六話 星が導きひとつになる心
/* スイとフウはここまで足を止めずに一直線に星を目指して冒険してきました。でも、立ち止まってお互いの心を見つめてみることも大切です。 */
次の日、二人は目を覚ましてみると、それまでの疲れが嘘のように回復していました。
そして、二人はゆっくりと山を下り始めました。下山の道は不思議と安全で、あの吹雪はどこへ行ったのかと思うほど穏やかです。すべて星の精霊の加護なのかもしれません。
星の精霊は「心をひとつにすれば、きっと星は手の中に降りてくる」と言いましたが、それが具体的にどういうことなのか、まだ二人にははっきりわかりません。
でも、たしかに今、二人の間には、言葉にできない安心感が生まれているのです。「星を降らせる鐘」のときとはまったく違っています。お互いに言葉にはしませんが、あと一つだけ何かが揃えば、二人は心をひとつにして、流れ星を捕まえられそうだという確信がありました。
ともあれ、二人は村を目指します。山を下りきると、村まではそう遠くありません。村の人たちの反対を押し切って出てきてしまったので、心配していることでしょう。だから早く村に帰りたかったのです。
ところが、ふもとにさしかかったころ、急に空がごうごうとうなり始めました。かと思うと、大粒の雨が音をたてて降りだし、雷のいかずちがとどろきます。まるで空が怒っているみたいです。びっくりしたスイとフウは、あわてて近くの大きな岩のかげに身をひそめました。
「なんだろう……急にすごい嵐になっちゃったね!」
フウは声を張り上げながら、全身びしょぬれで震えています。スイも同じようにぬれそぼりながら、うなずきました。
せっかく山を下りてきたのに、今度は激しい雨と雷。ふたりを試すかのように、次から次へと大きな困難がやってきます。
でも、ふたりはぎゅっと手をつないでいました。そうすると、不思議とこわさは少しだけやわらぎます。しばし二人は黙って雨が早くやまないかと様子を見ていましたが、スイは今なら聞けるのかもしれないと、決心してフウに話しかけます。
「ねえ、フウ……ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
雨をよけるように体を寄せ合うふたり。空にはまだ時々ゴロゴロと雷の音がひびいています。スイは、ぬれた前髪をさっと払いながら、まじめな目でフウを見つめました。
「うん、いいよ。どうしたの、スイ?」
「フウって、なんでもしっかり考えてくれるし、助かってるんだけど……ときどき、慎重すぎるところがあるでしょ?私はそんなときに、ついイライラしちゃうんだ。だから強く手を引くように、フウが考えてるのを邪魔して、歩き出しちゃう。「星を降らせる鐘」もそうだった。フウは話し合おうって言ってくれたのに、私はこんな簡単なことはやった方が早い!って先走っちゃった。だから、鐘は鳴らなかった。でも、そういうのって、フウには我慢ならないことじゃなかったのかなって。もう私の事なんか嫌いになってるんじゃないのかな。今は村のために一緒に流れ星を探してくれてるけど、これが終わったら――」
スイはまるで、フウの答えを聞くのが怖いので逃げる様に、言葉を次々に紡いで、フウに答える間を与えません。でも、フウは「怖がる必要はないんだよ」という気持ちで、ギュッとスイを抱きしめて言いました。
「ぼくはスイのことが好きだよ。嫌いになんかならない。我慢ならないなんて、一度も感じたことないよ。むしろ、スイがいつも前を向いてくれるから、ぼくは元気をもらってる。『やってみよう』って気持ちにさせてくれるんだ。「星を降らせる鐘」が鳴らなかったのは、むしろぼくのせいだと思ってる」
「そんなことない!フウはきっと何か良い考えがあったのに、私がそれを邪魔しちゃったんじゃないの?」
「ううん。あのとき、ぼくはこわかったんだ」
その答えにスイはびっくりしてしまいます。どうして「星を降らせる鐘」を鳴らそうというときに、フウはこわいなんて思ったのか、スイにはわかりません。
「何がこわかったの?」
「あのとき、「心をひとつにしろ」って言われて、ぼくこそスイに嫌われてるんじゃないかって怖くなったんだ」
「私がフウを嫌いだなんて、言ったことない!」
スイのはっきりとした物言いに、フウは微笑みながらも、少し照れくさそうにして、言いました。
「ぼくもスイに聞きたいことがある、聞いてもいい?」
「もちろんだよ、なんでも聞いて?」
フウは少し言いづらそうに目を伏せました。それから、思いきったようにスイの目をじっと見て話し始めます。
「ぼくは何をするのにも時間がかかっちゃう。スイみたいに早く考えられなくて、考えてるあいだにチャンスを逃しちゃう。「星を捕まえる網」のときもそうだった。スイが言った通りぼくが早く網を編んでいれば、余裕をもって流れ星を見つけられて、あんなに慌てて網を投げることはなかったと思う。だから、せっかく作った網が壊れちゃった。そんなぼくをスイは嫌ってるんじゃないかって思った」
「フウ、そんなことーー」
「わかってる。スイは優しいからぼくを嫌いだなんて言わないと思う。でもね、そんなぼくだけど――、自分の事さえも満足にできないぼくだけど、それでも、ぼくはスイを守りたいって思ってるんだ!」
「え……」
フウは今まで聞いたことのないほど力強く大きな声で言いました。そのことにスイもびっくりしてしまいます。ずっと一緒にいたスイですら、こんな強い表情をしたフウを見たことがありません。
「スイが大きく傷ついたり、危ない目にあったりするのが心配で……。だけど、守ろうとするあまり、スイの邪魔をしちゃってるんじゃないかって、不安になることがあるんだ。ぼくが慎重すぎるせいで、スイの勢いを止めてしまってるんじゃないかって……それって迷惑だったかな?」
フウはおそるおそるスイの顔色をうかがいます。するとスイは、思わず大きく首を横に振りました。
「そんなことないよ!フウがそばにいてくれるから、私は安心してすすむことができるんだよ。ほんとはね、私も強がってるだけで、ひとりになるのはこわい時があるの。でもフウがいると、そのこわさが消えるの。『守ってくれる』って言ってくれるのは、とってもうれしいよ」
スイのはっきりとした言葉に、フウは顔をほころばせました。それを見たスイも、ふわっと微笑み返します。ふたりの間に、まるであたたかい灯りがともったような空気が流れました。
「そっか……よかった。ぼくはこれからも、スイが安心して前に進めるようにそばにいたい。だけど、スイもぼくを頼ってくれていいんだよ。いつでもね」
「うん。ありがとう、フウ。これからはもっと頼りにする! そしてふたりで一緒に、どんな困難も乗りこえよう!」
そのとき、まるでふたりの心に明かりがともった瞬間を祝福するかのように、空からの雨が弱まりました。
にぶい雲のすき間から、まるい夕日がちょっぴり顔をのぞかせます。金色の光が、ちょうどスイとフウの背中をやさしく照らしました。
「ほら、ちょっと明るくなってきたよ」
ふたりは泥でぬかるむ地面に足をとられながらも、しっかりと手を取り合い前へ進みます。
空が見せる夕日の色は、これまで以上にあたたかく、ふたりを照らしているようでした。まるで、「もう大丈夫だよ。ふたりなら、どんな道だって進んでいけるはず」と言っているみたいに。
ふたりは心を通わせる喜びをかみしめていました。けれども、これで終わりではありません。夜が深まるほどに、星はふたりを呼んでいるような気がします。
/* スイとフウの心がひとつになったとき、二人に託した"星の種"は芽吹き始めました。さあ、二人の手に星が降りてきます。 */