五話 星の精霊の住む泉
/* 大冒険の末、ついにスイとフウは星にたどり着きました。二人の勇気と試練の記憶に星は応えます。/
スイとフウは、二人で励ましあって、どうにか聖なる山の頂上に辿り着きました。
凍える吹雪と深い暗闇を乗り越えたばかりというのに、そこは嘘のように静まり返った世界でした。あの厳しい登山の苦労が幻だったかのように感じるほどの静寂が、ふたりを新たな不思議へといざないます。
風も雪もありません。いつの間にか空も晴れ渡り、満天の星空になっています。そして、見渡す限り鏡のように平らで空を映す地面があって、星空が足元にも頭上に広がっているように錯覚します。そう、まるで星空の中を音もなく進んでいるかのような、幻想的な景色です。
二人が手を繋いでゆっくり進んでいくと、きらきらと光る不思議な泉がありました。
今の濁った村の泉とは比べものにならないほど透きとおった水。まるで星空を閉じこめたかのように、泉の底から淡い光がゆらめいています。
「きれい……こんな場所があるなんて思ってもみなかった」
「うん、まるで夢見てるみたいだ」
スイが感動してつぶやき、フウが素直な気持ちを答えたとき、水面から白い光が立ちのぼり、やがて人の形をした精霊が現れました。
長い黒髪が星空のようにキラキラ輝いている女性に見えます。その両目は閉じられていますが、顔は真っ直ぐに二人の方を向いています。
やさしい声が二人の耳に届きます。
「よくここまで来たね。凍える山道を乗り越えた勇気をたたえよう。さあ、何を願うのか言ってごらん」
スイは一歩前に出て、声を張りました。
「村の泉を元どおりに透き通った水の泉にしたいんです! 星の力が必要なんです!!」
フウも続きます。
「流れ星が減ってしまい、村のみんなが不安に思ってます。どうかぼくたちに力を貸してください!」
星の精霊は、静かに二人を見つめました。
「あなたたちは、どちらかが前に進もうとするとき、もう一方は迷う。だけど、助け合ってここまで登ってきた。その心があれば、星はきっとあなたたちの手に届くはず」
スイは思わず聞き返します。
「どうしたら、流れ星をつかまえられますか?」
すると、精霊は泉の水面に手をかざしました。そこから一筋の光が上がり、スイとフウの手のひらへ吸い込まれるようにして入っていきます。
暖かさが指先から体全体に広がり、二人は思わず目を合わせました。
「星を捕まえたいのなら、まずお互いの気持ちをちゃんと受け止めること。そして、星を見上げるその時に、心をひとつにしなさい。そうすれば星はあなたたちの手の中に降りてくる」
スイもフウも胸がいっぱいになりました。これまでのいざこざや遠慮が、ふっと軽くなるような気がします。二人は手をにぎり合い、精霊の言葉をかみしめました。
そのあと精霊は、すうっと泉の中に消えていきます。泉の水面には、かすかな星の光だけが揺れながら残っていました。やがて、その静かな輝きは薄れ、目の前にあった光の柱も消えてしまいます。
「フウ、星の精霊様に会えたね」
「うん。夢見てるみたいってさっき言ったけど、ほんとに夢じゃないよね?」
「ほっぺ、つねってあげようか?」
「ううん、やめて。それで夢が覚めたら困るから。夢なら夢で覚めないで欲しい」
そうしてしばらく二人は泉をじっと見ていました。いつの間にか、二人はその場に座り込んで、さらには仰向けになって夜空を見上げます。
「フウ、ありがとう」
ふいにスイがそっと言うと、フウははにかみながら答えます。
「スイもありがとう。ここまでスイと来れたことがぼくはとっても誇らしいよ」
「うん、私も」
泉の水面が再びきらりと光りました。精霊がくれた光は、二人の手のひらの奥で、静かに輝きつづけているのです。
「スイとずっと一緒にーー」
フウが勇気を出して言った一言でしたが、言いながらスイの方を見てみると、スイは目を閉じて眠っているようでした。
無理もありません。ここまで登ってくるのに、とても大変だったのですから。
不思議とこの場所には風も吹かず、寒さも感じません。このまま眠ってしまっても、凍えるということは無さそうです。
フウは繋いだままの手からスイのぬくもりを感じながら、そっと微笑みました。
「スイ、おやすみ」
フウも瞼を閉じた途端に、すっと眠ってしまいました。
――こうして二人は、星の精霊から大切な“力”を与えられたのです。
しかし、これで終わりではありません。まだ流れ星を捕まえたわけではなく、村まで帰らなくてはなりません。
二人は、精霊からの導きを胸に、いよいよ最後の冒険へと向かうことになります。
星を手にするためには、星の精霊は「心をひとつにする必要がある」と言いました。
しかし、二人は心をあわせることで鳴らすことが出来るという「星を降らせる鐘」を鳴らすことが出来なかった過去の失敗があります。今度は上手くいくのでしょうか。
/* 星はスイとフウに"星の種"を託しました。けれど、それはまだ芽吹いていないのです、二人の心がひとつになるときを待っています。 */