込んだような非現実感。それなのにリアルな感覚。


「お前、何者なんだよ?」


 均が呆然と立ち尽くしたまま問うと、少女は感情の伴わない声色で言った。


「――私は自然の使者。世界の異物を狩り、世界の声に従う者」


 大笑いして何言ってるんだよ、と少女に言いたいのに、状況がそうさせてくれない。

 少女の左手は何かを掴むような動作をしている。その手の動きに合わせて街路樹はうねうねと動いていた。


「あの男を殺す」

 非現実なことが目の前で起こっていたが、先ほども発言していた穏やかではない言葉に均は完全に我に返った。


「あの男は何者なんだよ? 俺には世界なんて関係ないんだからな!」


 おい、と左手で少女の肩を掴む。

 その瞬間、身体が動かなくなり、四肢の感覚がなくなった。


 少女も驚愕の表情を浮かべている。街路樹は吸い寄せられるかのように元の形に戻っていく。その表情はかなりイレギュラーなことが起きたと安易に想定できた。


 視界が暗転していない筈なのに、目の前の光景が光景として認識できない。

 どうなっている? 何が起こっている?


 でも街路樹があんなことになっていた時点で何が起こってもおかしくない気もした。

 そのまま均たちは思考が停止したように動けなくなった。

 優香に表情が似ているからって大人しくついて来なければよかったと均は後悔した。





 気づけば、男はホテルを出ており、大通りに向かって歩いていた。

 男がホテルから出てきた瞬間の記憶がなかった。もう後ろ姿が小さくなっている。


「このままだと大通りに出てしまう。私の縁は大通りの手前までしか効いていない。……どうなってるの?」


 少女も状況がいまいち理解ができていないみたいだったが、それでも街路樹を動かし、無数の枝が男を追う。かなりの速さで枝は男を追いかけるが、途中でガクンと動きが止まった。


「生長の限界か……!」

 少女は呟くよりも先に走り出した。この街路樹以外、周辺に木はなかった。

 均もこの状況で置いて行かれるわけにはいかないので少女の後を追う。


「そこの男、止まれ!」

 雪が大声で叫ぶ。

 男はというと、声が全く聞こえていないのか、大通りに出て曲がり角を曲がるところだった。


「待て!」

 数秒後、少女と均は大通りへ出ると、途端に人の喧騒が戻ってきた。


 少女は辺りを見渡して、男が完全に行方をくらませたと判ると、拳を握りしめた。

 行き交う人は歩道の真ん中で悔しそうに佇む少女を訝しんだ。


 均には聞きたいことがたくさんあったので、道の端に少女を誘導すると、笑顔で言う。

「なあ、君」


 向かい合ってそっと肩に手を置く均に、少女は均を見上げた。

「……なに?」

「話、聞かせてくれるよな?」

 均の額には、うっすら血管が浮き出ていた。


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