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第37話「ジェスター・ブレンダン:1」

小さな鳥の鳴き声がする。

思えば、都会暮らしが長いせいか、ここ最近鳥の鳴き声など久しく聞いていなかったな。

そうなると、ここはどこだ……?


やけにくすぐったい感触が顔にあたる。

それに、冬の朝、窓を開けたときのような澄んだ空気のにおいだ。


次々に浮かぶ疑問が、重い目をこじ開けさせる。

押し上げたまぶたが眼孔に取り込んだまばゆさに目がくらみそうになるが、視点を合わせ現状を確認する。


ちくりと手指に刺さる砂。短く刈り込まれた草の生えそろう柔らかな地面。

俺は、そこに横たわっていた。


「……!?」


絶句し、勢いよく身を起こす。

古いヨーロッパが舞台の作品などで見るような、萱葺きの屋根。

格子状に木材が組まれた歪んだ曲線の壁。

名前も知らない色とりどりの草花が植わった広い庭。

どうやら俺はその庭の一角に倒れていたようだ。


どういうことだ?

俺は、さっきまでオフィスで残業をしていたはずだ。

明日の納品を前にしてクライアントから修正の指示が入り、皆食事もとらないまま休みなく作業していた。

後輩たちの集中力が切れてきたため、息抜きになればと何かを買いに出かけて……それで、どうなった……?


ジーンズのポケットを探り携帯電話を探すが見つからない。どこかで落としたのか?

それに、かけていたはずの眼鏡も……あった。


俺が倒れていた場所から少し離れたところに転がっていたそれに手を伸ばし、拾い上げる。

良かった、割れたり歪んだりはしていないようだ。


「……何か、お探しかな?」


眼鏡をかけ直したタイミングで、背後から声がかかった。

声のした方を振り返った俺は、現れた人物の姿に少しばかり驚いた。


ゆっくりと立ち上がり、目の前まで近づいてきた人物を観察する。


先が渦を巻き、持ち手が歪にねじれた枯れ木の長杖。

地面を引きずるほどに長い焦げ茶色のローブ。

豊かな白い髭に覆われた柔和な顔。

まるでファンタジー作品に登場する賢者のような出で立ちだ。

開いているのか閉じているのかもわからない目元は、俺と目が合った拍子にさらに細く弧を描いた。


「ここはわしの家の裏庭じゃ。何か用かの?」


咎める意図はないように見えるが、見も知らぬ他人が無断で自宅にいるのを良く思う者はいないだろう。


「あなたの家か。すまない、すぐに出て行こう」


一言断り、すぐさま立ち去ろうとする。


「待ちなさい」


しかし、この奇妙な恰好をした老人はすれ違いざまに俺を呼び止めた。


「何か困っているのではないかの?お前さんさえ良ければ話を聞くが」


どう断ろうかと頭を悩ませていたタイミングで、邸宅の勝手口が開かれた。

なかから少し気難しそうな顔つきの初老の女性が現れ、この老人を見つけると声を張った。


「先生、お茶が入りましたよ!」


「おお、ヘルマンさん。ちょうど良かった、客人のぶんのカップも用意しておいてもらえると助かるんだがの」


ヘルマンと呼ばれた女性は俺の顔を見るなり顔をしかめたが「わかりましたよ」と不承不承に返し、さっさとなかへと引っ込んでいった。


「せっかくじゃ、茶でも飲みながら事情を聞かせてもらうとしようかの」


正直、初対面の他人の家に上がり込むなんて勘弁したいところだ。

とはいえ、この厚意を断ったところでほかに宛てがないのも事実だ。


仕方なく了承すると、老人は朗らかに、かつ嬉しそうに笑みを浮かべた。



第37話「ジェスター・ブレンダン」 終

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