二話 星を降らせる鐘
/* スイとフウは伝説を求めて冒険の第一歩を踏み出します。けれど、歩幅の合わない二人の歩みが、二人の心のすれ違いを暗示しています。 */
まだ夜明けの空がうす暗いころ、スイとフウは村を出ました。
二人とも旅らしい旅をするのは初めてです。スイは少しわくわくしていましたが、フウは不安を抱いていました。それでも、スイの強い決意を感じると、自分もしっかりしなくてはいけないと気を引きしめるのです。
「ねえ、スイ。まずはどこに行こうか?」
スイは迷いなく歩いていくので、フウはきっとスイが何か当てがあるのだろうと思い、たずねました。スイは前を向いたまま、自信をありそうに言いました。
「おじいちゃんから聞いたんだけど、この先の森を越えたところに、古い鐘楼があるらしいの。そこには『鐘を鳴らすと星が降る』っていう伝説があるんだって!」
星をつかまえたい二人にとって、まさにぴったりの情報です。フウもうなずきました。
「じゃあ、まずはその鐘楼に行って、流れ星を振らせるんだね」
「うん、だって、流れ星が降ってくれなくちゃ、私たちが捕まえることも出来ないからね」
決まれば行動は早いスイ。フウをうながし、森へ続く道をまっすぐ進んでいきます。森に入ってからも勢いは止まらず、どんどんと進んでいきます。
木々のあいだから日の光がが差し込み、地面に影を作っていました。小鳥のさえずりや、風で木の葉がこすれる音が心地よく、二人の気持ちを元気にしてくれます。
ただ、森の中の道は思ったよりもでこぼこしてて、歩きにくいです。スイは「へっちゃらだよ」と言って先に進みますが、フウは少し息が上がりぎみです。それでも弱音をはきかけたとき、スイが振り返って、「大丈夫?」と声をかけてくれるので、フウも何とか踏んばれました。
やがて、森を抜けた先に、二人の目の前に古い建物が見えてきました。木造の塔のような作りで、扉も無く、外からでも天井から吊るされた鐘の一部が見えています。
「あれが、星を降らせる鐘かな!」
スイは興奮した声をあげて、自然と歩みも早くなります。あわててあとを追いかけるフウも、力が戻ってきます。
鐘楼の中に入ると、天井近くにはコウモリがぶら下がり、驚いたのかバサバサと飛び回ります。フウはそれを見て「うわっ」と声を上げ、思わず身をひるがえしました。しかし、スイは大きな鐘しか見えておらず、ずかずかと中に入っていきます。
そして、二人が大きな鐘の前に立ったときです。「…コッ、コッ」という音とともに、小さな鳥が現れたのです。
長い尻尾がきらきらと光り、まるで宝石のような羽を持っています。スイとフウが息をのんで見つめると、その鳥は透きとおった声で話し始めました。
「この鐘を鳴らしたいのなら、二人の心がひとつにならないとダメだよ」
唐突なその言葉に、スイはきょとんとしましたが、すぐに木槌を見つけると、何も考えずにつかみ上げます。
「それなら大丈夫!私とフウは幼なじみだし、息もぴったりだよ!」
スイは勢いよく鐘を叩こうとしますが、フウがあわてて止めました。
「ちょっと待ってよ、スイ。せっかく心をひとつにしろって言われたんだから、まずは話し合わないとーー」
ところがスイは、あたかも目の前にもう流れ星が見えていて、その星が逃げてしまうかのように焦っていました。
「大丈夫!何事もやってみなきゃわかんないよ!」
スイは木槌を吊るされた鐘に向かって振るいました。だけど、鐘が鳴ることはありません。まるで大きな石を叩いたような「コツン」という音しか聞こえないのです。
スイは首をかしげて、もう一度叩きましたが、結果は同じでした。
「どうして……?こんなの簡単だと思ったのに!」
すると、美しい羽の鳥がため息まじりに答えます。
「二人の心がばらばらじゃ、鐘は鳴らないよ」
スイはフウに向かって言いました。
「フウ、もっとしっかりしてよ!心をひとつにしなきゃ鳴らないって、わかってるでしょ?」
けれども、フウは言い返します。
「ぼくはまだ何もしてないよ。だって、スイがいきなり叩きだすから。話し合ってからーー」
「そんなの必要ないじゃない!だって何を話すことがあるの?私たちは流れ星を捕まえるためにここに来たのよ?だったら思いはひとつしかないじゃない」
「ぼくも流れ星を捕まえたいという気持ちはある。でも、まだどうやって流れ星を捕まえたらいいのかも、わからないのにーー」
「そんなの流れ星を見つけてから考えればーー」
二人は思わずして話し合いがはじまりますが、互いに譲りません。スイはとにかくやってみてから考えようと言います。フウは何をするのか、どうするのかとかちゃんと考えてから行動したいと言います。
ついにはスイもフウも黙りこんでしまいました。気まずい空気のまま、何度か試してみましたが、鐘はまったく音を立てません。
「ごめん、フウ。ちょっと焦りすぎちゃったかも」
スイが小さく頭を下げると、フウもほっとしたように言いました。
「ううん、ぼくはスイを責めてるわけじゃないんだ。でも何をしたら良いのかわからなくて」
そうこうしているうちに、鐘楼の中はすっかり夕闇に包まれ始めていました。明かりもない場所でこれ以上がんばっても、鐘は鳴ってくれそうにありません。
背後で羽音を立てる鳥を横目に、二人はしぶしぶ鐘楼を出ることにしました。外に出ると、すでに夕日が地平線に沈みかけています。山のむこうに広がる赤い空がとてもきれいでした。
しかし、スイはほとんど目を向けません。思い通りにならなかった悔しさと、フウとのすれ違いに胸が痛みました。
「私があんなに元気よく宣言したのに……結局、何もできなかったね」
しょんぼりするスイの顔を見て、フウは言葉を探します。けれども、うまく声をかけられませんでした。二人は口をつぐんだまま、暗くなりはじめた道を歩いていきます。
どこかで聞こえるフクロウの声が、不思議と胸にしみました。まるで「がんばれ」と言っているようにも、「まだまだダメだね」と言っているようにも聞こえます。
その夜は、森の中で眠ることになりました。大きな木に登って、二人が座れるほどの太い枝に腰をおろし、フウはくたびれた顔で小さなため息をつきます。スイは黙って星空を見上げました。そこには、相変わらず流れ星の姿は見えません。
(どうしたら、星を捕まえることができるの? 鐘も鳴らせなかったし、私たちの心なんて、もともとひとつだと思ってたのにな……)
疲れた体と、もやもやした気持ちをかかえながら、二人は眠りについたのでした。
/* 星を降らせるという鐘が鳴らず、初めての試みは失敗に終わりました。静寂の中で、二人の心は今はまだすれ違ってしまったままですが、さらなる冒険によって徐々に近づいていきます。 */