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第39話「ジェスター・ブレンダン:3」

エイドラムの話はどれをとっても実に興味深いものだった。


そのなかでわかったことは、どうやらここは中世から産業革命あたりのヨーロッパと同程度の文明らしいことだ。

長らく戦乱等が起こっていないにもかかわらず発展していないのは、文明の利器に頼る必要がないからだろう。


いや、あるいは発展していないという認識自体、俺の認識する懐古な風景に囚われた誤った表現なのかもしれない。

何故なら、彼らは魔法という名の一見すると原始的とも呼べるような能力を、自らの手で変容させ、如何様にも活かせるからだ。

最低限の物さえあればあとは魔法を用いることでどうにかなってきたというわけだ。

俺たちとは異なる文明の発展の仕方というべきか。

だが、俺たちの世界では一般化されていない能力を自在に使えるという点を踏まえれば、ある意味では俺たち以上に身体的に発達し、ひいては文明自体も発展していると考えてもいいだろう。


エイドラムとは顔を合わせた段階で何となく気が合うような気はしていたが、魔法についての話をし始めたあたりですっかり意気投合し、そのまま話の流れでしばらく泊めてもらうことになった。


ディナーの席でもエイドラムと俺の対話は止めどなく続き、そんな俺たちにヘルマンは「よくもまあ飽きずに話が続きますね」と呆れ返りながらも、主人の愉しげな様子が嬉しいのか、相変わらず不機嫌そうな物言いをしながらもどこか上機嫌に見えた。


俺の状況や身上については"透視"した段階で見抜いているとのことで、俺が話したことが事実であることも、無害な人間であることも理解してもらえているということがわかった。

初対面の相手にこうも厄介になるのは正直考えられないことではあるが、身寄りも金もない今、こうして衣食住の場を無償で提供してもらえるというのは実に好都合なことではある。


だが、例え俺に問題がないとしても、赤の他人を自宅に住まわせることに何のメリットがある?

そう浮かべたのとほぼ同じくして、エイドラムは「ジェスターよ」と改まったように俺の名を呼んだ。


「わしがわざわざ他人を泊めることに何の意味があるのかと思っておるじゃろう」


線を引いたような細い眼が、探るように俺を見据える。

偽りやごまかしは通用しないような気にさせられる目だ。

やましいことはないはずだが、なぜかこの目に見つめられると誠実たれと意識せざるを得なくなる。


「なぜそう思う。また透視でもしたのか?」


つい身構えた返しをした俺に、エイドラムはおかしそうに笑った。


「なに、力を使わずともわかる。おぬしのように勘のいい人物であれば、当然考えることだと思っただけじゃよ」


先ほど透視してきたときのように目が光る様子こそないが、元より洞察力が高いのだろう。

まあ、勘ぐられるのはあまり気分の良いものではないが、その点無駄な交渉をせずに済むと考えれば楽でいい。


「そうか。そうだな……」


もったいぶったような言い方をしてきたあたり、俺に何か提案を持ちかけたいように思える。

だが、俺の返答に期待をしていないのか、それとも提案する内容そのものに無理があると思っているのか。

それこそ透視をすればよいのではと思うが、そうしないのはそもそも本人にも迷いがあるからなのか。


「……率直に言えば、あんたやヘルマンはいい人たちだと思う。俺には透視能力こそ備わってはいないが、話せば大体の人となりくらいはわかるからな。だが、こうしてわざわざ魔法について高説を述べるくらいだ。おおよそ、俺を弟子に迎えたいと考えているのではないか?」


あくまで憶測の範疇を超えはしないが、俺の推察にエイドラムは目を大きく見開いて「ほう」と感心したように唸った。


「……ご明察じゃ。お前さんさえ問題なければ、そう提案したいと思っておったところじゃよ」


やはりそうきたか、と笑みが浮かぶ。


「ならば、一つ尋ねたい。あんたもすでに理解している通り、俺の世界では魔法は存在しないものであるとされている。当然、俺自身魔法を使ったことも、素質があるとも思ったことがない。それでも習得は可能なのか?」


一つの可能性に行き当たり期待が膨らむ。

だが、エイドラムの回答は俺の予想をはるかに超えるものだった。


「まず誤解のないように伝えておくが、おぬしには、魔力が備わっておる」


「何だと……?」


「その様子じゃと、やはり気づいてはおらぬようじゃな」


深くしわの刻まれた手のひらが差し出される。そこに手のひらを重ねろということだろう。

ためらいつつも重ねると、少しひんやりとした感触が伝ってくる。

だが、それはほんのわずかなあいだのみのことで、俺の手を掴む手が淡く光りはじめたと思ったとき、冷たいと感じていた手がじんわりと熱を帯び始めた。

俺の体温よりもやや熱く感じ始めたとき、エイドラムはおもむろに口を開いた。


「おぬしはやはり、天性の魔力の持ち主じゃ。じゃが、自力で引き出すことは難しいかもしれんの。魔力を感知できないというのも、それが大きく影響しておるやもしれぬ」


「自力で引き出せない魔力をどうにか引き出す方法はあるのか?」


「無論じゃ。じゃが、それにはリスクが伴うと覚悟してもらわねば」


「魔法を行使するのに対価が必要というわけか」


「そうとも言える。お前さんの魔力を無理に引き出すことになるゆえ、そのぶん消耗が激しくなるのじゃ」


「……理解した」


そういうことか。だから、言い淀んでいたというわけか。


「おぬしがそれを拒むというのならば、無理にとは言わん。もちろん、断ったとてお前さんが元の世界に帰れるまで無条件でこの家にいてもらっても構わんよ」


「それは非常にありがたいことだが」


魔力を行使するのに大きく消耗するという点は、確かに引っかかる。

しかし、俺のなかでなおも膨らみ続けている感情は、それを上回るほどの高揚感だ。

魔法に憧れがあったわけでも、それが使えると想像したこともない。

だが、その可能性があるとするのならば、リスクを伴うのだとしてもそれを試さない手はない。


「わかった。俺に、魔法を教えてくれ」



第39話「ジェスター・ブレンダン:3」 終

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