三話 星を捕まえる網
/* 鐘の沈黙がスイとフウの心に響く中、二人は星を捕らえるための新たな方法を探し始めました。古い伝説が再び彼らを導きます。 */
森の中で夜を明かしたスイとフウは、早朝の冷たい空気の中で目を覚ましました。
スイはまだ眠そうにあくびをしながら、昨日のことを思い出します。星を降らせる鐘を鳴らそうとしたのに、まったく音を立てず、失敗に終わってしまったのです。
フウも同じように落ちこんでいるのか、ぼんやりと森を見つめていました。
「スイ、これからどうする?」
フウはやや不安そうにたずねます。鐘楼での試みがだめだった以上、新しい作戦を考えなくてはなりません。
スイは手のひらでほおをぺちんと叩き、「よし!」と小さく気合を入れました。
「うーん、鐘で星を呼ぶのは無理だったけど……流れ星を捕まえる方法を用意してから、もう一度、鐘を鳴らしにいくのはどう?」
「そうだね、ぼくも気になっていたんだ。どうやって流れ星を捕まえたらいいんだろうって」
「うん、それはねーー」
実はスイには、昔おばあちゃんが話してくれた伝説の一節が頭に残っていました。それは『銀色の草を編んだ網を空に投げると、流れ星をつかまえることができる』というものです。それを思い出したスイは、すぐにフウに話しました。
「銀色の草で編む網なら、星を捕まえられるって聞いたことがあるの。泉のまわりに生える銀星草が材料になるんだって」
「村の泉で銀色の草を見たことがあるかも。あれが銀星草っていうんだね」
フウは村にいたころ、泉の近くで小さな銀色の葉を見た覚えがありました。最近は泉が濁っているので、あまり近づきたくなかったのですが、流れ星をつかまえるためなら仕方ありません。
二人はいったん村にもどり、銀星草を探すことにしました。
昼ごろに村の入口に着くと、どこか空気が重々しいことに気づきます。道を行きかう人たちの表情には、不安や疲れがにじんでいました。泉の水がにごった影響で、体調を崩す人や、畑の野菜がうまく育たないことを嘆く声があちこちから聞こえてきます。スイは胸が痛くなりました。
「私たちが流れ星を捕まえて、泉を元に戻そう!」
フウもその言葉に深くうなずきます。二人は急いで泉のほとりへ足を運びました。
昔は透きとおった水面に小さな魚が泳いでいたのに、今では濁った水が底を見えなくさせています。その周辺には、かすかに銀色に光る細い草が少しだけ生えていました。
「これが銀星草かな? 前に見た時より数が減ってる気がする」
そうつぶやきながら、フウは草をていねいに摘み取ります。スイはくるりとあたりを見回し、もっと草がないか探しました。草は少しずつしか生えていませんが、星をつかまえる網にするには、それなりにたくさん必要だろうと思ったからです。
「大変だけど、頑張って集めよう。きっと、これが星を捕まえるための大事な材料になるはず!」
二人で協力して草を摘み終える頃には、もう日は傾きかけていました。
急いで村はずれの小屋に移動し、そこで網を編む作業に取りかかります。古い木のテーブルの上に銀星草を広げ、スイとフウは向かい合って座りました。
「よし、やってみようか!」
スイはさっそく草を両手に取り、「えいっ」と力を入れて編みはじめます。ところが、強く引っぱりすぎて、草がぷつんと切れてしまいました。スイは悔しそうに声を上げます。
「ええっ、なんで切れちゃうの……もっとしっかりした草かと思ったのに!」
フウは落ち着いた様子で答えました。
「この草、見た目はきれいだけど、意外と弱いんだね。力まかせじゃ編めないみたい。もっとていねいに、ゆっくり結ばないと……」
そう言うと、フウは草を少しずつ重ね合わせて、やさしく指先を使いながら結びめを作っていきます。その姿を見ているうちに、スイは少しイライラしてきました。
「フウって、細かい作業はうまいよね。でも、もう少しスピードを上げてくれないと、流れ星が捕まえられられないよ
フウは手を止めて、スイに目を向けました。
「スイ。言いたいことはわかるけど、焦るとまた草が切れるんじゃないかな。ぼくは確実に編んでいくほうがいいと思う」
「でも、時間がないの!こんなところでのんびりしていられないよ!」
スイの言葉にフウはうつむき、何も言い返しません。心の中では「自分だって急ぎたい気持ちは同じだ」と思っていましたが、スイが怒りそうで言えないのです。
結局そのまま、二人は黙々と作業を続けました。
すっかり夜も更けたころ、ようやく銀色に輝く網が形になりました。糸のように細く編み込んだ草が、かすかに光を反射して、まるで夜空を映したような不思議な見た目です。
スイもフウも「これなら本当に星を捕まえられるかもしれない」と胸が高鳴ります。
「よし、できた!これを空に放れば、きっと流れ星を捕まえられるよ!」
スイは網を持ちあげ、目をキラキラさせました。フウもその光景を見て、少し微笑みます。その様子に、スイはずっと我慢してた言葉が口をついて出てきました。
「フウ、何か言いたいことあるなら、ちゃんと言ってよ。フウはいつも黙ってばかり……私ばかり考えて、フウは私が言わないと動いてくれないじゃん!」
スイが少しきつい口調で言うと、フウの顔が曇ります。
「ぼくだって考えてるんだ。でも、考えがまとまるよりも早く、スイが動き始めちゃうから、言い出しづらいだけ」
その言葉に、スイはかっとなりました。しかし、すぐに反論しようとしたものの、心にひっかかるものを感じて、言葉に詰まります。
(フウは、いつも私がイライラをぶつけてしまうから、傷ついているのかもしれない)
スイは何も言えず、フウもまた黙りこんでしまいました。
ちぐはぐな空気のまま、二人は網を手に外へ出ます。今夜は星が少ないものの、風はほとんど吹いていない穏やかな夜。
その瞬間でした。先に見つけたのはフウです。
「あ!見て!スイ!流れ星が!」
「え!どこ?」
フウが指を指す方向を見て、スイが慌てて流れ星を探します。そのとき、ちょうど流れ星が長い光の尾をたなびかせながら、空を走っている最中でした。
「スイ!捕まえなきゃ!」
「あ!うん!まかせて!」
フウに言われて、スイは思いきって銀色の網を空高く投げました。
ひゅん、と網が闇の中を舞いあがり、まるで星屑のようにきらめいて、空いっぱいに網が広がります。その様子に、二人は流れ星を捕まえた!と思いました。
だけど、落ちてくる網は空をきり、何の手ごたえもありません。流れ星を捕まえるどころか、流れ星に届いているのかどうかもわかりませんでした。
「……もうどこかに飛んでいっちゃったね」
「うん」
「やっぱり……だめ、なのかな」
スイは重い声でつぶやき、うなだれます。フウも肩を落として、作ったばかりの網を拾い上げました。
頑張って編んだのに、一度だけ投げただけなのにも関わらず、網はあちこちがほつれてしまっています。
銀星草が弱いせいなのか、投げ方が悪かったのか、それとも心がひとつじゃないからなのか――今の二人には、答えがわかりません。
星を捕まえるのは、想像以上にむずかしい。落ちこむスイとフウは、お互いの気持ちをうまく言えないまま、夜が更けていくのを感じていました。
こうして、銀色の網による作戦も失敗に終わってしまいました。
/* 焦る気持ちばかり先走ってしまい、二人は大切なことを見失っているようです。けれど、一人なら立ち上がれなくても、二人なら、どちらかが立ち上がり、そして手を引いてくれる、そんな二人だと星は知っています。 */