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第45話「マール・フレーメル」

マールが手早くジェスターの怪我の状態を確認すると、真剣な面持ちで彼を運ぶよう兵士たちに指示し始めた。

リオラの放ったダガーは急所を外してはいるものの、出血量が多くこのままでは危ないとのことだ。


兵士たちがジェスターを治療のため聖堂横の診療所へと運ぶのを見送るころには、街に燃え広がっていた炎は収まりを見せ始め、もうもうと煙が立ち込めていた夜空にも少しずつ星明りが見え始めていた。


診療所へと向かう道すがら、マールは私とフィオンを振り返り、改めて会釈をした。


「改めまして、私はマール・フレーメルと申します。本来はサザーラル大聖堂の配属ですが、今はわけあって宿場町フェナロザにて聖堂のお手伝いをさせていただいております」


「あの……いきなり不躾で申し訳ないのだけれど、私たち、一度フェルナヴァーレンで会ったよね?正魔法使い認定試験の日に……」


マールは私の問いに首を傾げ記憶を辿るように視線を逸らせたが、その目がおもむろに見開かれ、私を見据えた。

柔和なその目に真剣みが帯びる。


「……それは、恐らく私の姉のセイレかと存じます」


「あなたのお姉さん……」


マールの説明はこうだった。

あの日、正魔法使い認定試験の日に私を引率した人物は、マールに扮した双子の姉だろうとのことだ。

マギス=クレアシオンの機関長セリアスの調査結果とも矛盾しない。

あのとき出会ったのはやはり彼女の偽物だったというわけだ。


「私の姉は、私の身にかけられた呪いを解くために、ツチラトという組織に加入してしまいました」


「呪い?」


「お見せした方が早いかもしれませんね」


マールが立ち止まったのに合わせ、私とフィオンも立ち止まる。

すると、マールは胸元のボタンをゆっくりと外し始めた。

その途端、フィオンは目を見開いて声を詰まらせ、即座に顔を逸らした。

あからさまな反応に彼も意外とうぶなのだなと微笑ましくなる。

視界の隅にも映らないよう目まで閉じているのが何だか滑稽だ。……彼にはあとで説明するとしよう。


マールの豊かな胸上が露になると、その左胸のあたりに黒い門を象る印が現れた。


「その印は……!」


その印は、私の額にあるものとよく似たものだった。

しかし、よく見ると私のものとは少し形状が違う。

描かれている門のデザインは同じなのだが、その扉が開きかけたような見た目をしているのだ。


私の驚いた声に、フィオンはためらいながらもこちらに視線を向け、マールの胸に刻まれた印に目を見張った。

その口角が微かに歪み、眉根を寄せる。


「なるほどね……また死の印か……。つまり君の姉は、君の命を救う方法を探し求めてツチラトに入ったというわけだ」


「……ご明察です、剣士様」


マールは服の胸元を正すと、姉について説明を始めた。


「私の姉セイレは、元は私と同じくサザーラル大聖堂に仕えていました。しかし、数年前に失踪し、今は時折私の前に現れては呪いの進行状況を確認するのみ。現在は"エペ"というコードネームを名乗っているようです」


