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第40話「ジェスター・ブレンダン:4」


師匠が彼に与えたブレスレットは彼にハンデを課しながらも、それと引き換えに絶大な魔力をもたらした。

元より魔法の才に恵まれていることを師匠はきっと見抜いていたことだろう。

彼自身は使える魔法は限られているし、戦闘自体は不得意だと自分の実力の程度についてそのように評価していたが、単純に魔法の能力だけで言えば、軍事レベル……いや、階級職についてもおかしくはないレベルだと思う。


だからこそ、師匠もその腕を見込んでツチラトへの潜入を頼んだのだろう。

けれど、師匠がどうしてそのようなことを彼に頼んだのかは、教えてはくれなかった。

それには何か特別な理由でもあるのだろうか。


スペクターの話をとても興味深そうに聴き入っていたミサンナは、彼が口をつぐむとうーんと唸りながら、すでに冷え切ったパンを口に運んで顔をしかめた。

冷たいわね……ともごもごぼやきつつごくりと飲み込むと、食事の手を止めテーブルに頬杖をついた。


「この魔法界の外にそんな世界が存在するということだけでも驚きだけど、まさかそこから来ただなんて。……俄かには信じがたいけど、嘘とも思えないわね」


「俺は初めに、信じるか否かは聞いたうえで判断してもらえればいいと伝えたはずだ。俺の話をどう受け止めるかは君自身が決めろ」


それ以上語ることはないと判断してか食事を再会し始めたスペクターは、相変わらず淡々とした顔で、彼女の反応を当然のことのように受け止めているように見える。

そんなスペクターの変わらぬ様子にミサンナは苦笑いを浮かべた。


「そうあっさり突き放さなくってもいいじゃないの。けど、その話がもし本当なんだとしたら、あんたの最終的な目的って、元の世界に帰ること、でいいのかしら?」


ミサンナのその言葉に、衝撃が走る。

そうだ、スペクターの話が本当なら、彼はいつか……。


ずきずきと痛みだした胸を押さえる。

しかし、「そうだ」と動くかに思われた彼の口は、私の想像とは違い「まあ」と言葉を濁した。


「……確かに、当初はそのつもりだったが、今はそうとも言い切れない」


「どういうことかしら。もしかして、帰られないとか?」


「いや、元の世界に戻る方法は知っている。魔法の鍛錬を積むかたわら、いろいろ調べていくうちに判明した。だが、この世界とかかわっていくうちに、目的そのものが変わってしまったんだ」


「それじゃあ、今は何が目的なの……?」


恐るおそる尋ねる私に、眉間にしわを寄せながら視線を逸らしていたスペクターは、組んだ両の手に額を乗せながら観念したように深く息を吐き出した。

俯かせていた顔が上げられたとき、彼の目が、まっすぐに私を見た。


「君を助ける。それが、俺の目的だ」


真剣な眼差し。

彼の想いが真っすぐに伝わってきて、胸がきつく締め付けられたように苦しくなる。

彼の想いがすごく嬉しいはずなのに、私の心はなぜか不安でいっぱいだった。

彼の目の奥に、何か暗い影が潜んで見えるからか。

それとも、助けると言った彼の声が、微かに震えていたからか。


「話は以上だ。俺はひとまず部屋に戻る。何かあったら声をかけてくれ」


「え、ちょっと待ちなさいって!質問回数に制限があるなんて聞いてないわよ!」


空になったスープ皿を手に立ち上がったスペクターは、ミサンナの言葉に耳を貸す様子はない。

去り際にもう一度私を一瞥すると、「ではな」と残し部屋をあとにした。

すでにいつものポーカーフェイスに戻ってはいたが、その目の奥に秘められた激しい情念は計り知れないほどのものだと、今ならわかる。


だけど、それでも私はまだスペクターのことをどう見極めるべきか迷っている。


彼の想いが確かなものであることは、間違いない。

であればこそ、彼の語ったことだけでは疑問が残る。

私に向ける感情についての説明がつかないのだ。


私の認識する限り、私と彼が出会ったのは1年前私がこの世界に現れたときだ。

彼がツチラトに潜入したよりもあとのことのはず。

その後彼に助け出された私は師匠に預けられ、そこから1年間ものあいだ、彼については名前くらいしか聞かされてこなかった。

だから、正式に顔を合わせたのは幽霊屋敷から転移した先の森の中のはずだ。


それなのに、ジェスターはまるで昔からの知り合いかのように接してくる。親しい間柄であるかのように。

……あの口付けが、私が感じていることが間違いではない何よりの証拠だと思う。


彼の話には、恐らく嘘はなかった。

けれど、彼はまだ何かを隠している。……重要な何かを。



第40話「ジェスター・ブレンダン:4」 終

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