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第3話「正魔法使い認定試験:中」

どれだけの時間、螺旋階段を下ってきたのだろう。

数十分か、数時間か。

はたまた自分の体感より時間は経っていないのか。

ずっと下りだったためそんなに疲れはないはずなのに、ようやく階段の終わりが見えるころには足がくたくたになっていた。

下りでこれだけ消耗していたら、帰りはどんなに大変か。

そんなことを浮かべながらも最後の一段を降り立った私は、ひとまず無事に階段を下りきったことで張り詰めていた気持ちが少しだけ落ち着いた。

足元に集中していた神経をようやく周囲の風景に向け、通路の入り口に構えるアーチのようなものに気づくき目を留めた。

石造りのアーチは曲線を描いただけの簡素な造りだ。

縁取るようにびっちりと描かれた文字は、どうやら魔法のようだ。

これは、いったい何なのだろう?

境界を区切るように建てられたそれはまるで、結界のようにも見える。

ついアーチに目を奪われていた私は、ふとその先の通路に目をやり、そして愕然とした。

階段こそないが、通路の先は奥が見えないほどに長く、坑道のようにただ掘り進めただけの狭い道が続いていた。

通路の壁の両側に等間隔で並ぶ松明も、何本あるのかわからないほど延々と並んでいる。

これだけの数を火が消えるたびに点け直していてはそれだけで管理が大変だろう。

きっとこれらの松明も魔法の力で火が消えないようにしてあるか、消えても自動で灯されるように施されているのかもしれない。

ここまで深く潜ればさすがに窓はなく当然通気口も見当たらないが、火が焚かれているのに息苦しくないのもやはり魔法の影響だろうか。

話す相手もいないので、途中まではこの聖堂地下の仕組みに思考を巡らせていたが、いつまで経っても変わり映えしない景色にだんだん目が飽きてきた。

一刻も早く水瓶の元にたどり着くことだけを願いながら、ひたすらに歩を進め続けた。

そうしているうちに視界が開けた。

そして、ついに目的の場所に到達した。


「つ、着いた……」


広々とした空間に描かれた大きな魔法陣。

その真ん中に、例の水瓶は鎮座していた。

私の背丈を優に超えるほど巨大な水瓶。

側面に描かれた飛翔する神鳥の御姿を指先でそっと辿る。ようやく、ここまで辿り着いたのだ。

そのかたわらには、水瓶に添うようにして小さな階段が設けられている。

あそこに登って注げということか。

ずっと抱え続けていたせいか、腕のだるさで少し重みを感じ始めていた水差しをしっかりと抱え直し、ついでに気持ちも入れ直す。


「……よし」


長居は無用だ。さっさと済ませてしまおう。

あと三段、二段、一段……。

たった数段なのに、失敗できないと思うと変に緊張して汗が噴き出る。

段を登り切り、聖水がたっぷりと張られたかめのなかを覗き込む。

これまでにどれだけの聖水が注がれ、その大きな器で受け入れてきたのだろう。

そして今、私もここへ注ぎ足すのだ。

感慨深い思いで、水差しをそっと掲げる。


「え……ああっ!」


しまった。そう浮かべたときには、すでに水差しは私の手を滑り落ちていた。

ぼとん、と大きな石を水に落としたような重い音。

しかし、どれだけくまなく探しても瓶の底に水差しは見つからない。

まるで、水差しなど最初からそこになかったかのように。

さあっと血の気が引いていく。

この場合って、合格なの?

まさか、失格だったりして……?


微かな物音に、一瞬にして肩がこわばった。反射的に水瓶からさっと顔を上げる。

水瓶のさらに奥の暗がりを注視する。螺旋階段の上で聞いたような、風鳴りのような音だった。

消えた水差しについては、いくら考えたところで私にはわかりはしないだろう。

それよりも、聞こえたばかりの小さな物音のほうがなぜか気になった。

てっきりこの地下はこの水瓶を管理するためにあるのだとばかり思っていたが、ほかにも何かあるのだろうか。

水瓶の周りの壁には松明が設けられており比較的明るいが、音のしたあたりは暗がりでよく見えない。

儀式には水差しと護符以外持ち込めないようだが、せめてトーチだけでも持たせてくれればいいのにと思う。


「……ただの壁、かあ」


手探りで触れたのは、何の変哲もないただの壁のようだった。

てっきり風の音だと思ったのは私の勘違いだったかもしれない。

少し拍子抜けしたものの、何もなくてほっとした。

やはりここは水瓶を安置するための場所なのだ。

けれど、だとすればこの水瓶はいったい何の目的でここにあるのだろう。

この儀式のためだけにあるにしては、この地下はかなり大がかりな造りだと思う。

それに、この広間へと続く通路のあのアーチ……。

似たようなものを街入り口で見た。あれは魔物を寄せ付けないための結界だ。

地下のあのアーチもそれと同じか、もしくは、何かの境界のような気がする。

マールなら何か知ってるかもしれない。

あとで聞いてみよう。


そう至って振り返った私は、自分が今置かれている状況を思い出し、げんなりした。


「あの果てしない階段を無事に登り切れたら、かな……」


帰りは水差しがないぶん身軽だと楽天的に考えるべきか、水差しを紛失した言い訳を考えるべきか。

不謹慎な自問を脳内で繰り広げながら、踵を返し通路を戻り始めたとき。

背後の壁が、突然唸りのような地響きを立て始めた。

その振動が床を這い、私の足にまで伝ってきた。


「地震……!?」


しかし、どうやらそうではないことは壁を振り返った途端にわかった。

何もなかったはずの壁に、黒い紋様が浮かび上がる。

それは布地にインクが染みていくようにみるみる伸び広がり、あるかたちを形成していった。


「扉……?」


その扉のような紋様がおぞましいものであることは、そこに浮かび上がった図を見れば誰しも考えただろう。

それを目の当たりにした途端、風鳴りだと思っていたそれが、人の呻き声だと気づいた。

なぜなら、その扉と思しき紋様には無数の人々が苦しみ喘ぐ姿が描かれているからだ。

私は、見てはいけないものを見てしまったのだ。

直感的にそう理解した。

これ以上ここにいてはいけないのだと、早鐘を打つ心臓が警告してくる。


「ひ、人を呼ばないと……」


思考を巡らせることで、恐怖を紛らわす。そうでもしないと気が動転してしまいそうだからだ。

けれど、冷静さを保とうとして正解だった。


「そうだ、護符……!」


マールがくれた護符の存在を思い出す。

確か、あれに息を吹きかければ救助が得られると言っていたはずだ。


震える手をポケットに差し込み、護符を掴んだ感触に安堵しかけたときだった。



第3話「正魔法使い認定試験:中」 終

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