マールの説明に、あの日、セイレが聖堂地下の入り口で私に護符を渡してくれたことを思い出していた。

彼女は恐らく、私に黒門の封印を解かせ、ツチラトの長と引き合わせるのが目的だったはずだ。

けれど、あのとき彼女が渡してくれた護符でジェスターが助けを呼んでくれたから、私はどうにか一命を取り留めた。

彼女は、密かに私を助けようとしてくれていたのだろう。


私が護符を手にしていたことは、ツチラトの長にも気づかれていた。

もしかしたら、あのあと彼女に何かしらの制裁を下しているのではないだろうか。

けれど、今マールにそれを伝えるのは酷な気がした。私の憶測で不安にさせたくない。


「"エペ"……」


小さな声でつぶやくフィオンの声に、ふと彼を見上げる。

フィオンは腕を組みながらあごに指をかけ、何かを考え込んでいる様子だ。


「"メッサー"、"ククリ"……それに、"マシェット"か。どうやらツチラトのメンバーのコードネームは、刀剣やナイフの名称を当てはめたものらしいね」


フィオンの推測に、マールは感心したように手を打つ。


「刀剣やナイフ……なるほど。何か意味があるのでしょうか…」


「さあ、そこまではわからないよ。ツチラトについては兵士たちが連れて行った奴のほうが詳しいと思うよ」


「マール。セイレは、ときどきあなたに会いに来てるんだよね。ツチラトについては何か言ってなかった?例えば、彼らの目的とか……」


「姉の情報によると、ツチラトの目的は世界各地に点在する黒門をすべて開くことだそうです。姉も黒門の封印を解くために各地を転々としているようですが、黒門を開く理由については聞かされていないようで……。ただ、いずれにしてもきな臭い理由であることには違いないはずだと言っていました」


「皆さんの装い……旅の道中かとお見受けしますが、やはり黒門の調査のためでしょうか?」


マールの問いに答えるべく、私は額の包帯をゆっくりと取り外す。

自分の額の印をさらすと、マールはその顔を悲痛に歪めた。


「そんな……あなたも……」


額の呪いの印にそっと触れ、包帯を巻きなおす。


「そう。私も、死の呪いを受けたの。ツチラトの長の手によって……。この呪いを解くために、エリービルに向けて旅をしているの」


"エリービル"の名を口にした途端、マールの目が訝し気に細められた。


「エリービル……エリービルの塔のことですね。しかし、あそこには煉獄の門があるのみ。このような呪いを解く術があるとは到底考えられないのですが……その情報は、一体どなたから?」


「マギス=クレアシオンの機関長…セリアス・アーシェント。彼からそこで合流するようにと言われているの。何か手立てがあるようだけれど……私も詳しくはわからない」


「マギスの機関長様直々に……?」


マールはかなり驚いた様子で、何か考え込み始めた。

彼女の長考は、上手く包帯が巻けない私の代わりにフィオンが渋々巻きなおしてくれているあいだ中続いた。

フィオンが包帯を巻き終わったタイミングで、マールはおもむろに顔を上げると、私とフィオンの顔を交互に見つめ、意を決したように口を開いた。


「あの……不躾なのは承知の上ですが、私もエリービルに同行させていただけませんか?」


しかし、彼女の懇願に、フィオンはあまりいい顔をしなかった。

億劫そうに顔をしかめると「おいおい……」とげんなりした口調でため息をこぼす。


「ただでさえ手負いの奴と戦力外で手いっぱいなのに、さらに女がもう一人増えるなんて。さすがの僕でも無理だよ」


慢侮するようなフィオンの言葉に、柔和に弧を描いていたマールの目がつり上がる。


「……では、女でも戦えれば問題はないのですね?」


マールの鈴のような声色が低くなった。

微かに持ち上げられただけの口元には冷笑が浮かんでいる。


彼女はローブのなかに手を差し込むと、背中のあたりから紫色の液体が入った大きめの瓶を取り出した。

よく見るとその瓶のふたの裏側から細い針のようなものが伸びて液体に漬け込まれている。


「それは……毒針?」


こめかみに冷たい汗が伝う。


「ご明察です、アネリ様」


にっこりと嬉しそうに笑うマールに、ごくりと喉が鳴る。

マールは笑みを張り付かせたままフィオンの前にゆっくりと歩を進めると、顔を引きつらせながら彼女から仰け反るフィオンの目の前に立ち、顔から笑みを消し去った。


「女だからと侮るのはいけませんよ……剣士様。私は、ただ守られるだけの存在ではありません」


その冷ややかな表情にフィオンの喉が大きくなる。

しかし、彼女はフィオンから距離をとるように一歩下がると、沈んだ表情を浮かべ俯いた。


「ただ姉を待つのはもう嫌なんです。彼女にばかり苦しい思いをさせるなんて……耐えられない。ですから、自力で呪いを解いて、姉を組織から解放してあげたいんです……ですから……」


「わかった」


私は彼女の言葉を遮るように了承した。

振り返ると、微かに涙を浮かべるマールと目が合う。


「一緒に行こう、マール」



第45話「マール・フレーメル」 終

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